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2019/05/22

「組織の崩壊は必ず起こる」幸福の追求こそが起業家の原点

  • #対談
  • #HRTech

「ビジョンを描け」「ミッション経営・バリュー経営が大切」

昨今これらの言葉はいたるところで聞かれ、それを基にした組織論も多く語られる。

事実、Appleをはじめ、急成長を遂げた企業の多くには明確なビジョンやバリュー、そして強靭な組織がある。

しかし一方で、それらの重要性が腹落ちしない、どうやって機能する組織を作るのか分からない、といった悩みの声も聞く。

そこで今回は、ビジョンやミッションに強いこだわりを持つ2人の起業家に、それらの作り方、そして組織への浸透のさせ方を、様々な角度から徹底的に語ってもらった。

前半は、ソーシャル経済メディア「NewsPicks」などを展開するユーザベース創業者 新野のインタビューから、バリューを創った背景、急成長する組織をつくる上で外せない「肝」について聞いた。

後半は、 新野とPOL 加茂さんの対談から見えてきた、強い組織をつくる「組織論」の全貌をお届けする。

CONTENTS

※全編動画はこちら

<前半:ユーザベース創業者 新野良介>

今回のインタビューは、新野退任後に入社した松岡が、入社してから疑問に思ったことを聞く形式で行われた。

会社の「ルール」を特別視していないか?

ビジョン、ミッション、バリューが重要だとかねてから話されていますが、なぜですか?

新野 たぶん、自分のためだと思います。

例えば、ユーザベースの7つのルールの話をすると、「理念を大事にするなんていい人ですね」といった、誤解をされることがあります。

それは全く間違っていて。1回きりの人生を密度あるものにしたい、自分たちの会社を愛し続けられる会社にしたいと思った時に、大事だなと思った価値観をただ列挙したものが7つのルールです。

人生を豊かにするためには、愛に囲まれている瞬間がもっとも居心地がいい瞬間だと僕は思います。だから、会社がその状態であり続けるためにルールを作っただけで。

大事なことは「みんながそれぞれの情熱を追求する」ことだと思います。

たまたま僕は、バリューをつくることに情熱を感じただけで、製品が好きな人もいるし、アニメが好きな人もいます。

あくまでユーザベースのミッションやバリューも、僕が自分のために自分の得意なものを出して、仲間と一緒に作っただけです。でも、それが大事なんです。

それぞれの人が、一番好きで一番情熱を持てる部分に集中できることが重要です。

7つのルールは、人に押し付けるイデオロギーではなくて、コミュニティが自由であるための「それだけは大事にしようよ」という最低限の約束です。それ以外は、みんなが自分の好きなことを追求しようという思想です。

だから、ルールがただ人をジャッジするためだけのものになってしまえば、みんなを自由にするためじゃなくて、縛るものに変わってしまいます。

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2008年に梅田と稲垣と3人でユーザベースを創業し、昨年、持病の免疫の病気のため役員を退任。ユーザベースは創業後にリーマンショックが起きた逆境下、日々のキャッシュに苦しむ創業初期から、カルチャーの重要性を説き続けた。初期の内部崩壊の危機をきっかけに「7つのルール」という独自のカルチャーを形成。(写真:INITIAL)

自分のフィールドで突き抜ける

ルールを作った当初に比べて、変化や不安に感じている部分はありますか。

ありません。

梅田(ユーザベース共同創業者)、稲垣(ユーザベース共同創業者)をはじめ、今の経営陣は能力が高くて、誠実で団結しているチームだと、一緒に経営していた時間も長いからこそ自信をもって言えます。

これからも、いろいろな荒波に直面することもあると思いますが、あまり心配していないんですよね。

唯一言うことがあるとすれば、会社が今急成長しているので、そういう時こそ当たり前のことを丁寧にやったり、ステークホルダー(株主だけでなく顧客、仲間、取引先等)を丁寧にフォローするのが非常に難しくなります。

