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2019/07/22

SmartHRが61.5億の大型調達、攻めのファイナンス戦略

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―ネクストSansanとなるか。

時価総額1,400億円超で上場したSansanに次ぎ、SaaS(Software as a Service)領域のユニコーン(評価額1,000億円以上の未上場企業)への期待がかかるスタートアップがある。「社会の非合理を、ハックする。」をミッションに掲げ、企業の人事・労務管理領域のSaaSを運営するSmartHRだ。

そのSmartHRが本日(7/22)、61.5億円もの大型資金調達を発表した。その評価額は307億円と推定される(※)。これは国内SaaSスタートアップでは、freee(645億円)、ビズリーチ(322億円)に次ぐ水準だ。

(※) 評価額はentrepediaによる推定額であり、SmartHRにより決定又は追認されたものではない。過去のSmartHRの企業評価額に関する記載についても同じ。

SmartHRのこれまでのファイナンスと成長の軌跡。そして、今回の資金調達関係者のインタビューをお届けする。

CONTENTS

シリーズCの資金調達先は計8社。既存投資家であるSmartHR SPV、WiL、BEENEXTに加え、今回新たに国内投資家がALL STAR SAAS FUND、THE FUND、ほか1社、 海外投資家が、Light Street Capitalほか1社。

海外投資家のうち1社の名前は明かせないとのことだが、海外の超有名VCによる出資を受けたとのこと。そして、同VCは日本への投資はSmartHRが初、Light Street Capitalも未上場企業では、SmartHRが日本への初投資となる。

さらに、ALL STAR SAAS FUND、THE FUNDにとっては、本件が第1号投資案件となる。

SmartHRはなぜこれほど投資家に期待されているのか。ファイナンスを中心にひもとく。

ファイナンスの軌跡:特徴的なファイナンスが2つ

SmartHRは特徴的なファイナンスを2回行っている。

1つ目は、15億円調達した、現Coral CapitalからのシリーズB。特定の企業やプロジェクトなどに資金を投資する目的で専用のファンド等を組成し、そのファンドから資金提供をうけるSPVスキームが用いられている。

本スキームは米国では一般的な手法だが、おそらく日本のスタートアップでは初めて用いられたスキームではないだろうか。

SPVを利用すると、投資契約の相手方や株主名簿上に増える投資家は1人で済む。即ち、大型資金調達に伴う多くの投資家との煩雑なコミュニケーションを実質アウトソースできるのだ。

本ファンドは、今回のシリーズCへも追加投資を行っている。

(画像:INITIAL作成)

Coral CapitalのJames氏は「SmartHRの資金を約2ヶ月以内に調達しましたが、SmartHRのCEOである宮田さんのミーティング対応などの時間は、累計でも10時間程度に抑えることができました」とここに記している。

そして、2つ目は今回のシリーズC。調達金額が61.5億円と大型であったことはもちろんだが、その資金の出し手に特徴がある。今回の資金調達先は既存投資家3社に新規投資家を加えた計8社であった。

そのうち本調達のとりまとめを行ったリードインベスターは、「ALL STAR SAAS FUND」、「THE FUND」、上記の名称非公開の海外VCの計3社である。

この非公開の海外VCは、米国を代表するベンチャーキャピタルであり、日本のスタートアップへの投資は初。今回のSmartHRへの投資をきっかけに日本のスタートアップへの投資が広がる可能性もありそうだ。

海外VCのもう1社は、Light Street Capital。同社は米サンフランシスコを拠点する数千億円規模の投資ファンドを運用し、これまでにSlack,、Uber、Pinterest、Spotifyなどへの支援実績がある。

同社による日本スタートアップへの投資も初となる。SmartHR CEO宮田氏曰く「非常にSaaSのことをよくわかっており、日本の投資家とはできない観点での議論ができる」ことが資金調達先に選んだ決め手だという。

投資家から特に評価された点は、サービスの継続率の高さとネットリテンションレート(一定期間における、既存顧客のサービス利用料金の増額を、解約等による減少額とネットして、そのネット増加割合をみる指標)の高さだそうだ。

SmartHRが支持される理由

SmartHRは、企業の人事・労務に関わる手続きを簡単にするクラウドサービスである。従来、各企業が紙を用いて独自に運用していたものをSaaS化したものだ。

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(画像:SmartHR)

