「香りの領域は、視覚や聴覚に比べ目立ったイノベーションが起きていない。」
4,000年以上の歴史を持つ香りの領域で、新たなイノベーションの創出を狙う企業がScentee(センティー)だ。
ビジネスでは「ユーザーにとって無くてはならないもの」をつくることが重要と言われる中、香りは一見すると必需品ではなく嗜好品に近い。
しかし、坪内 CEOはこれからの時代観を考えると堅いビジネスと話す。化粧品マーケティング要覧 2017(H29年 富士経済)によると、2014年まで横這いだったフレグランスの国内市場規模が、2015年から再び伸びを見せている。
一度は起業家であることを辞めた男が、再び世界を相手に挑戦する香りビジネスの勝算はどこにあるのか。
日本の企業で初めてカンヌライオンズで銀賞を受賞し、世界の7大ガジェットにも選ばれた実績をもつ坪内 CEOの「手堅い」戦略を聞いた。
香りが人間に与える影響
どのようなサービスですか。
Scentee 坪内さん(以下、坪内) 「Scentee Machina (センティー マキナ)」という香りを出すAIを搭載したディフューザーをつくっていす。4つの香りが出る「Quattro(クアトロ)」と、1つの香りが出る「Uno(ウノ)」の2種類があり、2種類×黒と白の2カラーの4種類を展開しています。
AIを搭載したルームディフューザー「Scentee Machina」 (写真:公式ページ)
販売代理店がアメリカ、ロシア、ヨーロッパにあり、日本を含めて23カ国に出荷を開始しています。
Scentee Machinaを用いることで、シチュエーションや時間に合わせて香りの切り替えや消臭ができます。たとえば、月曜日から金曜日の昼間は桜の香りに、土日はリラックスのために他の香りにするといった使い方です。
従来のアロマに比べて香りの粒子が小さいことが特徴です。このため、物に香りが残らずに、すぐ他の香りへ切り替えられます。
どのような使われ方が多いですか。
香りの導入ニーズには、「場所をゴージャスにしたい」「社員を鼓舞したい」「営業するときに迫力を出したい」「ポジティブな印象をお客さまにもってもらいたい」といった理由があると考えています。
柔軟剤の広がりなどによって、少しずつ「消臭」から「香りを楽しむ」へと世の中の考え方が変わってきたこともあり、ロビーや会議室といった会社の顔となる場所に置いていただくことが多いです。
日頃から人が出入りする場所に置き、来客者に「この会社にくるとテンションが上がる」といった、ポジティブな印象を与えるのに香りは効果的です。
スタートアップへの導入も増えています。
会社のビジョンやカルチャーを明確に持っているため、それに沿って社員の感情をモチベートしたいと感じている経営者も多いです。そこで、今まで用いられることの少なかった香りが、手軽さや費用対効果の大きさから注目されています。
嗅覚は他の感覚器と異なり、記憶を司る海馬といった臓器に直接影響を与えるため、感情の再現や記憶の定着に繋がりやすいです。
ホテルでは入った瞬間から帰るまで、来た人に高揚感や特別感を感じてもらったり、思い出に残してもらったりするために香りを使用しています。
ホテルの中には高揚感を与えるため、内装にこだわるところが多いですが、香りに力を入れているところは少ないです。
しかし、内装などの視覚情報よりも香りの方が、感情に影響を与えるにはコストパフォーマンスが優れていると思います。
内装を1億円かけて変えても目ぼしい効果がでなかったホテルが、Scentee Machinaを使って香りを導入したところ、感動するユーザーが増えたといった話も聞いています。
ルイ・ヴィトンも「香りで顧客の感情に働きかけ、商品を購入してもらう」購入導線を、香りで設計する試みを始めています。香りを使ったマーケティングは多くの業界で応用が効きます。
(写真:Shutterstock / StockCo)
未着手領域の多さが起業のきっかけ
なぜ起業したのですか。
19歳のときに1社目のWeb系制作会社を立ち上げ、ローカル環境で動く検索エンジンをつくったりしていました。
25歳までその会社をやっていましたが、スケールさせられず就職する道を選びました。就職後は5年程、ターンアラウンドマネージャーと言って会社の再建に特化するコンサルタントをやっていました。
その後、東日本大震災が起こり、ボランティアで現地に行った際に、すべてがなくなる状況を目の当たりにしました。
