SaaS企業の資金調達が熱い。なかでも、最近、オクトやカケハシなどに代表される特定の業界に特化したサービスを展開するVertical SaaS(ヴァーティカルサース)の資金調達が活発になっている。
今回、注目株の1つ、製造業の資材・部品調達を行う購買部門向けに「RFQクラウド」を提供するA1A株式会社がシリーズAで約3億円(調達後企業評価額15.5億円)の資金調達を公表。
本記事ではキーエンスからVCを経て同社への起業へと至った代表の松原氏、投資家の前田氏へのインタビューをもとに概要をお伝えする。
シリーズAで約3億円。BEENEXT2 Pte. Ltd.、PKSHA SPARX Algorithm Fundらから。調達後企業評価額15.5億円
製造業向けIT系スタートアップは、スマートファクトリー関連サービスを提供するスカイディスク、受発注プラットフォームを提供するキャディ、製造業特化型セールスマーケティングSaaSを提供するアペルザなどが目立つ。
そのような中、A1A(エーワンエー)株式会社は、製造業のバイヤー向けに見積り業務を支援するSaaS「RFQクラウド(アールエフキュークラウド)」を提供する。
A1Aは2018年6月に設立。創業メンバーは代表の松原氏を含め4名。会社名の由来にもつながる「B2Bの取引をワンランク上に」をビジョンに掲げている。
松原氏は新卒でキーエンスに入社し、主に浜松の自動車関連メーカーを営業として担当。その後、コロプラネクストでベンチャーキャピタリストに従事した経歴を持つ。
設立から1年で正式サービスリリース。同時に、シリーズAにて約3億円の資金調達実施を公表した。累計調達額は3.6億円、調達後企業評価額(以降、評価額)は15.5億円となった。
本ラウンドの評価額は、シリーズAラウンドの中央値10.5億円よりもやや高く、今後の期待がうかがえる。
今回の資金使途は、事業拡大にあたり、主に開発やセールスなどをはじめとする人材採用である。
資金提供者はBEENEXT2 Pte. LtdとPKSHA SPARX Algorithm Fund(PKSHA Technologyとスパークス・グループが設立)、個人投資家2名の構成であった。
BEENEXTとPKSHA Technologyは前回ラウンドから継続し、2回目の投資である。
160社のヒアリングからみえたユーザーニーズ
RFQクラウドは、代表の松原氏が創業前に160社程度にヒアリングし構想を描き、2018年10月にモックとパンフレットのようなものしかない状態で展示会に出展したことから始まる。
そのような状態だったにも関わらず、展示会は予想以上に好評を得、サービス展開への確信を深めた。ちなみに、展示会初日の朝に出会った顧客が最初に契約してくれたファーストユーザーになったという。
そこから開発を進め、2018年11月にα版、2019年4月にβ版をリリース。現在、40社以上の企業で導入されている。
RFQクラウドは、製造業の中でも年商が数十億円以上あるようなエンタープライズの購買担当者向けのサービスである。
通常、見積りは部品サプライヤそれぞれから独自のフォーマットで送られてくる。加えて、見積書は紙などファイル形式も異なるうえに、各購買担当者のPCにローカル保存されていることが多く、過去の見積書が散財してるケースもある。
したがって、価格の妥当性を判断するために見積もりをとるものの、部品別、サプライヤ別、時系列などで比較することに大きな工数がかかり、課題があった。
(画像:A1A会社説明資料を元にami作成)
それを解決するのがRFQクラウドだ。クラウド上にRFQクラウドの契約者であるバイヤーが見積りフォーマットを用意し、サプライヤがそこへ必要情報を入力をする。
すなわち、見積りプロセスをサプライヤ主導からバイヤー主導へと変える。
(画像:A1A会社説明資料を元にami作成)
正式リリースでは、サプライヤからの見積り取得の機能に加えて、バイヤー側で社内決裁がとれるように、権限・承認などの機能を追加。RFQクラウド上で見積りに関わる運用を回せる仕組みを整えた。
元ベンチャーキャピタリストが選ぶ投資家たち
松原 脩平 (まつばら・しゅうへい): A1A株式会社代表取締役。慶應義塾大学法学部卒業後、株式会社キーエンスに入社。営業として主に中部地方の自動車関連メーカーを担当。その後、投資会社に移り、ベンチャーキャピタル業務に従事。設立間もないスタートアップの投資育成を手がける。購買部門をテクノロジーの力でサポートすることで「企業間取引における非効率」を解消するべく、 A1A株式会社を創業、現在に至る。(写真:ami)
VC出身でもある松原氏は、スピード感と安心感を投資家選びのポイントにあげる。
松原氏 最初のシードラウンドでは、BEENEXTさん、PKSHA Technologyさん、前職のコロプラネクストさんに加え、個人投資家5名に資金提供いただきました。