料金体系はサブスクリプション(継続課金)型で、利用料金は登録従業員数に応じて増えていく。

リリース後、半年でスタートアップを中心に1,000社導入。リリースから3年時点(2018年11月時点)での導入企業数は大企業含めて20,000社超。なぜ、SmartHRは支持されるのか。

タイミングもあった。サービスリリースした2015年は、ちょうど電子政府APIが公開された年だ。

加えて、宮田氏によれば、人事・労務分野は会計分野などと異なる側面があるという。会計分野は過去から「会計ソフト」があるが、人事・労務分野は「紙」のままであった。 即ち、ソフトウェアでの競合が当初いなかったのだ。

また、人事・労務分野は企業ごとにローカルルールで運用されている。これが標準化されたサービスをつくることを難しくさせている。

SmartHRは、宮田氏の奥さんが産休手続きの書類作成に困っていた姿から着想を得、自身がサラリーマン時代に闘病した際の社会保険に助けられた経験ともリンクし、「自分事」を感じたことから誕生している。

「自分事」として徹底的にモノづくりにこだわっていることも強みの一つだろう。このプロダクトの強さが、月次継続利用率99.5%という数字に表れている。

(画像:INITIAL作成)

リリース後の爆発的な成長の理由には、同社の攻めのマーケティングもあげられるだろう。従業員が20名規模の時点から、法人顧客が主体の企業では珍しくテレビCMを実施している。

今後、人事データを活用する新機能を充実させる方針だ。既に今年4月には「カスタム社員名簿」をリリースしており、今年9月には蓄まった人事データを分析などに活用する「ラクラク人事レポート」もリリース予定である。人事・労務領域で、様々なアプリケーションとも連携できるプラットフォームを目指していく。

これらに加え、戦略子会社である株式会社SmartHR Insurance や株式会社SmartMeetingなどによる新規事業展開もはじまっている。

同社の戦略を支えるのは、先述のファイナンスである。資金調達を実施するごとに、従業員数も指数関数的な伸びを見せている。

好調な採用の背景に、宮田氏のオープンな情報開示姿勢がある。現在、SNSで積極的に発信する経営者は増えているが、宮田氏はその先駆けともいえる。

たとえば、会社紹介資料をSpeaker Deckで公開している。この資料の中では、今後の戦略や企業文化の他、評価制度、給与テーブル、昇給実績までオープンにされている。

この資料は現時点(7月22日)までに52万回閲覧され、資料公開後、採用応募数は5.3倍に増加したそうだ。

(出所:宮田氏twitter

また、同社へ行くと、すべての会議室のドアが開けっ放しで使用されていることも印象的だ。「内緒話」を行わないためだそうだ。

さらに、同社株主の1人であるBEENEXTの前田氏が実施する社長評価(CEO Evaluation)の結果が宮田氏のブログで公開されている。

(出所:宮田昇始のブログ

宮田氏が自らをオープンするのは、自分に甘いからだという。目標や結果を公表することで、自分の逃げ道をなくすだけでなく、周囲に応援してもらい、モチベーションを保つ環境をつくっているのだという。

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(写真:廣田奈緒美)

SmartHRに投資する理由

ALL STAR SAAS FUNDの前田ヒロ氏とTHE FUNDの朝倉祐介氏に話をきいた。彼らはどのようにSmartHRに出会い、信頼関係を構築し、今回のシリーズCの参加へ至ったのか。

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(写真:前田氏提供)

ALL STAR SAAS FUND PTE. LTDマネージングパートナー前田ヒロ氏は、SmartHRが参加した「Open Network Lab」をデジタルガレージ、カカクコム、BEENOSと共同設立している。

SmartHRへはシード期から継続的に支援を続けている。今回の資金の拠出元となっているファンドは、新設した「ALL STAR SAAS FUND」であり、最初の投資案件となった。

前田ヒロ氏はSaaS企業の可能性に期待をしている。「ALL STAR SAAS FUND」で「自分も一流、投資先も一流。」になることを目指す。

「ファンドの投資方針は1つだけ。ARR(Annual Recurring Revenueの略。継続課金ベースの年間売上高)100億円を目指せるかどうか。」

しかし、シード投資を行った当時は、SmartHRに対して現在と同じ確信の強度はなかったという。

「当時、プロダクトは初期の段階でARRはゼロだったからね(笑)。他の判断材料としては経営者である宮田さんくらいだった。正直、サービスもスタートアップ向けにとどまるかもしれないと思っていた。」

