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2020/03/02

スマートニュース、独自のファイナンスから見えた米国攻略の秘策

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ニュースアプリのスマートニュースは2019年7月にシリーズE1回目の資金調達をクロージングし、調達後企業評価額が1000億円を突破して「ユニコーン」入りを果たした。

INITIALでは、今回の資金調達を統括した同社経営企画・ファイナンス担当の松本哲哉氏、今回のリード投資家であるACA Investments(以下、ACA)パートナーの小野寛幸氏、シリーズAから継続的に投資を実行しているグロービス・キャピタル・パートナーズ(以下、GCP)代表パートナーの今野穣氏のキーパーソン3氏に単独インタビューを敢行。

米国市場攻略への並々ならぬ意欲と勝算を聞いた(後編で3氏インタビューを一気に掲載する)。

米国市場で確実な橋頭堡を築いたうえで、IPO(新規株式上場)に踏み切るシナリオも見えてきた。スマートニュースの米国市場攻略作戦を、課題とともにリポートする。

CONTENTS

「空白の3年」を経て米国での大勝負へ

2019年7月、ニュースアプリのスマートニュースが「ユニコーン」(評価額1000億円以上)入りした。2012年の設立から7年、今回のシリーズEラウンドで累計調達額は約191億円、調達後企業評価額は約1327億円(※編集部注:算出額はスマートニュース提供。登記簿からINITIALが算出した評価額は1222億円)となった。

日本のスタートアップの中では、Preferred Networksに次いで2番目の評価額をつけている(INITIAL、2020年3月2日基準)。

今回、シリーズEを主導した3人のキーマンに対してINITIALが単独インタビューを敢行したところ、一つの明確な「期待と自信」が浮かび上がってきた。それは「米国市場における圧倒的勝利」である――。まずは3氏の生の言葉を紹介しよう。

特に、GCPの今野氏の発言に注目したい。

スマートニュースのシリーズEについては「ユニコーン入り」ばかりがハイライトされる。だが、それ以上に今回の資金調達を分析する上で見逃せないポイントは、シリーズD以降の「空白の3年」である。

スマートニュースはシリーズAからDまでハイペースかつ巨額の調達を行ってきた。会社設立からシリーズDまでの到達年数は約4年。「INITIALシリーズ」ベースの到達月数中央値は約6年であり、そのスピード感が分かる。

また各ラウンドにおける調達額を「INITIALシリーズ」ベース調達額中央値と比較すると、いずれも大きく上回っている。

ところが、シリーズD(2016年3月)からシリーズE(2019年7月、12月)に至るまでには3年超の長いブランクがあった。その間、いつIPO(新規株式上場)してもおかしくないとも見られていた中で、そのサイレント期間の意味をどう読むかである。

今回、GCP今野氏の発言から明確になったのは、(1)日本市場における事業は収益を生み出していたので、シリーズD以降の資金調達はあえて抑制していた、(2)米国市場における勝算が見えた時点で資金調達を行い一気呵成に攻め込む――という事実と戦略だ。

スマートニュース流の“アメリカ第一主義”が資金調達計画を組み立てる上での基軸となっていたのである。

シリーズAから米国展開の仕込みを開始

アメリカで勝つ――。これは、スマートニュースが創業初期から掲げていた目標だった。

前身のゴクロを鈴木健氏(現スマートニュース会長兼社長 CEO)と浜本階生氏(同COO)の2人が共同創業したのが2012年6月。同年12月にはニュースアプリ「SmartNews」を日本国内でリリースした。

(1)ネット上でよく読まれているニュースや情報を独自の評価アルゴリズムで収集・選別し、ユーザーの嗜好に合わせて配信、(2)スマートモードと呼ぶコンテンツ・キャッシュ機能によって電波状況が悪い場所でもニュースを読める――というシンプルかつ便利なサービスによって、ユーザー数を急速に増やした。

当初、コンテンツ・キャッシュ機能はコンテンツ・プロバイダーの著作権を侵害しているのではないかという懸念(いわゆる“タダ乗り”批判)も浮上したが、メディア各社と個別に提携関係を結び、売上を元にレベニューシェアを支払う共存共栄型の仕組みを早期に確立して課題をクリアしてきた。現在、世界で3000以上のメディアとパートナーシップを結んでいる。

2014年10月には「SmartNews2.0」と米国版を、2015年12月には「SmartNews3.0」をリリースした。アプリの総ダウンロード数は、2019年12月時点で日米合算5000万を超えている。

資金調達の視点から見ると、創業翌年の2013年8月にはシリーズAで約4億円を調達したが、既にこの時から目的として「海外市場を視野に入れた事業準備」を掲げている。

その後、B、C、Dと資金調達のシリーズを足早に進めていったが、いずれも「海外事業」への投資を目的の一つとして盛り込んでいる。「空白の3年」を経た2019年のシリーズEでは、「グローバル開発体制の構築」に調達資金を注ぎ込むとしている。

「日本ベンチャー海外成功懐疑論」を跳ね除ける!