個人投資家から出資を受けた理由は、自分がVC出身だったこともあり、単純に個人投資家と関わることへの興味からです。
前田ヒロさん(BEENEXT)は、SaaSではその知見の豊富さで目立っていました。そして、実際に話してみて、感覚の近さを感じました。
特筆すべきは、意志決定のスピードの速さです。たとえばシードラウンドの際、金曜日に相談して翌日に「一旦考えるわ!」と返信がきて、その翌日の日曜日には意思決定の返事がきました。
今回のシリーズAも、前回ラウンドからバリュエーションをけっこう上げたのですが、その意思決定も数日でやっていただきました。
あと、安心感も決め手の1つでしたね。自分も投資家だったので、投資家サイドの「それって本当に大丈夫?」と確かめる姿勢は理解できるんです。でもずっと言われると心地がいいものではないですよね(笑)。
数多くの投資家さんにお会いする中で、ヒロさんは「どこまでもサポートするぞ!」という姿勢が強く、安心感があった。
また、「ALL STAR SAAS FUND」など、ファンドサイズを大きくされていることも、今後レイターでの調達まで考慮すると安心感に繋がりました。
(写真:ami)
PKSHA Technologyの上野山さんも同様です。
上野山さんとの出会いは、私が大学生のときにインターンをしていた人材エージェント会社であるFutureLinkからの紹介がきっかけです。
上野山さんがキーエンスの営業組織力に興味があり、FutureLinkを介して、キーエンスにいた私に話がきました。
お会いした際に当時描いていたA1Aの事業構想も話して、出資につながりました。
資金調達をする側になって、いろいろなVCを見ましたが、それぞれに特色がありますね。独立系VCとCVCでは意思決定が違います。
よくある話ですが、CVCはキャピタルゲインではなく、シナジーを見られるところが多い。資金調達を考える中で、それがA1Aではリスクになると感じた部分もあります。
たとえば、今後の弊社の事業展開で、資金提供元の事業法人とカニバる可能性。あるいは、その事業法人の競合相手と弊社がビジネスをすることになった場合にどうするのかなど。
細かい話ですが、仮に今の事業をピボットする状況になった際、もちろんする気はありませんが(笑)、新規事業の意思決定に投資家を気にする必要があるか、なども考えました。
もちろん、弊社の事業を進めるにあたって真っ当なご指摘は大歓迎です。ただ、我々がやりたいのは、提携ではなく事業を伸ばすことです。
(画像:SFIO CRACHO/Shutterstock.com)
その中で、事業法人であるPKSHA Technologyに出資を受けました。理由は、出資をうけても「色」が付かず、事業成長に対するリスクが低いと判断したからです。
むしろ弊社としては、「いかにデータを活かすか」に勝ち筋があると考えています。だから、その最先端にいるPKSHA Technologyからの出資は、データ活用の解を導くことに繋がると思いました。
この他にも、お客様に「今後、データ分析方面で多くの機能を追加をしてくれそう」と期待の声をいただくこともあり、良いブランディングになっています。
珍しいかもしれませんが、株主の方々とは現段階ではカッチリと定例会議は設けず、自由度をもってコミュニケーションをさせていただいています。
投資する理由。シードとシリーズAで見ているポイント
なぜA1Aへ投資したのか。
シードとシリーズAに対する投資ポイントも交えながらリードインベスターであるBEENEXTマネージングパートナーの前田ヒロ氏にお話を聞いた。
前田 ヒロ(まえだ・ひろ)BEENEXT PTE. LTD/シードからグロースまでSaaSベンチャーに特化して投資と支援をする「ALL STAR SAAS FUND」、 マネージングパートナー。2010年、世界進出を目的としたスタートアップの育成プログラム「Open Network Lab」をデジタルガレージ、カカクコムと共同設立。その後、BEENOSのインキュベーション本部長として、国内外のスタートアップ支援・投資事業を統括。2016年には『Forbes Asia』が選ぶ「30 Under 30」のベンチャーキャピタル部門に選出される。世界中で100社を超えるスタートアップに投資を実行。(写真:本人提供)
前田氏 松原さんとの出会いは意外と前で2016年頃です。彼から突然連絡があり、キーエンスからVCに転職するために相談されたことがきっかけです。「良いVCになるには?」などをテーマに壁打ちをしましたね。
そして、2018年にまた彼から突然連絡がありました(笑)。今度は、A1Aの立ち上げに関する相談でした。
最初にやりとりした時から、彼には人当たりの良さ、周りを巻き込んでいける人間的な魅力を感じていました。
シード投資はすぐに決めました。
シードラウンドは、失敗する可能性がまだまだ大きいフェーズです。見ているところは、ユーザーニーズと理論上の市場の大きさなど。課題が本当にあって、そこにお金を払ってもらえるのか、ですね。そして、創業時における数人のメンバーの人柄・資質などです。