それでも投資に踏み切った。

「宮田さんの人柄だね。良い経営者になりそうって思ったんだよね。彼は素直だし、学習力がほんとうに高い。あと、プロダクトをかなり当事者意識でつくっていたところだね。」

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(写真:森敦子)

リードインベスターのもう1社、「THE FUND」の運営者であるシニフィアンは、もともと経営アドバイザリーとスタートアップへの投資を行う産業金融事業を並行して行っていた。

先月、上場前段階に差し掛かるレイターステージのスタートアップを主たる支援対象とする総額200億円のエンゲージメント型グロースファンド「THE FUND」を設立し、産業金融事業を本格化し、SmartHRへの投資が本ファンドの最初の案件となった。

B Dash Venturesが主催するスタートアップイベント「B Dash Camp」のピッチにSmartHRが出場した際、その審査員が朝倉祐介氏だったことが出会いである。

「当時は“AIによって人間の仕事が奪われる”という風潮があった時期なんです。でも、奪うって何だろう?って。代わりに人間が付加価値のあることができたら、むしろ喜ばしいことですよね。

とくに企業のバックオフィスなどの守り業務。自分でもそういうサービスを立ち上げようと思っていた。そんな時にSmartHRの審査をした。」と朝倉氏は話す。

2018年に改めてSmartHRの経営陣と会う機会があり、事業アドバイザリーとして関わることとなった。

「定期的に接点をもち、SmartHRのチームの雰囲気、PDCAが継続的にみえて。当時からの自分の着眼点ともマッチして、サービスが改めていいと思った。お互いに信頼関係ができ、THE FUND設立時期が重なったこともあって今回の投資に至りました。出資を機に、アドバイザリー契約は解消しています。」

スタートアップファイナンスの今後:海外投資家の参入は増えるのか

近年、国内スタートアップ全体の資金調達額は拡大している。しかし、GDP比からみるとその規模は依然として小さく、とくにIPOなどのEXITが視野に入るフェーズであるレイターステージのスタートアップが、大型調達するには資金量が足りないとの声もある。

国内スタートアップ投資は主に国内事業法人とVCが支える構造になっており、海外投資家が占める割合は1割程度の状態が継続している。

しかし直近、海外投資家の日本スタートアップへの投資事例が目立ってきた。 SaaS領域であれば、先月IPOしたSansanに対するT. Rowe Price Japan、Goldman Sachsの出資は記憶に新しい。

先月、Eight Roads Ventures Japanが、アプリ開発・運用・分析SaaS「Yappli (ヤプリ)」を提供する株式会社ヤプリのシリーズCでリードインベスターを務めた。ヤプリの調達後評価額は213億円だ(2019/7/22時点、企業評価額などentrepedia調べ)。

特にSaaSは米国に先行事例が多く、その知見やネットワークを活かし、今後も海外投資家の日本のSaaSスタートアップへの投資は増えるのではないだろうか。

SaaS領域以外では、今月、FacebookやTwitterへ投資したGoodwater Capitalが個人間送金を可能にするウォレットアプリ「Kyash(キャッシュ)」を提供する株式会社KyashのシリーズBのリードを担ったことが発表された。個人のスキルのフリマ「ココナラ」の運営·開発を行う株式会社ココナラへのFidelity Internationalの出資が発表されたのも今月だ。

また、Salesforce VenturesやEight Roads Venturesは日本向けのファンドを設立し、日本への投資を強化している。

レイターステージの大型調達を担うことができる国内投資家は現状少ない。

小規模上場志向から、メルカリ、Sansanの様な大規模上場志向への変化が起きつつある今、海外投資家がその役割を担うケースは今後さらに広まる可能性がある。

「ドメスティックな事業であっても大きな成長はできる。その手段として、調達は海外でもいいと思う。」

宮田氏の言葉は、今後のスタートアップファイナンスの1つの指針になるだろう。

(執筆・編集:森敦子、編集:佐久間衡、デザイン:廣田奈緒美)

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