Webサービスのみで、世界で戦えている日本のベンチャー企業はほとんどいない。
「スマートホーム・ビジネス戦略構築の必須条件」(H29年 A.T.カーニー)によると、世界のスマートホームのセキュリティ分野だけでも、市場規模は2025年に4兆円を超えると予想されている。
その領域に2014年に着目し、世界初の後付型スマートロック「Akerun Pro」を用いたクラウド型入退室管理システム「Akerun入退室管理システム(以下、Akerun)」を発売するとともに、市場を開拓してきたフォトシンス。
IoTデバイス×SaaS(サース、Software as a Service)を掛け合わせ、世界で「勝てる」企業にすることが 河瀬航大 CEOの目標だ。
Akerun躍進のきっかけとなり、ビジネスモデル的に「ブレイクスルーを生んだ」と語る戦略とは、どのようなものなのか──。
今回はIoTテクノロジーを活用した防犯テックに取り組む、Moly(モリー) 河合成樹 CEOにも来ていただいた。
防犯の切り口から考察したAkerunの強みを含め、世界と戦うための「仕組み」の全体像を2人に語ってもらった。
見出したブレイクスルー
どのようなサービスをされていますか。
フォトシンス CEO 河瀬さん(以下、河瀬) 扉のサムターン(ドアの内側にある鍵のつまみ部分)に取り付けると、いつも持っているスマホで施錠・解錠ができる「Akerun入退室管理システム」というハードウェアIoT×サブスクリプションモデル(以下、サブスク)のサービスを提供しています。
河瀬航大(かわせ・こうだい)/ 2011年、筑波大学理工学群卒業後、株式会社ガイアックスに入社。ソーシャルメディアの分析・マーケティングを行う。2014年、株式会社フォトシンスを創業し、「Akerun入退室管理システム」を主軸としたIoT事業を手掛ける。経産省が所管するNEDO公認SUI第1号をはじめとして、2018年までに累計15億円を調達。(写真:ami)
スマホだけでなく、SuicaなどのICカードで鍵を開けることもできます。(動画で見る)
Akerun Proを貼り付けるだけで、既存の空間にオートロック機能や入退室履歴の管理機能を付与できるのが特徴です。
Moly CEO 河合さん(以下、河合) 私たちは、防犯についてのノウハウをWebメディアやアプリで世の中に発信しています。
Akerunさんを含め、セキュリティに特化した商品を紹介したり、安全に暮らしたりするための方法を発信しています。
Webメディアは月間のユニークユーザー数(決まった期間内にウェブサイトを訪問したユーザー数)が20万人を超え、防犯領域では存在感を高められてきていると思います。
河合成樹(かわい・なるき)/ グラフィックデザイナー、営業、企画開発、事業責任者など、多彩な経歴を経て2013年に株式会社Molyを創業。祖父や叔父が警察官。2017年10月、スタートアップビジネスプランコンテストいしかわ最優秀起業家賞受賞。(写真:ami)
Akerunはどのようなニーズで導入されることが多いですか。
河瀬 従業員数が10~15名を超えて、物理的な金属の鍵での運用が難しい状況での導入が多いです。手軽に鍵の管理をしたいけれど、既存の100万円するような入退室管理システムは予算的に付けられないといった場合ですね。
料金モデルもシンプルにするために、従量課金ではなく1扉あたりで設定しています。
ハードウェアのビジネスは売り切りモデルが多い中、サブスクにしたのはなぜですか。
河瀬 導入障壁の低さで勝負すると決めたからです。
既存の入退室管理システムは、1つの扉あたりおよそ100万円の初期導入コストがかかります。
Akerunでは初期費用を0円にし、月額1万7,500円~で提供しています。初期費用をかけずに導入できるので、契約のハードルが下がり中小企業さんを中心に多くの方に利用していただいています。
コストを回収するには長く使い続けてもらう必要がありますが、セキュリティ商品は1度導入されると外されにくい傾向があるので、サブスクに振り切りました。
また、AkerunはSaaSの要素もあるので、カスタマーサポートにも力を入れています。