長期的に成長することもステークホルダーに還元することに繋がるので大事ですが、目の前の人たちも大事にすることも、同様に大事なことです。これからも、短期も長期もどちらもバランスを取りながら、事業を進めていく必要があります。

そういう意味で、今の経営陣は僕が退任する前よりもずっと難しいことをやっているし、5年後のユーザベースの経営陣はもっと難しいことをやっていると思います。なぜなら、ユーザベースはまだまだ伸びちゃうから(笑)。

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(写真:INITIAL)

だからこそ、ますます会社のメンバー全員が、「自分のやりたいこと、やれること、得意なこと、好きなこと」に精鋭化していかなきゃいけないと思います。

草野球だったら、適当にポジションに合わせてやってもいいですが、トップリーグになればなるほど、自分の得意なところでしか絶対に勝負なんてできませんよね。

個人個人が勝負できる領域に、精鋭化していくのがいっそう大事になってくると思っています。

「世界にとって意味のある場所にしたかった」

共同創業はうまくいかない例も多いですが、なぜうまくいったのですか?

一番の要因はたまたま価値観が合う人達に会えたことだと思います。

稲垣(ユーザベース共同創業者)とか梅田(ユーザベース共同創業者)が運命の人っていうのは、すこし嫌ですが(笑)。やっぱりうまくいかないケースが多い中で、こうして価値観が一致して、仕事のパートナーでもあり親友でもある2人と会えた。このラッキーが、成功の大きな理由だと思います。

ただ、それだと誰の参考にもならないので、もう少し他の要素を考えると、「何でも話し合うことを約束した」のは大切な要因です。

そのルールを守れない共同創業者も多くいるなかで、守れたのはなぜですか?

さっき言ったように、それぞれ根っこの部分は似ていたし、「会社を世界にとって意味のある場所にしたい」と本気で思っていたからだと思います。

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ユーザベース創業者 左から稲垣、梅田、新野(写真:INITIAL)

その想いの強さの前では、自分のエゴも小さく感じるので、恥ずかしいことでも全部伝える関係性ができていました。稲垣も以前発信していましたが、創業したばかりのころ、「新野さんのことはまだよく知らないし、すぐに社長として認められないと思う小さな自分がいる」と言っていました。僕も、「エンジニアがいままで近くにいたわけじゃないから、エンジニア肌の稲垣くんをなかなか理解できない(だからお互い時間をかけて理解しよう)」って言ったりしていて。

でも、そうやって梅田、稲垣の2人とも僕に語りかけてくれましたし、何より「事業をつくるこの場を、本当に貴重なものにしたい。人生を無駄にしたくない。」という思いは、3人とも共通していました。だから自然に、お互いのことを全てさらけ出せる関係になれたと思います。

組織に派閥ができる理由

他に組織を作るうえでポイントはありますか。

「人間の組織に派閥が生まれる仕組み」を理解するのは大切だと思います。

基本的には、みんないい人だし、純粋に悪い人はそういない。ただ、ある状況になると、僕も含めて良い人になったり、悪い人にもなったりします。人間にはそういう特性があります。

たとえば、僕が自分のメンバーに対してうまく対応できなくて、そのメンバーがつらいとき、「梅田さん、話聞いてください」となる場面があるとします。

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(写真:INITIAL)

そのときに、梅田はよかれと思って間に入り、「新野さんは本当にいい人だけど、そういうところもあるから俺が話すよ」と言って、その人の代わりに僕と話して状況が変わったとします。

そうすると、その人はどう感じると思いますか?きっと状況を変えてくれた梅田に対して、ロイヤリティが高まります。

「新野さんは私の話を聞いてくれないけど、梅田さんは話聞いてくれる」という世界観が生まれてくるわけです。でも、そのとき梅田は、まったく派閥をつくろうと思ってやっていません。

僕も含めて、状況をよくしたいし、自分も悪い人にはなりたくないし、相手も傷つけたくない。だから、そういう思いで、言葉を選んで行動します。その結果として、派閥が生まれてしまう。これが、派閥ができる仕組みです。

これを防ぐには、思っていることを直接相手に言う必要があります。「俺(梅田)にとって新野さんってそんな人じゃないから一緒に聞きに行こうぜ」と。そうすれば、誤解も派閥も生まれません。

だから、派閥をつくらないために、オープンでダイレクトにコミュニケーションをとることが非常に大切です。それができれば、いい組織ができるんじゃないかと思います。

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(写真:INITIAL)

対話の価値が死ぬ瞬間

会社に対して危機感を持っている部分はありますか?