(写真:本人提供)
松原さんは、とにかくRFQクラウドのお客さんに対する解像度が高かった。具体的に顧客の問題を知っていて、どう行動していて、何をしたらHAPPYになるかをわかっていた人でした。
一方、シリーズAは投資金額も大きくなってくるので、「ある程度、成功への自信がある状態」でないと投資できません。このフェーズでは、サービスに対してお客さんが満足しているのかを見ます。これらは、サービスのログイン頻度や利用実績、ユーザーヒアリングなどを判断材料にします。
また、従業員も見ます。よくあるのが創業者がワンマンになっちゃうパターンですね。少しでも権限移譲できているかなどをみています。直接従業員と話したりしますね。
(画像:ami作成)
判断のスピードは、判断材料が多いかどうかに尽きます。
初対面の起業家は、話してだいたい6-7割わかります。残りを実際のユーザーや従業員へのヒアリングなどを行って確かめていく形ですね。
普段から松原さんは、進捗状況などを共有してくれます。また、大小関係なく悩みも開示し、オープンコミュニケーションができる人です。本人は小さい悩みだとは思ってないかもしれませんが(笑)。
今は柔軟性が重要なフェーズだと思っているので、定例会議を要求していません。もちろん、フェーズが進んでガバナンスが重要な時期になったら、要求するし、社外取締役など必要に応じて入ります。
A1Aは僕の指針である「ARR100億円」を目指せる企業だと思っています。
各業界に詳しいIT系人材が登場していることを背景に、Vertical SaaSは今後増えていくと思います。たとえば、労働集約的な医療分野などに増えるといいですね。
段階的に描くBtoB取引の未来
期待がかかるA1A。松原氏がキーエンス時代に製造業に関わりがあることや、チームメンバーにも製造業出身者が多く顧客解像度が高いことが1つの魅力である。
しかし、なぜサービス形態をSaaSにし、バイヤー向けを選び、それもエンタープライズ向けから始めたのか。松原氏に今後の展開も交えながら話をきいた。
松原氏 BtoBの世界は、「取引コスト」が異様に高いことが特徴です。取引の際の探索・交渉・監視にあたるコストですね。反対に、AmazonやメルカリなどBtoCの世界だと取引コストはほとんどありません。
我々が目指すのは、取引コストを下げて、ビジョンにも掲げる「B2B(=BtoB)の取引をワンランク上に」あがったA1Aの世界です。
私は、BtoBの世界を、Amazonやメルカリのような売り手と買い手をカバーするマーケットプレイスにすべてが置き換わるという立場で見ていないです。
取引コストが小さくなる世界へ近づいていくけれど、それには段階があると考えます。
だから、まず現状の見積りの商習慣を変えることにフォーカスしました。
製造業の大企業は、生産の流れを円滑に回すことを目的の1つとした基幹システムであるERP(Enterprise Resource Planningの略)が100% 近く入っています。
「在庫が減ったから発注する」、「会計システムに飛ばす」ことができるものです。
したがって、その基幹システムには、部品名や在庫数、単価、価格などのデータが登録されています。言い換えると、会計が回る、発注を出すために必要なデータしかありません。
たとえば、本来、同じ部品なのに別のメーカーに発注しているものがあれば、発注先を揃えて量を増やして購入単価を下げたいですよね。しかし、今はその分析も必要なデータがないからできない状態です。
基幹システムがカバーしているのは上述のとおり限定的で、発注の前工程である見積り工程がアナログ管理されているからです。
(画像:WeStudio/Shutterstock.com)
RQFクラウドが、そのアナログな見積り工程をカバーします。クラウドであることによって、バラバラになっている見積り情報を共通管理し、データを貯めて、分析できるようにする。
それができるようになるとどうなるか。たとえば、自動車を例にあげると、自動運転や電気自動車につくるものが変わる場合、用いる部品も変わる。そうすると、取引するサプライヤも変わる。
そのサプライヤを能動的に探し出す。そんな場面で使えることを目指したい。これは言い換えると、購買担当者が煩雑な見積り業務から解放され、もっと戦略的な業務ができる世界になります。
また、SaaSであることで常に最新のアップデートされたサービスを提供できることや、お客様の成功にコミットしていけるメリットも感じています。
SaaSは、様々なシステムと連携することで活きてきます。しかし、現在は見積り後、発注のためのEDI(Electronic Data Interchangeの略。電子データ交換)はCSV(Comma Separated Valuesの略。ファイル形式の一種)で連携できる形にあえてしています。
