本記事は、前後編の2回に分けて公開しています。後編では、スタートアップのIPOとM&Aの現状と、「最近スタートアップのバリュエーションが高騰している」という見方について数値面から迫っています。
バリュエーションの高騰はあるのか? IPO市場の変化と今後の見通し
森 つづいて、少し話は変わりますが、IPOとM&Aの状況についてです。 2018年にIPOをしたスタートアップは46社ほどあります。M&Aも数社ありましたが、金額が判明している範囲で見ると、昨年より大型のM&Aはありませんでした。(注3)
注記3:金額が判明しているM&Aの集計値です。公表されているスタートアップの買収案件は多くの場合、金額が非公開です。
本日は先日リリースした資金調達レポートには記載していないデータを持ってきております。よく「最近スタートアップのバリュエーションが高騰している」といった話を聞くことが多くなっていますが、そちらについて見てみました。
まずは、プレスリリースなどで「シリーズA」と出ているスタートアップを母集団として、シリーズAのPostMoneyの中央値を取りました。
2013~2018年の傾向を見ると、シリーズAの調達社数が増えており、2018年は調達社数、金額ともに上がっています。
朝倉 このデータに関しては、2つ思うことがあります。
1つは、確かに初期段階のスタートアップのバリュエーションが高くなっているということです。 エンジェル段階のスタートアップのバリュエーションを拝見することありますが、自分たちの頃の規模感を思うと、「この額!?」「強気だな!」と感じることは確かにあります。
もう1つは、この調達社数に「自称シリーズA」が含まれていることです。
シリコンバレーでは先行して生じていることですが、投資のラウンドがどんどん細分化しています。以前はシンプルにシード、シリーズA、シリーズBと分かれていたのに対して、プレシードやポストシード、プレシリーズAなど、名称や段階が細切れになっているんですね。
全般的に大型化しているということでもありますし、「シリーズA」と称するタイミングを先延ばしにすることで、初期段階にも関わらず、大きな調達を成功させたと目されたいといった動機も働いているのではないでしょうか。
私がいたネイキッドテクノロジーは2010年にUTEC(ユーテック:東京大学エッジキャピタル)さんから1億円の資金を調達しました。その後、アメリカでピッチをしていた際に、「シリーズAは完了しているのでこれからシリーズBを実施します」といった話をすると、「アメリカでは1ミリオン程度の調達はシリーズAと呼ばない。これはシードだ」と言われたことがあります。
「日本ではシリーズAの調達をしたと思っていたのに、シリコンバレーだとシード扱いなのか」と。調達する資金の量が一回り大きかったんですね。日本でも今、似たような状況になってきている印象です。
森 関連して、日本だとIPOまでにシリーズB程度までしか調達しないという声がありますね。
たとえば、IPOしたメルカリさん、マネーフォワードさん、ユーザベースでみると、マネーフォワードさんがIPO前、最終調達後評価額が約230億円と規模感はシリーズC、ユーザベースはIPO前、最終調達後評価額が約100億円とシリーズBの規模感です。
対して、メルカリさんは、IPO前、最後の調達後評価額が3,000億円を突破しており、シリーズB以降もやりきってIPOしたこともあり、超大型のIPOとかなり話題になりましたね。
このあたりはどうでしょうか?
朝倉 2016年にマザーズに上場した会社の公募価格ベースでの時価総額の平均は66億円でした。 2017は50億円を切っています。50億円というのは本当にシリーズBですからね。
別の角度から見れば、日本には小さい規模感でも上場できる市場があるということです。
世界で一番上場しやすいマーケットだとも言えますし、その背景には先ほど申し上げたようなVCやLPの構造などが複雑に絡み合っている印象です。
森 それがユニコーン企業が創出されない理由の1つにもつながるのでしょうか?
朝倉 マザーズが受け皿として機能していることにはポジティブな側面も多々ありますが、そこから派生しての影響もあるのでしょうね。良いか悪いかは一概には言えません。
佐久間 つづいての質問に移ります。
バリュエーションが高騰している状況で投資リターンを確保をすることはできるのでしょうか?
朝倉 難しいと思います。かなり慎重に検討すべきだと思います。普通の回答ですね(笑)。
佐久間 朝倉さんはそこをどう見抜いて投資をしていますか?