ある意味、僕が社内で神格化されていることに危機感を持っています(笑)。

ユーザベースのバリューの経営は、僕に限らず、誰かの人格に仮託して、思考停止を招くようなものではありません。

人が変わっても、「われわれがやっていることは何か?大事にしていたことは何か?」と自問し、自分たちのやっていることの意味を自分たちで忘れない組織です。だから、特定の人に事業の意味やバリューが紐づけられているとしたら、少し居心地が悪い。

歴史を振り返ると、すべての宗教も国家もそうですが、リーダーを神格化して特別視することは常にあります。例えば、みんなが共同でやったプロジェクトにもかかわらず、特定の人を特別視するがあまり、1人の人がやったものと錯覚してしまうことがあります。

しかしこれは、科学的にも脳の認知バイアスだと認められています。

(自己内対話の相手として僕を思い出してバリューを大事にしてくれるのは良いのですが、)それが、もし他者に対して「新野さんはこうだったから、〇〇君はダメだ」となると、それは相手を説得するために神様を出しているのと同じで、対話ではなくディスカッションです。

それは、大企業のサラリーマンが「社長はそう言っているらしいよ」と言って意見を押し通そうとしたり、独裁国家が「独裁者がこう言うので、そうしなさい」と言って、虎の威を借りるのと同じだと思っていて。

一番大事なことは、僕も「自分たちの価値って何だろう?」と7つのルールの意味を自問しながら進んだわけで、組織の全員が「自分たちにとって大事な価値観は何だろう?」と考え対話をし続けることだと思います。

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(写真:INITIAL)

会社のメンバー1人1人が対話をしている状態こそ、会社の価値観が維持されている状態であって、それがディスカッションが多くなった瞬間、会社の価値は死んでいくと思います。

他人の弱点を気にしている暇はない

チームで働く上で、大切にしてほしいことはありますか。

ありのままに現実を受け入れることだと思います。

「創業者、経営者、社員はこうあるべきだ」ではなく、1人1人違うからこそ、必ず強みも弱みもあります。それをありのままを受け入れるのが大切です。

もちろん、あまりに害を受けると「何だよあいつ」と思うときもありますが、できるだけ相手のいいところを引き出そうと解釈したとき、そこには上司も部下といった区別はありません。会社という枠組み自体、あまり関係ないです。

つまり、仕事を起点にして世界中の全員が協働していると考え、共に働いている仲間のいいところを引き出し、自分自身も最高のものを出せるように集中する。そうすると、誰かの弱点をごちゃごちゃ言っている暇はないと思います。

決して思考停止に陥らずに、7つのルールにも書いてあるように、「Think beyond the norm」(既成概念に囚われずに自分たちの頭で考える)をモットーに、自分のやるべき仕事だけに集中することが、組織を作る上で肝なのではないでしょうか。

<後半:起業家対談>

POLはどのような会社ですか?

POL 加茂さん(以下、加茂) POLは、研究者さんの可能性を最大化するプラットフォームをつくっているLabTechスタートアップです。具体的には、理系学生さん向けのキャリア支援のサービス「LabBase」や、大学の技術を社会に解き放つ産学連携のプラットフォーム「LabBase X」などをつくっています。

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©POL Inc. All rights reserved. https://pol.co.jp/

理系学生さんや研究者さんはいろいろな課題を抱えているので、それを解決することで、科学や社会の発展スピードを上げたいと思っています。

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東京大学工学部3年生。高校時代から起業したいと考え始め、その後ベンチャー数社で長期インターンを経験。2015年9月からは半年間休学してシンガポールに渡り、REAPRAグループのHealthBankにてプロダクトマネージャーとしてオンラインダイエットサービスの立ち上げを行った。2016年に元ガリバー・インターナショナル(現IDOM)専務取締役の吉田行宏氏とPOLを共同創業。(写真:INITIAL)