EDIとのAPI連携にはユーザー側での開発が必要となり、ユーザーの負担を考えるとCSVが現段階では適切であると判断したからです。
まずは、主たる基幹システムと喧嘩せず、従属するポジショニングからはじめて、RFQクラウドを使ってもらうことにフォーカスしています。
購買力劣後の背景:日本の製造業黄金期
松原氏 なぜ、購買関連業務がアナログになり、分析できるデータがない状態なのか。
この背景に、日本は、今まで購買業務に力を入れなくても勝てる強さがあったことが影響しているのではないでしょうか。
安く購入して、コストを抑えるよりも、つくった製品をたくさん売るほうが企業の業績が向上した。その結果、生産ラインを効率化する生産技術チームや、いいものをつくる企画チーム、設計部門などが花形とされ、人材が流れた。
他方、米国を見ると製造業で日本が台頭したため、購買に力を入れたんです。だから、米国企業は、CPO(Chief Procurement Officcerの略)職に就いている人が多い。それが1つ特徴的なところです。
そして、日本もつくれば売れる時代が過ぎ、ソニーやパナソニックなど総合電気メーカーをはじめとして、購買業務に力をいれてきているのが現在です。
(画像:only_kim/Shutterstock.com)
バイヤーをおさえるとネットワーク効果が大きい
松原氏 RFQクラウドで見積りの商習慣を変えるためにバイヤー向けにした理由は、ネットワーク効果が大きいからです。
製造業では扱っている部品数は膨大です。たとえば自動車だと約3万点とも言われます。したがって、1社のバイヤーを獲得すると、数百〜数千以上のサプライヤを同時に獲得できる。
さらに、製造業で海外との取引がない企業は少ないため、海外のサプライヤも獲得できる。ネットワーク参加者が豊富ということは、データも当然多くたまります。
また、バイヤーは毎日10~30件ぐらい見積り依頼を出します。RFQクラウドでその見積り依頼を行ってもらえれば、毎日使用されるインフラになれます。
ネットワーク効果が大きくて、日常的なツールになれて、さらに グローバルに企業を獲得できる。これが弊社の事業としての面白みの1つです。
だから、バイヤー企業を獲得していくことは、自分たちが実現したい世界への早道だと思っています。
(写真:ami)
確実にステップを踏んで目指す世界
松原氏 ではなぜ、バイヤー企業の中でもエンタープライズ向けから始めているのか。
RFQクラウドは、従来のサプライヤが独自の見積りを提出する形とは異なり、バイヤーが見積りフォーマットを用意し、そこへサプライヤに情報を入力してもらうことが必要です。
したがって、サプライヤに行動変容を促すことができるバイヤーである必要がある。そのような交渉力が強いバイヤーは、規模が大きな企業です。
このため、現在は年商が数十億円以上あるようなエンタープライズの製造業をターゲットにしています。
先ほど海外の話をしましたが、この規模の企業は海外取引が多く、実は、その点がRFQクラウド導入のネックになる部分もあります。
具体的には、見積り業務における言語と為替、税など翻訳の観点です。海外と日本、それぞれのサプライヤから見積りを取るので、フォーマットそのものに用いられる言語の翻訳の問題がまずあります。
そして、たとえば、こっちの部品見積りはベトナムの通貨できて、こっちは中国の通貨といった為替の問題。
変数が多い状況で、適切な比較を行うことが購買担当者の目先の課題になる。今後、このあたりの対応もできると海外でも使いやすいサービスになると考えています。
(画像:ImageFlow/Shutterstock.com)
製造業は、多数の企業の膨大な取引の中身を見ると、結局は同じようなマシンや材料が用いられている。実は、調達する資材や部品はきれいに分類して管理することができるんです。
それが実現できると、バイヤー側は、世界規模の視点でどこから調達すべきか考えられる。反対に、サプライヤ側は、国内だけではなく世界へ出ていけるチャンスが増える。そういう世界がつくれると思うし、つくっていきたいです。
RFQクラウドは量産メーカー向けのサービスですが、受注生産系メーカーには見積りにより深い課題があると認識しています。
量産メーカーは企画から量産開始までに半年から1年程度あるのに対して、受注生産系メーカーはそれよりも準備期間が短いため、赤字受注が課題となっています。その課題を解決するため、11月頃を目処に、受注生産メーカー向けのサービスを展開する予定です。
また、嬉しいことに、ターゲットとしている業態以外の企業からもニーズの声をいただき、弊社が価値提供できる可能性を実感しています。
一方で、ターゲットを広げることによって、弊社が目指す「B2Bの取引をワンランク上に」の世界へ遠回りになる可能性があります。そこは、可能性を探る中で目指す世界、つくりたいマーケットの方向性をぶらさずに取り組んでいきたいと考えています。
(写真:ami)
(取材、編集、写真:森敦子、構成:佐久間衡、デザイン:廣田奈緒美)