2019年11月11日、「マネーフォワードがスマートキャンプを20億円で子会社化」。驚きのニュースが舞い込んだ。
設立年数7年のマネーフォワードと5年のスマートキャンプ。設立年数が近いSaaS企業の両社が業界No.1カンパニーを目指すために、手を組んだ形だ。
マネーフォワードにとって、2017年上場後の買収は4社目。バックオフィスSaaS領域以外の買収は初めてで、スマートキャンプの子会社化でSaaSマーケティング事業に参入する。
買収発表翌日から2019年12月20日現在まで、マネーフォワードの株価は20%以上上昇。同時期の東証マザーズ指数やTOPIX(東証株価指数)の変化率はほぼ横ばい。今回の買収も含めた今後の好調な業績への期待もあり、市場は好意的に反応しているといえよう。
前半では、マネーフォワードのこれまでの買収の歴史と、スマートキャンプのファイナンスの軌跡を振り返る。後半では、買収の舞台裏と狙いについて、マネーフォワード辻CEO、スマートキャンプ古橋CEOのインタビューをお届けする。
2年で4社買収。上場以降加速するマネーフォワードの成長投資
株式会社マネーフォワード(以下、マネーフォワード)は2012年に辻CEOにより設立。
「お金を前へ。人生をもっと前へ。」のミッションのもと、法人向け「マネーフォワード(MF)クラウドサービス」と個人向け資産管理アプリ「マネーフォワード ME」を中心に事業を展開している。
2017年9月に東証マザーズに上場、時価総額は1,000億円を超える(2019年12月20日現在)FinTech・SaaS企業だ。
上場後、売上は毎年50%以上成長。特に売上高の6割弱を占める法人向けクラウド事業の成長が著しい。2019年11月期の通期売上高予想は約71〜76億円だ。営業利益は赤字が続くが、現在は成長に向けた投資のフェーズであり、2021年11月期にEBITDA(利払い・税引き・償却前利益)黒字化を目指している。
2018年12月には上場後初めて公募増資を行い、海外機関投資家から66億円の調達を実施。 同社第7期有価証券報告書によると、調達資金の約56億円をマネーフォワードクラウド事業での市場シェア獲得を目的とした人材及びマーケティングに投じる予定だ。
成長投資は人材・マーケティング投資にとどまらない。上場後、マネーフォワードは調達資金をもとに企業買収(同社は”グループジョイン”と表現)を加速させているのだ。
今回のスマートキャンプを含めて、マネーフォワードが上場後買収した企業は2年で4社となる。
2017年、2018年にマネーフォワードが買収したクラビス、ナレッジラボ、ワクフリの3社はいずれもバックオフィス支援のSaaSプロダクトやサポートを展開する。グループ化により、既存のMFクラウドサービスとの機能連携強化や顧客紹介・開拓につなげる狙いがあったとみられる。
クラビス、ナレッジラボ、ワクフリの3社はマネーフォワードグループ化以降さらに成長を加速させている。クラビスはプロダクトの新規登録数が5.5倍に増加、ナレッジラボはプロダクトの導入顧客数が6倍に増加、ワクフリは売上高が3倍に増加している。
人材面でもマネーフォワードの成長に寄与している。クラビス代表取締役CEOの菅藤氏は、マネーフォワードの提携担当 執行役員を務め、ナレッジラボの買収に貢献。クラビスで取締役CFOを務める竹田氏は2019年2月にマネーフォワード 取締役執行役員 事業推進本部長に就任した。
マネーフォワードにとって4社目の買収となるスマートキャンプは、これまでの3社とは位置付けが異なる。同社にとって初めてバックオフィス領域ではないマーケティングプラットフォーム企業の買収だ。
SaaSマーケティング領域に事業領域を広げるほか、スマートキャンプが強みを持つコンテンツマーケティング、メディア運営ノウハウを獲得することが背景にあったと推測する。
先日IPOした会計SaaSを展開するfreeeとは異なり、買収を積極活用しているのがマネーフォワードの特徴だ。BtoC事業も展開し、「お金のプラットフォーム」を構築する姿勢の表れといえよう。
スマートキャンプ買収額は20億円。40%ディスカウントのダウンラウンド
スマートキャンプは、2014年に古橋CEOが設立。「テクノロジーで社会の非効率を無くす」をミッションに掲げており、SaaS向け見込み顧客(リード)獲得メディア「BOXIL(ボクシル)」、インサイドセールス代行サービス「BALES(ベイルズ)」、インサイドセールス特化型顧客管理SaaS「Biscuet(ビスケット)」を展開する。
基幹事業のボクシルは、SaaSを利用したいユーザーが自社に最適なSaaSを検索できるサービスだ。SaaSを提供する企業側は、見込顧客の獲得や認知の拡大効果が期待できる。いわばSaaSの利用者と提供者をつなぐ国内No.1のSaaSマーケテイングプラットフォームで、月間1,000万PV以上を誇る。
同社の強みは、ボクシルで培ったメディア運営力とコンテンツマーケティング力だ。SaaS市場の拡大に伴い、2018年3月期以降売上高が急成長しており、2020年3月期では約10億円前後の売上が見込まれている。