「希望」を見出す力

加茂 人として、また経営者として、成長角度を上げるうえで大事なことについて伺いたいです。

会社がどこまで成長できるかは、トップやリーダー陣がどれだけ大きな志や器を持っているか で大きく決まると思っています。

偉大な会社を立ち上げ率いるリーダーには何が求められ、どうすればそうなれるのでしょうか?

新野 梅田、稲垣と、共同創業者の2人を例にとって考えてみると、やっぱり明るいです。悪いことが起きても、3人で話すとなんか明るい。

自分の体も含めて、どんなことも自分ではコントロールできないと思っています。船に乗っている漁師と同じで、大きな波がこないようにコントロールはできません。

でもだからといって、それに嘆いてもしょうがないですよね。「明るくいようぜ」という共通の価値観を持って、どんな状況でも明るく笑顔がいるのは、なによりも大事だと思います。

加茂 僕もメンタルは強いと思っていて、逆境含めどんな状況でも楽しめるので、今まで辛かったことは1度もありません(笑)。

ただ、会社全体で見ると、全員が根っから明るい人だけじゃないと思います。そうすると、組織として「辛い」ムードになることはありませんでしたか?

新野 明るいとは、見るからに明るいことを意味するのではなく、「希望を持つこと」です。つまり、明るい人とは「絶望に囚われず、希望を見いだせる力を持った人」です。

「悲観は気分から生まれて、楽観は意思から生まれる」という言葉がありますよね。気分に流されて悲観しているときに、意思の力で「嘆いていても仕方ないし、みんなで希望をもってやっていこうぜ」と腕まくりをして前を向いたとき、希望は生まれます。

その意思の力を持った人こそ「明るい人」であり、根暗かどうかは全く関係ありません。

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(写真:INITIAL)

自分がルールの一番の体現者になる

加茂 どうやってその考え方を組織に浸透させましたか。

新野 少なくとも、まず自分が社内の誰よりも、それを実践できている必要があると思います。

2012年に今の持病を発病して数カ月会社を休んで戻ってきたときに、「新野さんが来て会社が明るくなりました」と言われて。その理由を考えたら、久しぶりに仕事ができる楽しさが周りに伝わったからだと思っていて。

特別何かをしたわけではなくて、純粋に希望をもって仕事を楽しんでいただけなんですよ。でもやっぱり、周りの人からしても、楽しんでいる人の傍にいた方が楽しいじゃないですか。

逆に、業績がまったく上がらないときに、社長から「元気出せ」とか言われてもつらいですよね。

「明るい組織をつくるために、他者をどうやって導けばいいか?」と考えても、他人の気持ちをコントロールできない。

そうではなくて、「自分をどうやって楽しくするか」を考えることが大切です。

加茂 他人をコントロールしないようにするのは、簡単なようで忘れてしまいがちな部分だと思います。

新野 人生において、問題は必ず起こるので、事業や組織が困難に直面するのは当たり前です。

その時に取れる選択肢は「誰かのせいにして嘆く」か、「ありのまま受け入れて、自分ができることを明るくやる」かの二択しかありません。

完全にはできなくとも、まずは自分でやってみる。それで及ばなければ、それは最初から自分ができないことだっただけで。結果はコントロールできないのだから仕方ないですし、経営者であれば、業績が上げられなければ責任取ればいいだけだと思います。

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(写真:INITIAL)

加茂 うちの共同創業者の吉田もよく「結果は選択できないけど、行動は選択できる」と言っています。たぶんそれに近いことかと思いますが、大事な視点ですね。

「お客さまへの執念」と「ビジョン」

加茂 以前おっしゃっていた「目の前のお客様を満足させたい想い」と「ビジョン」の両極への強度がどれだけ強いかが、会社の成長角度を決める」という言葉が印象に残っています。その中間解である、売上などにフォーカスしてしまうと会社は弱くなったり、失敗するとその時おっしゃっていて。

僕も、お客さんを心から幸せにしたいと思っていますが、まだ新野さんと同じレベルで腹落ちできていない気がしています。

新野さんが、心からその考えを実感したきっかけはありますか?

