富士通のスタートアップ投資が進化しようとしている。2019年に時田隆仁社長が就任したことをきっかけに、グループの非連続な成長を推進するための社長直下の組織として「Strategic Growth & Investment室」(以下、SG&I室)を新設。2021年3月にはCVCファンドを運用する子会社の富士通ベンチャーズを設立し、総額100億円のファンドを組成するなど、矢継ぎ早に手を打ち、体制を構築しようとしている。
新設された富士通ベンチャーズの代表には米シスコシステムズ(以下、シスコ)やNTTドコモ・ベンチャーズでCVC投資の実績を持つ矢島英明氏を招聘した。富士通は今後、どのようにスタートアップ投資を加速し、グループ全体のシナジー創出につなげようとしているのか。矢島氏に聞いた。
「スタートアップ投資は経営戦略の一部」
富士通は2006年に第1号CVCファンドを設立。2010年に第2号、2015年には第3号ファンドを設立するなど、これまでも多くの実績がありますが、2021年に敢えて体制を見直し、新たにCVC運営の子会社を設立した経緯と狙いを教えてください。
富士通はこれまでも3本のファンドを組成し、社内起業したパピレスやQDレーザに投資してIPOを達成するなど一定の成果を挙げましたが、ここ数年は目立った活動もありませんでした。
ですが、2019年に時田隆仁が富士通の社長に就任したことをきっかけに、外部からのイノベーションに取り組む意向が一気に強くなっています。私が入社した当初はファンドを組成せずに富士通本体から直接スタートアップに投資するつもりでしたが、私から提案してファンドを立ち上げることにしました。
その狙いはよりスピーディに投資を進めることにあります。本社が投資をすれば手続きに時間がかかりがちです。大きな投資に関してはこれまで通り本社が担っていきますが、小規模な投資はスピードを優先するためにファンドが必要だと思ったのです。
私が以前在籍していたシスコやセールスフォース・ドットコム(以下、Salesforce)は本社からの直接投資でした。海外の企業は本社からの直接投資が多いのではないでしょうか。Salesforceにいたっては投資専用のシステムを使って、すぐにCEOが決裁できるようにしているためスピードも速いです。同様の取り組みを取り入れることもできなくはないですが、現時点ではファンドを組成したほうが現実的だと判断しました。
富士通に入社してから半年足らずという短期間でファンドの組成まで至ったわけですね。
これには私も驚きました。経営会議でファンド組成の意思決定をしたのが2020年の年末で、取締役会が翌年の1月末、そして3月1日には富士通ベンチャーズ株式会社が立ち上がっていたのですから。
そこまでスピーディに動けた背景には、経営陣のコミットメントがあります。SG&I室は社長直下に置かれ、設立当初から「プロによる外部からのイノベーションの獲得」をミッションに掲げていました。ヘッドをしているニコラス・フレイザーはマッキンゼーでM&Aをしていたオーストラリア人ですし、買収チームのメンバーも投資銀行出身で、ほとんどが去年入社した者ばかりです。2020年にジョブ型人事制度が導入されるなど、時田(社長)の号令のもと、富士通が外部人材登用のために人事制度を強化していなければ、私も含めこうした人たちは入社していなかったでしょうね。
SG&I室の「買収と投資の経験者が、経営陣と密接にやり取りしながら進めていく」という方向性があらかじめ決まっていて、ファンドの立ち上げは手段の一つでしかなかったため、スピーディに決まったのです。
投資分野で何歩も先に行っている米国では投資が経営戦略の一部であるのは当たり前です。一方、日本では上からの指示でとりあえずCVCを作ったものの、活用の仕方が分からず後から困っているケースも少なくありません。経営戦略が先にあり、CVCは手段であるときちんと位置付ける。今の富士通は、それができている数少ない日本企業だと思います。
事業部が投資委員会でプレゼン
CVCの投資の目的にDXを加速させることを掲げていますが、これはどのように決まったのでしょうか。
富士通は「お客様のDXベストパートナーへ」なることを経営方針に掲げており、これに沿った形で決めました。投資が経営戦略の一部である以上、経営陣に「何のために投資したんだっけ」と言われることはあってはなりません。そうした事態を避けるために、経営戦略との接続性は常に意識しなくてはいけません。
ただ、その濃淡はその都度考えなければいけないというのが難しい点です。というのも、今すぐ協業できる会社にしか投資できないのであれば、イノベーションの種を探すというCVCの存在価値が薄れてしまいます。
だからこそ、①具体的に協業が見えるケースと②将来を見据えて先進的な分野に投資するケースの2つに分けて投資しています。②の例を挙げると、少し前のブロックチェーンのようなものですね。具体的な協業はまだ描けないけれど、面白い技術に対して投資するわけですが、この場合も経営陣との合意という形で経営戦略との整合性を取ります。
1つめのケースで実際に協業に結びつけるためにどんな工夫をしていますか。
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