投資家としては、シリーズBでリード投資家を務めた英ベンチャー・キャピタル(VC)「Atomico」に注目したい。AtomicoはSkype共同創業者のニクラス・ゼンストローム氏が2006年に創設。これまでStripeやJawbone 、Lime等のスタートアップに投資を行っている。

シリーズB投資の際のプレスリリースで、ニクラウス氏は「スマートニュース社は、ユニークで習慣性の強いニュースアプリを開発し、メディア企業へのソリューションを兼ね備えたことにより、すべての人々に素晴らしい体験をもたらしてきたと確信しています」とコメントしている。

スマートニュースの松本哲哉氏は、海外投資家についてこう話している。

「ファンド規模から考えて、大きな資金を出せるのは海外投資家だと考えています。シリーズBで出資いただいたAtomicoはイギリスの投資家ですし、今後も海外投資家から出資いただくことに抵抗感はありません」

実際、松本氏が主導したシリーズEにはシンガポールに本拠を置くACAがリード投資家として参加した。

ただし、海外投資家が常に日本のスタートアップに対する投資意欲が旺盛かと言えば、必ずしもそうとは言い切れない。

これまでに米国市場に挑んだ日本のITメガベンチャーは、厳しい戦いを強いられてきた。敗因・課題の共通項目は、(1)人件費を中心とするコスト負担の重さ、(2)現地で受け入れられるローカライズ(PMF: Product Market Fit)の難しさ――の2つに集約される。

海外投資家は、日本のITメガベンチャーによる米国進出の難しさを知っている。「それでもスマートニュースは米国でやるつもりなのか?」という冷ややかな不信感を払拭するためには、とにもかくにも結果を出すしかない。

News From All Sides: 大統領選イヤーに撃ち込む秘密兵器

スマートニュースは、これら先人たちの歩んできた険しい道のりをどのように走破しようとしているのか――。

日本発スタートアップが世界で大きく飛躍するためには、日本で成功したビジネスモデルを海外でもほぼそのまま展開できるかどうかがカギとなる。

言語やUIのローカライズというレベルならやむを得ないが、ビジネスモデルを大きく補正しなくてはならないようではスケールメリットを発揮できないばかりか、市場別適応コストの重さに潰されてしまうからだ。それこそ、先人3社が舐めた辛酸でもあった。

スマートニュースの場合、GCP今野氏が「単一プロダクトで長期間成長を続けていることは、インフラのように習慣的に利用されるようになったことの表れだ」と話しているように、提供サービスそのものは極めてシンプルであり、それがスケーラビリティの重要要因である。

ニュース・情報を集め、利用者には無料で配信し、広告で収益を挙げる――。

日本で成功したこの戦略を徹底的に推進すれば、米国の巨大市場を手中に収めることができる。GCP今野氏は「日本と比較すると、米国のユーザー規模は3倍程度、広告市場の成熟性は数倍程度あり、8倍大きいマーケットがある」と見ている。

横軸:ニュースアプリが広分野のニュースを扱ったか、特定分野にフォーカスしたかで、コンテンツの幅を表す 縦軸:ユーザが情報を受動的(読んだり、シェアしたり)または能動的(コメントしたり、まとめしたり、いいねしたりなど)に情報を扱ったかで、ユーザーの行動の違いを表す

とはいえ、日本国内で「クーポンチャンネル」とそのテレビCMが好調だったことによって、アプリの認知拡大、ダウンロードと利用促進に弾みがついたように、米国市場ならではの差別化インパクトがぜひとも欲しいところ。

実は、日本ではその存在がほとんど知られていないが、米国市場攻略のための秘密兵器が既に用意されている。その名は「News From All Sides」。意訳すれば、「右(保守)も左(リベラル)も真ん中(中道)も、バランス良く混ぜてニュースを配信します」ということだ。

米国社会では、世代、人種、性別などによる「格差」、政治的・宗教的な主義主張の違いによる「社会分断」が近年ますます悪化している。その傾向に拍車をかけている要素の1つが、ネットの情報消費の際に生じる「フィルターバブル」という現象である。

これは、イーライ・パリサー氏が著書『The Filter Bubble』(2011年刊、邦訳は『閉じこもるインターネット』2012年刊)の中で提唱した言葉。

検索エンジンやSNSなどでアルゴリズムによるパーソナライズが行き過ぎると、自分が見たい・知りたい情報以外から、あるいは見たくない情報から遮断されてしまい、泡(バブル)の中に包まれたように情報隔離されてしまうことを指摘したものだ。