スマートキャンプの被買収までのファイナンスをみてみよう。
スマートキャンプは2014年設立から被買収までに5回のラウンドを経て、累計調達額は約7.2億円。2019年4月のINITIALシリーズBラウンドでの調達後評価額は約45.9億円だ(INITIAL、2019年12月18日基準)。
マネーフォワードは、2019年11月に既存株主出資分の全株式66.0%とスマートキャンプ経営陣の一部株式6.3%を19.98億円で取得。
買収時の企業評価額は27.6億(マネーフォワードの取得価格19.98億円と取得持分72.3%から計算)。直近ラウンド調達後評価額の約45.9億円と比較すると、およそ40%ディスカウントのダウンラウンド(前回の調達時よりも低い企業評価額で資金調達が行われること)となった。
ダウンラウンドの評価額に関して、スマートキャンプ古橋氏は下記のように述べている。
「既存株主へは最適なリターンを計算して提示した上で、(マネーフォワードと既存株主との)相対取引での合意形成を行ったため、ダウンラウンドが議論の中心的な話になることはなかった。種類株式における優先分配を考慮すると、適正以上の価格と考えています」
スマートキャンプは2019年11月からマネーフォワードの連結子会社化となり、業績は来期2020年11月期以降の決算に計上される見通しだ。
後半は、本買収の舞台裏と狙いについて、マネーフォワード 代表取締役社長CEO 辻氏とスマートキャンプ 代表取締役 古橋氏のインタビューをお届けする。
スマートキャンプがIPOではなくM&Aを選んだ理由
どのタイミングでM&Aを考え始めたのですか。
スマートキャンプ 古橋(以下、古橋) M&Aを考え始めたのは、1年ぐらい前です。
2014年の創業時は、採用や組織面を考え、IPOを目指していました。 SaaS自体の注目度が高くなかったので、M&Aの可能性が低かったこともあります。
基幹事業の「BOXIL(ボクシル)」は毎期成長を続けています。ただ、IPOの準備をする中でいずれ限界がくると感じる部分もありました。
そこで1年くらい前から事業を伸ばすための選択肢として、M&Aを検討し始めたわけです。
今年の8月くらいに辻さんと改めて話す機会があり、そこからほぼ週次レベルで会って話を詰めて今に至ります。
うかつに外で会えないので、夜10時半に待ち合わせして白金台のホテルにある地下バーの個室で会ったりしていました(笑)。
古橋 智史 (ふるはし・さとし) / スマートキャンプ株式会社 代表取締役。立教大学卒業後、みずほ銀行に入行。2012年株式会社Speee入社、SEOサービスの新規開拓営業にて年間売上1億円を達成。株式会社ネットマイルにて事業立ち上げを経験した後、2014年6月スマートキャンプ株式会社を設立、代表取締役に就任。
事業の成長がすべての意思決定の基準にあったと。
古橋 企業が成長できるのであれば、どちらでもよかったです。IPOとM&Aを比較して、自社にとって価値が高い方に決めただけです。
IPOしたからといって、事業が伸びるわけでもありません。
マザーズ上場企業の時価総額は全体的にそこまで高くありませんよね。マネーフォワードのように時価総額が高い(編集部注:2019年12月23日現在の時価総額は1,121億円)ケースは珍しいです。
一方、日本におけるM&Aも数百〜数千億円の大型と数億円の小型に二極化傾向にあり、今回のような20億円程度の中型M&Aはほとんどない。
ただでさえ今はスタートアップのバリュエーションが上がっており、出口戦略が描きにくいです。
この状態が続くと「リビングデッドになる、優先分配だけして創業者に株が残らない」悲しい流れが近いうちに出てきてしまう危機感もありました。
今回のM&Aはそうした状況に一石を投じると。
古橋 大企業ではなく「スタートアップによるスタートアップのM&A」が当たり前になってほしい。
そうすれば、出口戦略もより多様化していくはずです。
来年以降に同じケースが出てきてほしいです。私たちが失敗するとまずいですけど(笑)。
マネーフォワード 辻(以下、辻) 今回の事例を発信し、日本のスタートアップM&Aでお互いに不幸になるミスマッチが減って欲しい。
大企業がスタートアップを買収して、創業者がやる気をなくしてしまった話はよくあるじゃないですか。本当にもったいない。
ポジティブなM&AやIPOが増え市場の新陳代謝が上がれば、業界も活性化しお金や人も回わるようになります。
辻 庸介(つじ・ようすけ)/ マネーフォワード代表取締役社長 CEO。京都大学農学部を卒業後、ペンシルバニア大学ウォートン校MBA修了。ソニー株式会社、マネックス証券株式会社を経て、2012年に株式会社マネーフォワード設立。新経済連盟の幹事、経済産業省FinTech検討会合の委員を歴任。
4社のM&Aを実行。マネーフォワードが語るM&Aの条件