コンサルタントは、0→1で世の中にないものを生み出すよりは、既にあるものにプラスをする仕事です。震災を経験し自分のキャリアを考えた時、無から有を生み出したいと思い起業しました。
起業した当時、スティーブ・ジョブズがiPhoneを出し、目や耳、口の機能にはイノベーションを起こしていました。しかし香りは4,000年以上の歴史を持ち、五感の中で最も古い文化にも関わらず、目立ったイノベーションが起きていません。
更に調べてみると、市場も大きいにも関わらず特許があまり取られていませんでした。そこに可能性を感じたのが、香りの領域に取り組み始めたきっかけです。
香りが好きだから始めたというよりは、未着手の領域が多いと分かったので始めました。
最初は今と異なるプロダクトを作られていましたよね。
イヤフォンジャックに装着すると、メッセージの着信通知に合わせて香りが噴出される「Scentee Balloon」をつくりました。
米国のガジェット紹介サイトEngadgetが選ぶ世界の7大ガジェットとして2013年に入賞し、世界で10,000台以上も売れました。特許も米国・欧州・日本で取得しています。
カンヌを獲るきっかけとなった「Scentee Balloon」(写真:公式ページ)
当時社員は僕1人でやっていましたが、マーケティング施策がハマりウォールストリートジャーナルにも取り上げていただけて。その結果、アメリカ人から大きな反響がありました。
その中で「ベーコンの香りで起床したい」という声が多かったので、半年かけてベーコンの香りを再現し、ベーコンの焼ける匂いで目覚められるデバイス「Wake Up & Smell The Bacon(目覚ましベーコン)」をつくったところ、プロダクトの紹介動画はYouTubeで3,700万回以上再生されました。
ベーコンの焼ける匂いで目覚められるデバイス「Wake Up & Smell The Bacon」(写真:公式動画より)
日本企業では初めて世界最大級のクリエイティビティアワードである「カンヌライオンズ」のモバイル部門で銀賞を受賞し、プロダクトも30万台の注文が入りました。
ただ、僕らはそんなに注目されると思っていなかったため、5,000台しか作っておらず、残り29万5,000人が手に入らなくなってしまって。
その希少性から人気に再び火が点き、5,000円程度の商品がeBay(アメリカのオークションECサイト)で3万5,000円ぐらいまで値上がりしたのは驚きでした。
その出来事がきっかけで、さまざまな海外の香水会社とも繋がりました。
国籍に関係なく、想像を超えたプロダクトはユーザーに感動を与えます。その時に感じた「香りを通して人をワクワクさせるものをつくりたい」という想いが、今も行動のモチベーションになっています。
時代に即している香りビジネス
香りの領域は「nice to have」のニュアンスが強く、難易度の高いビジネスでは。
今の時代観は昔に比べ、より自己実現型の購買動機に変わってきています。
満たされている中でもっと幸せを感じるために、自分の身の回りからより日常をよくしたいと考える人たちが増えています。香りには、そういったニーズを満たすポテンシャルがあります。
一見香りは「must to have(無くてはならないもの)」ではなく「nice to have(あるといいもの)」の領域に思えますが、オシャレに気を付けている人が食事や洋服、インテリアにこだわるように、特定の層には既に一定のニーズが存在しています。
実際に、CAMPFIRE(クラウドファンディングサービス)でローンチすると多くの反応があったり、カンヌライオンズで賞を獲れたりとニーズを確認できました。
Scentee Machinaも2~3年かけて開発しましたが、以前行ったクラウドファンディング、見せ方や切り口を変えた9種類のプロダクトをリリースした経験から、 ユーザーが求めるものを深掘った上でつくり、大きくニーズを外すリスクを抑えています。
ちょうど今資金調達もしていますが、いきなり大きく踏み込んでリスクを取るのではなく、ニーズの仮説検証を確実にしながら進めてきたので、堅いビジネスをつくれていると思います。
香料(フレーバー、フレグランス)だけでも、世界の市場規模は推計2兆円を超えます(H30年 MarketsandMarkets調べ)。国内だけでなく世界で考え、この巨大な市場を獲りにいきたいと思います。
(写真:ami)