新野 以前、兄とレストランをやっていたときに、会社の売上を伸ばそうとして、その頃流行っていた、グローバルダイニングさんやレインズさん(編集注:レインズインターナショナル)を参考にして、いろいろなシステムを取り入れたりしましたが、まったくお客さんがついてきてくれなくて。

あまりにもついてきてくれないので、それなら来てくれた数少ないお客さんを何とか喜ばせようとしてから、事業が好転したことがありました。

企業が顧客に何を提供しているか考えると、「これがあって便利だな」とお客さんが感じる量そのものだと思っています。セブンのお弁当をよく食べていると「また旨くなったな」みたいに感じる時がありませんか。結局、満足の気持ち以外にお客さんが対価を払うことはないんですよね。

技術でもサービスでも、あらゆるものはその気持ちを起こすことが目的であり、それが本源的な価値だと思います。

そこから踏み外したものを売っても、中身が空なので対価である売上も上がりません。つまり、「顧客から喜ばれた気持ちの量」が売上になります。

この1人1人のお客さんの喜びが、「目の前のお客さんに提供する本源的価値」であり、それらを大きくした未来のありたい姿が「ビジョン」です。だから、それらは両極にありますが、結局は、大きさが違うだけで中身は同じものです。

たとえば、最も高い山を登ろうとした人は、やっぱり最も目の前のことに集中して準備をし、慎重に登っていくと思います。だから、世界一の準備をして世界一慎重に一歩一歩を踏み出すことと、世界一高い山を登ることは同じことなのです。

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(写真:INITIAL)

どっちかしか実行できていないとしたら、その人は単なるペーパードリーマーですよね。 イチローの「確かな一歩の積み重ねでしか、遠くには行けない。」という言葉も同じことを言っていると思います。

加茂 将来実現したい世界やビジョンを凝縮したものが本源的な価値であり、そこにブラさずに、フォーカスし続けることが重要であると。

新野 そうですね。事業とは本源的な価値を大きくしていくことだと思います。山登りも一歩一歩登る行為こそが山登りであり、「高い山にのぼれたかどうか」はあくまで結果です。

一歩一歩を大事にしないで山だけを見る人がいたら、その人は山登りをやめた方がいいし、どこの山に登るか分からないのに歩いている人も、やっぱりやめた方がいいですよね。

「人生を変える」サービスの形

加茂 売上や利益はどのように捉えていますか?

新野 顧客は「便利だな」という本源的価値に対してお金を出しているわけですから、売上は顧客に「便利だな」と感じてもらっている量を測る指標だと思います。

利益は、生きていくためにはステークホルダーとして自分たちも潤わなきゃいけないので、そのための指標です。

つまり、「どれくらいのステークホルダーを幸せにしているか」の指標が売上であり、「自分たちも含めてサスティナブルか」の指標が利益になります。

だだ、それは指標であって、最終的なゴールではないことを忘れてはいけません。体温計で熱を測るときも「36℃だと健康だから、36℃を目指そう」ではなくて、健康を目指す中で指標として体温が大事なだけですよね。その逆ではない。

だからこそ、目的となるビジョンを持つことが大事だと思います。ビジョンと言うと、たいそうなものに見えてしまったり、漠然となってしまいやすいので、もっと具体的に考えてみるとよいかも知れません。

何かしてあげたら、その感謝の気持ちとして何かが返ってくる。ビジネスもその循環の延長に過ぎません。ビジョンとはその循環を大きくした先にある未来のイメージです。

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(写真:INITIAL)

ビジョンやミッション、志などを、あいまいな概念のままで持っていても、目の前の具体的な行動や評価基準まで落とし込めていなければ、行動もできないですし、意思決定もできません。