このフィルターバブルの発生を回避し、自分の主義主張とは異なる視点からの情報も自然に目に振れる機会を提供することを通して、社会分断という大きな問題の緩和・解決に貢献する。これが、スマートニュースの米国市場攻略作戦である。

2020年の大統領選イヤーに大きく展開するために準備を進めてきた。ミネソタ州やノースカロライナ州などの都市をいくつか選び、米国民が政治ニュースをネット上でどのように消費しているのかについて調査を実施し、「News From All Sides」の仕様設計に生かした。

「ポリティカル・バランシング・アルゴリズム」が中核となるエンジンだ。アプリ画面には「ポリティカル・スライダー」というボタンがあり、これを左右に動かすことでそのバランスを利用者自らが設定できるようにしている。

人材も早くから集めていた。

スマートニュースが米国で最初にアプリを投入したのは2014年10月だが、その直前には米経済紙ウォール・ストリート・ジャーナルで政治記者を長く務め、1994年「WSJ.com」を立ち上げたリチャード・ジャロスロフスキー氏をコンテンツ担当バイスプレジデントに据えた。拠点も、サンフランシスコ、ニューヨーク、パロアルトに開設済み。

6年をかけて着々と準備を重ね、今年、満を持して米国市場に打って出る。

ちなみに、アプリのダウンロード数は日米合算で5000万超え、MAU(月間アクティブユーザー)は2000万人とKPIを着実に伸ばしている。日米の内訳については明らかにしていないが、米国が日本を超えるのは時間の問題だろう。2020年の段階で、「日米逆転」の報が流れる可能性もある。

INITIALとしては2020年の米国市場における躍進が、株式上場の必要条件であることは間違いないと考える。スマートニュースのIPOは、2021年以降、米国株式市場(NASDAQ)で行うシナリオも視野に入ってくるだろう。

(画像:TechCrunch“SmartNews’ latest news discovery feature shows articles from across the political spectrum”より、スマートニュース米国版が提供する「News From All Sides」のイメージ。画面下のボタンは「Political Slider」とよび、左(リベラル)、右(保守)に動かすことで、政治ニュースの選択・表示バランスが変わる。)

あえて、「3つの課題」

今回、INITIALがインタビューしたスマートニュース松本氏、ACA小野氏、GCP今野氏からは、米国市場での勝利に対する大きな自信が感じられた。日本発メガベンチャーがぶつかったコストの課題については、シリーズEで計100億円という十分な軍資金を調達しているので当面問題にならない。

また、PMFという課題については、「News From All Sides」という秘密兵器を用意している。勝利の自信には根拠がある。

それでも、あえて課題を挙げるとすれば――。INITIALとしては、短期~中期を見据えて、以下の3つを指摘しておきたい。

第1に、「News From All Sides」に対して、実際にどの程度の好意的評価を得られるのかどうか、逆に反感を抱かれるようなことにならないか、という点である。

米国社会分断の溝は深い。アルゴリズムによって情報のバランスを取るという試みが、すんなりと受け入れられるか、効果を実感してもらえるかは未知数である。

中には、フィルターバブルと同様、アルゴリズムによる情報操作ではないかとネガティブに捉える人たちもいるかもしれない。これは、米国での成否を分ける大きな要因である。

第2に、ニュース供給源であるメディアのサブスクリプション(有料課金)化による影響がどうなるか、という点である。

米国では日本以上にサブスク化の流れが進んでおり、優良なコンテンツほどペイウォール(有料コンテンツ領域)の内側に囲い込まれるため、キュレーターやアグリゲーターは利用することができなくなってしまう。これは米国だけではなく、日本でも課題となる可能性がある。

第3に、創業者の「熱いビジョン」から、冷徹な「数字とロジック」へのシフトが必要になってくる、という点である。

これまでのスマートニュースでは、鈴木健・創業トップが情熱いっぱいに語るビジョンや理想が、資金調達や会社運営のあらゆる側面を牽引してきた。

「ポリティカル・バランシング・アルゴリズム」の発想も、鈴木氏自身の「この複雑な社会を、複雑なまま生きることはできないのだろうか」という内発的問題意識に端を発している。

ステップ関数的断絶の社会をフラットにすることはできないまでも、せめて断絶した世界を滑らかな曲線で接続できないか、という天才的プログラマーらしい着想であった(『なめらかな社会とその敵』、勁草書房、2013年刊より)。

だが、米国あるいは世界では、「計画」と「結果」がより厳しく問われる。デカコーン(評価額100億ドル超え)さえも夢物語ではなくなってきたスマートニュースにとって、いずれ避けては通ることのできない転換となるだろう。

後編では、スマートニュース松本哲哉氏、ACA小野寛幸氏、GCP今野穣氏、3キーマンへのインタビューを一気に掲載する。

(インタビュー・写真:森敦子、執筆:三浦英之、編集:INITIAL編集部、デザイン:廣田奈緒美)


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