朝倉 マクロ的な観点からは、現状について、2つの捉え方があると思います。
1つ目は相場を見る立ち位置。この観点から見ると、「エントリーのプライスが高いな、投資としては難しいな」と厳しく感じてしまうことが多々あることでしょう。「良い会社だけど、高すぎる」といったケースが頻発するということです。
一方で観点を変えて、日本から成長するスタートアップをより多く輩出するといった、より政策的な目線から敢えて見ると、まだまだ供給される資金量は不足しているとも言えます。日本とアメリカで、ベンチャー投資額の差は60倍以上(注4)あるというのはよく言われていることですね。これは「GDPの大きさと比較しても明らかにおかしい」という声もよく耳にします。
注記4:2018年上半期(2018年8月12日基準)の日米の投資額を比較。参照元”Japan Startup Finance 2018 H” レポートダウンロードはこちら→https://biz.entrepedia.jp/report/jsf2018-h1/
一方で、起業する人の数は60倍では済まないでしょう。下手したら600倍ほどの差はあるのではないでしょうか。
スタートアップの数と投資される資金の量のバランスを考えると、日本の現状は過剰供給なのかもしれません。一方で、ただでさえ起業意欲が低いとされる日本社会から起業家の方々を増やすためには、きちんと資金調達ができる環境であるということを見せることが重要だとも思います。
現状をバブルだとする批判については、もっともだと思う点も多々ありますが、敢えて違うモノの見方をすれば、資金提供が先行することの積極的な意味も見出だせると思います。
こうした2つの捉え方を踏まえたうえで、投資する立場としてはやはり難しい状況なのでしょうね。バリュエーションが高い状況下で、それでも投資するのであれば、何を目的とするのかがより重要になってくることでしょう。
100%買収や連結化を目論んでミドルステージやレイターステージへの投資を検討すると、やはり難しい。シリーズB、Cのスタートアップの株式の数%を持ったところで、それが自社にとってどういう意味があるのかという点は冷静に考えるべきなのでしょうね。
手前味噌ながら参考までに、以前社外取締役を務めていたLoco Partnersという会社の事例をご紹介します。
Relux(リラックス)という、高級宿泊施設の予約サービスを運営している会社なのですが、2016年のシリーズBでKDDIさんからのご出資を受けています。正確にはKDDIさんのCVCですね。
結果的にはそのラウンドを経て、2017年にKDDIさんに買収されています。
出資したタイミングではCVCはマイノリティだったのですが、出資を経たことで、両社がお互いの相性を確認することができたという側面はあったかと思います。
スタートアップ側からすると、投資を受けてその後の事業連携を進める中で、自分たちとのフィット感を確認できたわけですし、出資した大企業の側からも、出資を行うことで事業の内情をより深く理解し、自社事業との相性を見極めることができたのではないでしょうか。
PMIはどの会社であっても難しいプロセスですが、買収前に相性を確認する期間があったことは良い方向に働いたのではないかと思います。
佐久間 その部分に関する質問があります。
よく知られている通り、米国のExitの大半がM&Aです。日本では、2017年にKDDIさんによるソラコムさんの買収という大型のM&A Exitがありますが、以降大型のM&A Exitは出てきていません。
日本における今後のM&A Exitの見通しに関して教えてください。
朝倉 教科書的な話をすると、アメリカのスタートアップのExitの8~9割はM&Aによるものです。IPOは珍しい。
日本におけるスタートアップのM&Aの正確な数は明確ではありませんが、アメリカに比べると少ない比率であることは間違いありません(下の日米におけるEXIT状況を参照)。Exitのバリエーションを増やしていくうえで、M&Aの機会があるということは重要だと私は考えています。
ただ、この状況に関して、2つの点から私は楽観的に見ています。
1つはアメリカでも、スタートアップをM&Aしている会社の多くはスタートアップ出自の企業であるということです。
たしかにウォルマートやGEなどの伝統的な大企業もスタートアップを買収していますが、どちらかと言うと、GoogleやAmazon、Facebookといったスタートアップ出自の企業の方がより精力的です。
近年は日本でも上場するスタートアップ気質の会社が増えてきていますが、こうした会社が増えてくることで、スタートアップの買収事例も増えてくるのではないでしょうか。
実際、ユーザベースさんもentrepedia(アントレペディア)を運営するジャパンベンチャーリサーチさんを買収(注5)していますが、そういった事例が増えていくと推測しています。
注記5:2016年12月に株式会社ユーザベースが株式会社ジャパンベンチャーリサーチの発行済全株式を取得することに合意し、株式売買契約を締結。
もう1つは、ここにお集まりの皆さんのように、CVCや事業会社で投資する方々が増えていること。それによってスタートアップに対する理解がより深まり、納得感や腹落ち感を持った上で買収をするケースが増えてくるのではないかと期待しています。
佐久間 先ほどのお2人の話にもありましたが、日本だとシリーズBで小さく上場することが多い。弊社ユーザベースが200億円未満で上場したときに、堀江貴文さんから「やめた方がよい」と言われました(笑)。
ただ、最近メルカリさんやSansanさんなどシニアなステージで大きな調達をする企業も増えています。その変化を朝倉さんはどう捉えていますか?