買ってもらって終わりではなく、導入後も長く使い続けてもらうために、利用状況をクラウド経由で把握し適切なサポートを行う。これがハードウェアIoT×サブスクでは重要です。
ハードウェアIoT特有のカスタマーサポートの大変さは何ですか。
河瀬 WebだけのSaaSと比べ、サポートの範囲が広い点です。
後付けで設置するため、使用環境がお客様ごとに異なったり、誤った方法で設置されたりすることもあります。ソフトウェアだけのサービスより、サポートコストがかかります。
ただ、ネットにつながっているため、ドアセンサーの動作状況や、電池の残量といったお客様の使用情報が取れます。
ハードウェアIoTのユーザーサポートは大変ですが、サポートすべき内容が分かりやすいのは他のハードウェアと比べて強みではないでしょうか。
(写真:ami)
遠隔でのサポートができなければ、他のメーカーのように全国に支店をつくり対応しなければなりません。しかしネットを利用した遠隔から営業やカスタマーサポートができる仕組みは、ビジネスモデル上の大きなブレイクスルーだと思います。
河合 防犯の観点でも、事前に対処できることは重要です。
事件は「悪いやつがたまたま来て、いきなり襲われて起こる」イメージをお持ちだと思いますが、実際は違います。事件が起きる仕組みは分かってきており、3つの要素(犯人、被害者、状況)が揃わなければ事件は起きません。その3つの要素のどれか1つでも排除することで、犯罪は抑止することが可能となります。
デバイスの設置ミスや不具合、鍵の締め忘れといった人為的なミスの情報を取るのは、従来困難だったため、安全上の重大なリスクとなっていました。
しかし、Akerunでは遠隔でそれらの情報を取れるので、犯罪を予測し防げます。そういった視点でも、ネットと繋げた意味は大きいです。
河瀬 故障だけでなく、鍵の締め忘れなども先回りしてお客様に知らせる仕組みも作っていきたいですね。
ハードウェアでは、ユーザーの声を反映させるのが難しいですか。
ハードウェアではユーザーからのフィードバックを反映させるまでの期間がソフトウェアに対して大きいので、ハードウェア側はミニマムでつくり、ソフトウェア側のアップデートで機能を付け足すようにしています。
(写真:ami)
必要最低限の条件を満たしたハードウェアをつくり、ソフトウェアで付加価値を与えるのが基本的な戦略です。
レンタルモデルにすることも重要です。
売り切りモデルでは、新製品に変えてもらう場合買い替えが必要なため、最初からある程度充実した機能を付けて買い替えの頻度をコントロールしなければなりません。
しかし私たちはレンタルモデルなので、最新の物に変える場合も買い替えの必要がなく、解約リスクや必要以上の機能開発を抑えられます。
SaaSは複数の会社と提携し、ユーザー体験を向上させることが重要ですが、その点はどう考えていますか?
河瀬 鍵の発行や入退室履歴を記録するといったAkerunのAPIはユーザーに公開し、自由に活用できるようにしています。
それを活用し、入退室履歴データをユーザー自身の決済システムと連携させることで、シームレスに決済を済ませる仕組みを自主的に作った例もあります。
自社以外のアイディアでも横展開ができそうな場合は、事業提携も含めて積極的に連携するようにしています。
河合 鍵の解除方法も生体認証の企業などと連携して種類を増やす予定ですか。
(写真:ami)
河瀬 連携を進めていきます。既に顔認証は対応していますし、Suicaや社員証でも開けられるので、今後もお客様のニーズに合わせて提携を進めていきます。
ユーザーの声を集めるのは難しくありませんか。
河瀬 認知を取るために、最初は「鍵をハックできる」といったインパクトのある言葉を使い、エンジニアコミュニティでAPIを公開していました(笑)。
また、AkerunのAPI開発者用サイトをつくり、課題解決よりも遊びに近いモチベーションで使われる環境をつくり、1人でも多くのユーザーの声を集められるようにしています。
ハードウェア×SaaSの組織づくり
ハードウェアとSaaSを両立させる組織作りのコツはありますか。
河瀬 私たちはどちらも領域としては関わっていますが、組織作りはSaaSの色が強いと思います。