いくらよさそうな言葉をビジョンとして掲げても、具体的に行動まで描けないのであれば、きっとその言葉は力を発揮しません。

加茂 自分事として行動化できていなければ、それは言葉をただ借りて、口にしているだけということですね。

新野 例えば「愛している」という言葉は、相手への日々の行動と言動を表しているのであって、日々の言動も行動も伴ってなければ、それは中身のない単なる記号でしかありません。

中身の有無を問題にせずに、まるで金科玉条のように言葉だけを使うのは、相手に一方的に請求するためのディスカッションに過ぎません。

そうではなく、中身を話そうよと。「僕は(力不足で)ここはできていないけど、ここを頑張っていきたい。ここはいつも感謝している」と素直に相手と対話して、一緒に中身の質を高めていくことが大切じゃないかと思っています。

「ミッション経営が大事だ!ビジョン経営が大事だ!」と大袈裟に構えるのではなく、「どうせやるなら、最高に意義のあることやろうぜ」くらいの考え方で、十分なんじゃないかと思います。ロックバンドが、そのために「めちゃくちゃしびれる曲を出してやろうぜ」と考えるのと、本質的には同じです。

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(写真:INITIAL)

そうすれば、かつて僕がロックバンドの曲を聴いて人生が変わったように、自分達のサービスで人生が変わる人がいるかもしれません。

最初から「世界中で売れるロックバンドになってやろうぜ」と言うばかりで、バンドの中身である曲づくりや目の前の聴衆への演奏を疎かにしたら、世界に通用するロックバンドはできないですよね。

加茂 お客さんやステークホルダーをいかに幸せにするか考えて、喜んでもらうことが全てだと。

新野 そう思っています。一生懸命考えて行動してくれたとき、人はお金を出すんじゃないかと思っていて。

例えば、タクシーの運転手さんがすごくよくしてくれたら、「お釣りいらないです」と言いたくなりませんか。正規の料金を越えて気持ちを返したいとすら思うわけですから。

歴史はエゴから始まる

加茂 もともと僕が起業したいと思ったのが高校のときで、おじいちゃんが死んだタイミングでした。

人の死を身近に感じたことで、自分が死んだ後も、漠然と「何かやってよかったな」と思えることを残したいと思って。その手段を考えた結果、起業が出てきて。

自分が死んだ後も価値を残し続けるためには、何が大事だと思いますか?

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(写真:INITIAL)

新野 それはとても難しい質問だと思います。それって、自分の人生を「意義深くしたい」と言っているわけですよね。

自分の人生を偉大な人生にしたいと思う、とてもエゴイスティックなところからスタートしています。

誰しも自分にとって豊かな人生にしたいといった情熱は、エゴイスティックなところから生まれると思います。そこから生まれた想いは、ありのままの自分であり、大事にすべきです。

その想いを、本気で突き詰めてやっていくと、ある時からエゴだけではやっていけない領域になり、エゴがどんどん薄まっていきます。

それを究極的に達成した人が、死んだ後も影響力を残せるんじゃないでしょうか。ガンジーもきっと、みんなが思っているようないい人生じゃなかったかもしれません。やっている生活は、僕だったら3日で悲鳴をあげるような生活かもしれない。

それでも、自分の人生を豊かにしたいと彼は思い、その思いに従ってやったことで次第に大きなうねりになっていった。その結果、それが他人にも広がって歴史に名を遺せたんじゃないかと思います。

会社も同じで、メンバー1人1人が幸せになりたいという素直な部分からはじまって、それがいつのまにか無私に抜けたような生き方に変わることで、豊かな物語となり、多くの人に共有され、歴史に残っていくんじゃないでしょうか。

コミュニケーション量をコントロールする

加茂 ユーザベースが一度崩壊しかけたと聞きましたが、その時はなにが組織の課題としてありましたか?