朝倉 小さく上場する従来のパターンと、メルカリさんのような大きな規模感になって上場するパターンとで二極化していくのでしょうね。
大型上場が増えるであろう背景として、大規模な投資やセカンダリーで既存の投資家から株式を引き受ける、VC以外のプレイヤーが増えてくるであろうという点に着目すべきでしょう。
例えば、KKRさんがベンチャー投資を進めていくといった報道が先日出ていましたが、この他にもベンチャー投資に関心を示すPE(プライベート・エクイティ)は存在します。
他にも先日、MUJINさんのMBO(マネジメント・バイアウト)が報じられていましたね。今後もVCからセカンダリーで株式を買い取るプレイヤーは増えてくるのではないでしょうか。
佐久間 Sansanさんもそうですね。
朝倉 そうですね。
VCが運用するファンドには償還期限があるので、どうしても一定の期限までにはExitしなくてはなりません。投資家の層が厚くなれば期限が迫ったファンドの受け皿となる投資資金も増え、より大きな上場を目指すスタートアップも増えてくるのではないでしょうか。
佐久間 ポストIPOのエキスパートの朝倉さんにお伺いします。
マザーズの利点を活かして早く上場するか、それともレイターステージで大きな調達を目指すか。どういった会社に前者を勧めて、どういう会社に後者を勧めますか?
朝倉 個別事例による!以上!なのですが(笑)。
IPOは資金調達の機会です。
例えばもしも、私が上場企業の経営者から「資金調達するのはどのタイミングでやればよいか?」と相談されたら、「今でしょ!」と答えると思います。
「何の答えにもなってない」と思われるかもしれませんが、マーケットは本当に何が起こるか分からない。
半年後に調達すればよいと考えていたら、いきなりリーマンショックが起こる可能性だってある。
IPOも同じで資金調達の機会と捉えれば、「上場できるときに上場しておく」という方針も、1つの考えだと思います。
「上場せずにもう少し粘ろう」と言うのは、当事者にとってはガッツのいることですし、言うは易しで行うは難しい。
大きくスケールするのではなく、粛々とじっくり事業を成長させるタイプの会社であれば、あまり粘るよりも上場した方がよいといったこともあるのでしょうね。
佐久間 ありがとうございます。
それでは、最後お二人からCVCの方へのメッセージをお願いします。
森 本日はお忙しい中、本当にお越しいただきましてありがとうございました。
弊社としては、中立的な立場でデータを集め、皆さんにファクトベースでスタートアップを映し出して、スタートアップが本当に活性化してほしいと思って、日々チーム一同やっております。
entrepediaをお使いいただき、皆様のお役に立てたら非常にうれしく思いますので、引き続きどうぞよろしくお願いいたします。
本日はありがとうございました。
朝倉 スタートアップ側の立場から言えば、事業会社やCVCの方々には継続して、資金供給、事業提携といった側面からスタートアップを支えていただければと思います。
スタートアップは体制が脆弱だったり、方針が頻繁に変わったりと、大企業のプロトコルから見ると、「大丈夫か?」と感じることも多々あるかと思います。そこは我慢して辛抱強く見ていただいた方が結果として得られる果実は多くなるのではないかと思います。
本日はありがとうございました。
※こちらの記事は、前後編の2回に分けてお届けしています。
また本レポートは、2019年4月19日に開催したイベント「バリュエーショントレンドとCVCのリアル」の第1部のトークセッションを書き起こし、編集したものです。 第2部で行ったCVCの立場から見た市場の変遷や投資目的の変化についてのトークセッションは、以下よりダウンロードください。