マネーフォワードは1年に約1社のペースでM&Aをされていますが、どの企業も成長しています。「失敗しないM&A」をするために意識していることはありますか。
辻 我々が今までグループ化した企業は4社ですが、その裏には膨大な数の候補がいます。
その中で業界や業種、事業シナジー、社風などを考えて絞った結果4社になっただけであって、最初から「この会社を買収しよう」と決めているわけではありません。
M&Aは採用と同じように考えています。
採用でミッション・ビジョン・カルチャーに合わない人を採ってしまうと、入ってから活躍するのは難しいですよね。
M&Aも同じで、意思決定のスピード感や志の高さ、組織の雰囲気などが同じ方向を向いていないと失敗します。
ロジック的には最適な企業でも、企業文化や経営者同士が合わなくてM&Aまで至らないことはよくあります。
成功するM&Aの条件はわかりませんが、経営者同士のエゴや保身が一緒になる理由に混ざると失敗するのは間違いありません。
マネーフォワードグループにジョインした側としては、何を気をつけていましたか。
古橋「トップ同士が膝付き合わせて話せるか」です。
今回もM&Aするにあたってさまざまな企業と話しましたが、トップと一対一で話せる機会がマネーフォワードは圧倒的に多かった。
土日に会う、電話でこまめに話すなど、密にコミュニケーションをとっており、意思決定や仕事のスピード感をつかみやすかったです。
辻さんだけではなく他の経営陣の方とも交流して、空気感を掴むようにしました。
辻 過去グループにジョインしてくれた2社の社長と「ヒアリングさせてくれ」と古橋さんに言われたんですよ(笑)。
古橋 M&Aはある意味、結婚と同じじゃないですか。外野がいない状態で、トップの周りの人と話をしたかったんです。
要望を言ったときの、辻さんの反応を見たかったのもあります。面倒くさいと捉えるのか、なんの問題もなく紹介してくれるのか。
結果的に、10分後に2人と面会の約束が取れました(笑)。
私の急なお願いにも真摯に対応してくれた辻さんを見て、「信用できる」と思いました。
辻 M&Aは目的ではなく手段です。
グループに入って働いている人が本来以上に力を出せないのであれば、お互い取るべき選択ではありません。大企業でもスタートアップでもこれは変わらない。
古橋さん達としっかり話をして価値観やスピード感を確かめたかったので、積極的に会話をするようにしました。
潜在市場は1.9兆円。SaaSのNo.1カンパニーへ
今回のM&Aを通してどのような展開を考えていますか。
古橋 ボクシルはSaaSのリード(見込み顧客)情報を渡すビジネスモデルなので、その後の商談率や売上成約率は分かりませんでした。
今回グループにジョインしたことにより、複数のチャネルを持つサービスと連携し、事業領域とチャネルごとに数値を把握できます。
それらの数値を用いて、SaaSプロダクトのLTV(顧客が生涯を通じて企業にもたらす利益)を最大化する方法など、より事業成長に必要な深い情報を提供し、SaaS業界全体を活性化させていきたいです。
辻 マネーフォワードのミッションは「お金を前へ。人生をもっと前へ。」です。テクノロジーの力でお金の問題を解決して、人も企業も前に進めるようにしたい。
しかし私たちが提供しているのは、コスト削減の意味合いが強いバックオフィス領域だけです。企業の収益拡大にも役に立ちたいと考えたとき、マーケティング領域は非常に重要になってきます。
また、バックオフィスSaaSの潜在市場規模は約1兆円あるうえに、中小企業の80%以上はクラウド会計をまだ使っておらず大きな伸びしろがあります。
スマートキャンプが強みを持つ国内SaaSマーケティングの潜在市場規模も約0.9兆円あり、クラウド会計の市場と合わせると今までの2倍の市場にリーチできることになります。
新しい価値をテクノロジーの恩恵を受けていないユーザーにサービスを届けるためには、マーケティングの力が必要不可欠なのです。
今後スマートキャンプにはマネーフォワードグループ全体のリソースを投じます。メンバーを配属して人材の層を厚くし、人事の仕組みや情報システムなどの知識を共有する。
バックオフィスSaaS・国内SaaSマーケティング2つの市場を獲得することで、SaaSのNo.1カンパニーを目指します。
近年、スタートアップにとって資金を集めやすい好環境にある一方、一部の評価額が適切でないとの声もある。 また、国内のEXITをみるとM&Aはシード期〜シリーズAの設立6年目の企業が3億円程度で買われるケースが多く、大きく成長しようとするとIPOを選ばざるを得ない状況であったともいえる。
今後、大企業も非連続な成長を目指す上、スタートアップの買収を積極的に行っていくかが、スタートアップが一層活性化していくための一つのポイントだ。
今回のM&Aは、今後の行方を占う事例の1つとなるだろう。
買収は完了してからがスタートである。この買収が好事例となるかが注視される。
(インタビュー:松岡遥歌、執筆:藤野理沙、町田大地、編集:森敦子、デザイン:廣田奈緒美、写真:INITIAL)