ハードウェア開発を独立したものとして捉えず、サービスをつくる上の達成すべきKPIの1つといった感覚でタスクに織り込んでいます。
ただ、エンジニアの採用は特殊かもしれません。ハードウェアを作るには、部品1個1個の交換率や不具合率の低減、コストの抑制など、ソフトウェアとは異なった業務がでてきます。
そのため、ソフトウェアだけのSaaS組織よりも、1人のエンジニアが担当する守備範囲が広いです。COOの渡邉だけでなく開発部長にも、ハードウェアとソフトウェア両方の工程管理に入ってもらい、スケジュールの全体像やリソース管理をしてもらっています。
(写真:ami)
採用も、ハードウェアができる人と、ソフトウェアができる人を採っています。ハードウェアエンジニアはソフトウェア領域を、ソフトウェアエンジニアはハードウェア領域の開発もサポートできるような環境にしています。
スタートアップが取るべき「攻め」のタイミング
シードラウンドで調達した2,000万円の多くを、PRに使ったのはなぜですか。
河瀬 ハードウェアスタートアップでは、クラウドファンディングや受注生産で小さくスタートし、ニーズを検証するケースが多いです。
ただ、Appleは新製品を出すときクラウドファンディングを使いませんよね。
僕らも同じように、お試しでセキュリティのガジェットを作るのではなく、最初から世界を変える迫力のあるプロダクトを出し切る意味を込めて、クラウドファンディングを行いませんでした。
最初に調達した2,000万円では、プロダクトの量産はできなかったため、シリーズAにつながる施策を打つ必要がありました。
そもそも当時、世間はスマートロックという言葉も知らない状況でした。そこで市場を作るために、認知を広げプロダクトに対する期待値を上げてからシリーズAに持っていくために、2,000万円のうち500万円をPR費用に突っ込みました。
その結果、シリーズAでは4.5億円を調達できました。
6名で起業して、常に来月キャッシュが無くなる状況だったので、シリーズAの調達が完了するまでは特にしびれましたね(笑)。
シードラウンドでガイアックスの上田社長から2,000万円を出資していただきました。世界初としてプロダクトを出したかったのでスピードにもこだわり、調達してすぐ工場の生産も手配しました。
しかし、工場と初めて取引する場合は前入金が必要なことを知らずに話を進めたので、直前になってキャッシュが200万円足りないことが分かって。
時効なので話しますが、入金締切の直前だったため、上田社長に頼み込んでなんとか足りない分をお借りし、シリーズAの調達が完了するまでの2日間を、残高0円で過ごす綱渡りをしました。
今までそういった資金的にしびれる状況は2回ありました。
(写真:ami)
河合 綱渡りの状態でもスピードにこだわることに躊躇はなかったのですか。
河瀬 躊躇はありませんでした。
自分たちが目指すスピードでビジョンを実現するには、時にヒリヒリする手を打つ必要があります。
勝ち残るには、勝負を掛けるタイミングを逃さないことが重要です。
河合 防犯の観点から言っても、スマートロックはこれからセキュリティの文脈で大きな可能性を持っていると思います。
近年シェアリングエコノミーの概念が広まったことで、物理的な鍵の数は増加傾向にあり、それらを安全に管理する重要性が高まっています。
そういった時代背景を踏まえた上で、今後Akerunをどのようにしていきたいですか。
河瀬 物理的な鍵を徹底的にクラウド化させたいです。
目的ごとに鍵を開ける手段や必要な機能は変わるので、ハードウェアとソフトウェアの両面からAkerunをアップグレードし、お客様が最適なものを選択できるセキュリティプラットフォームにしていきたいです。
また、Webサービスのみで世界で勝負できている日本のベンチャー企業はほとんどいません。
時価総額が高い日系企業も、トヨタといったものづくりの会社が多いので、ハードウェアを絡めたサービスは世界と勝負できる1つの形だと思います。
日本でも盛り上がっているSaaSと、センサーや駆動機を活用したハードウェアIoTを掛け合わせた、「リアルまで踏み込んだSaaS」で世界に挑戦する企業が増えて欲しいと思います。
文:町田大地