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(写真:INITIAL)

新野 起業の教科書にも書いてあるような内容ですが、やっぱり30人の壁の問題ですね。経験して、改めて教科書ってしっかり研究してるんだなと実感しました(笑)。

読んでいるときは分かったと思っても、多くの場合、残念ながら転んでからその状況に気付くんですよね。

たとえば、成長が加速し始めると、後から入ってきた人が最初から頑張ってきた人の上にくることもありますよね。

そういうことが急に起き始めるので、みんなが自分たちの自己重要性を維持するのが難しくなって、組織の問題が起きるんじゃないかと思います。

加茂 POLも今それぐらいのフェーズなのですが、そのタイミングの手前に戻れるとしたら、今度は防げると思いますか。

新野 人の気持ちはコントロールできないから、もう一度戻ったとしても避けられないと思います。

たとえば、初期から寝ないで頑張って仕事してきたのに、いきなり上司が外から入ってきたら、誰でもやっぱり心は揺れますよね。

そういった心の変化自体は自然なことで、それを否定せず受け入れる必要があります。

自分たちが何を目指していたのか、そのためにどんな約束をしていたかを確認し、それに基づいて「どう思うのか、どう考えているのか」を、丁寧にコミュニケーションしていくしか選択肢はありません。

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(写真:INITIAL)

その結果、去る人もいるし、残る人もいますが、それは避けられません。経験者として、何か助言があるとすれば、「コミュニケーション量を意識する」ことだと思います。

組織が大きくなっていく中で、崩壊は必ず起こります。だとしたら、できることはより崩壊する量を少なくすることです。

そのために、自分がコントロールできるのは、コミュニケーション量だけです。

加茂 つまり、1対1の対面で話す時間をしっかり取るということですか?

新野 そうです。でも、僕の場合、相手の話を聞かずに自分でずっとしゃべってしまうので、本当に1対1は苦手でした(笑)。

でも、相手の話を聞くのは、相手を理解するのと同じなので、絶対に必要だと思います。

たとえば、世界中の人を幸せにすることが会社のミッションだとすれば、後から入ってきたとしても、能力の高い人により大きな仕事とより大きな報酬を与えることは、ビジネス的にはフェアですよね。

ただ、その論理を前からいた人に押し付けても、やっぱりその本人にとってはつらいことです。ビジネスジャッジとはまったく別に、その人がどう感じているかを受け止めることはとても大切なことです。

ほとんどの人は、ジャッジをされたことではなく、受け止めてもらえないことに腹が立つと思います。

自分が経験するに、結果がつらいことでも、自分を理解し受け入れてくれた人のことであれば、多くの場合納得できます。

だからこそ、相手の意見に耳を傾け、理解しようとすることが大切です。

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(写真:INITIAL)

「自分の善」を信じて、活動量を最大化する

加茂 新野さんにとって、人生で一番大事にしていることはなんですか。

新野 幸せになることです。

人は幸せなとき、もっとも活動量が高くなり、社会に対して与えるエネルギー量も増えます。そのエネルギーこそが、他者のためになったり、社会に貢献できたりする可能性です。

でも、完全な人間はいない以上、そのエネルギーが善いことを生み出すこともあれば、悪いことも生み出しちゃうこともある。

偉大な会社がたくさんの人を幸せにしても、その競合企業の社員は不幸せになっているわけで、どんなことをやっても全員を幸せにすることはできません。

ある行為の結果が良かったか、悪かったかを判断するのは、他者や歴史である以上、迷惑をかけずに生きることはできない。生きること自体が、善いことも悪いことも生み出すことなんです。

だから、出来るだけ人には迷惑をかけず、出来れば幸せにしたいと意識しつつも、自分の活動量を高くすることだと思います。そうすることで、結果として1つでも善いものを世の中に出せる可能性がふえる。人は幸せなとき、もっとも活動量が高くなり、社会に対して与えるエネルギー量も増えます。

時には、たとえ動機が正しくても、相手に悪い影響を生み出してしまうことで、責任を取らなくてはいけない場面もあります。そうなった時も、謝るべきことは謝り、理解してもらいながら進んでいくしかありません。

その繰り返しこそが、「幸せ」に繋がると信じています。

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(文:町田、佐久間、写真:森)


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