日本のSaaS企業が海外投資家からの注目を集めている。
2021年4月には東証マザーズ上場のfreeeが海外での大型調達を実施。同社はIPO時にも海外投資家を呼び込んでおり、その後も海外からの調達を継続するモデルの先陣を切った。
Sansan、freeeに続く形で、2020年に上場したSaaSのプレイド、ヤプリもIPO時に海外からの大型調達した実績を作り、海外投資家を株主に迎えることが当たり前になりつつある。
2社は、実現したい世界観を掲げ、その達成に向けて創業から時間をかけてプロダクトを磨き込み、評価を高めて上場時に海外投資家からの資金を集めた点が共通している。
プレイド、ヤプリは上場までにプロダクトをどのように作り上げてきたのか。その過程で会社の目指す方向性をどう定めて事業成長させ、海外投資家にどう自社の魅力を伝えてきたのか。
プレイド代表の倉橋 健太氏、ヤプリ代表の庵原 保文氏と、両社を投資家として支援してきたEight Roads Ventures Japan 村田 純一氏の対談をお届けする。
「便利ではなく面白い世の中を作る」が原点
プレイドは顧客体験(CX)プラットフォーム「KARTE(カルテ)」、ヤプリはプログラミング不要のアプリ開発プラットフォーム「Yappli(ヤプリ)」をそれぞれ開発・運営しています。2社とも上場時に海外投資家から大型調達していますが、高い評価を受けるプロダクトはどのように生み出されたのでしょうか。
プレイド 代表取締役 倉橋 健太氏(以下、倉橋)起業した当時から、面白い世の中にしたいと考えていました。便利な世の中よりも、自分たちは楽しいことや豊かさを生み出したいよね、と。
消費者の観点からすると、テクノロジーや仕組みで作られた便利なものは飽きてしまう。では、持続的に感動を生み続けるためにはどうすればいいのか。この問いから生まれた仮説が、「人の可能性を信じて頼ること」でした。
2011年末に楽天を辞めてから、当時、他の企業ではほとんどデータが使われていないことを知って驚きました。
データには、人の創造性を引き出すことができるのではないか。そう考えるようになり、当時は研究者だった柴山(直樹氏、共同創業者・CPO)とディスカッションしていましたね。
柴山がプレイドに正式にジョインしたのは2013年4月ですが、当時のやりとりを見返しても今と議論することは変わっていません。
2013年時点で方向性は決めましたが、どのような事業・プロダクト・UIにするかは模索していました。プロダクトとしてリリースできたのは、柴山がジョインしてからちょうど2年後ですね。
ヤプリ 代表取締役 庵原 保文氏(以下、庵原)とにかくプロダクトをつくりたい思いで、2010年に佐野(将史氏、共同創業者・CTO)とアプリを作ったことが創業のきっかけです。
当時のアプリはまだおもちゃみたいなシンプルなつくりでしたが、とにかく面白かった。当時はヤフーで働いてウェブの世界にいましたが、今後はアプリの時代が来るな、と直観的に思いました。
自分たちでやってみてわかったことは、「アプリ作りは面倒で難しい」ということ。ウェブとはまた別の専門知識やスキルがいるので、コストがかかるし多くの人は作れない。
誰でも簡単にアプリを作れることが劇的な生産性を生む、と思いましたね。
特にIT企業にいると、自分たちでプロダクトを作れるのは当たり前かもしれませんが、日本の産業の多くは非IT企業です。ただでさえ人材が少ない中で、アプリをつくるのは難しい。
でもデジタルの重要度が増してくるのは明白だし、中でもアプリの使用余地が大きくなるので、日本全体の生産性を上げるための課題解決になると思っていました。
モバイルアプリの成長性と、つくる側の煩雑さのギャップに賭けてみようと思いました。
今では「ノーコード(プログラミング不要)」という言葉は普及していますが、当時はまだなかったんですよ。
プロダクトができる前にウェブサイトを公開
ミッションを具体的にどのようにプロダクトに落とし込んでいったのでしょうか。
庵原タグライン(サービスの価値を伝えるメッセージ)を最初につくりました。
「誰でもつくれるiPhoneアプリ」。目指す世界が明確だったので、先にタグラインを置いてウェブサイトを公開してから、プロダクトを後追いで開発しました。
イメージの段階でアイデアを佐野(CTO)にぶつけて、技術面でどうできるかを相談していました。佐野が保守的にならず、技術的に「できます!」と言い切ってくれたおかげでなんとか形にできました。
理想を追求した結果、当初半年だった開発予定が、2年になりましたが(笑)本気でプロダクト開発をするには、それぐらいの時間が必要なのではないでしょうか。
倉橋プレイドも同じく、プロダクトができる前に先にウェブサイトを公開していましたし、技術・市場の両側面からのディスカッションをとにかく重ねていましたね。
技術的に長期目線で正しく判断できるエンジニアと創業期のチームを組めるかどうかは、CEOにとって重要です。
技術的な制約で諦めることなく理想を選択し続けられたのも、信じられる柴山(CPO)がいたから。たとえば、リアルタイムでのデータ解析が必要かどうかの議論。ゼロからつくるしコストもかかるが、それでもやるかどうか。
その時の結論は、「世の中では今後リアルタイムの解析が必要不可欠になってくるし、難しくてもそちらを選ぼう」という意思決定でしたね。
意思決定の軸になるのは、目指したい世界観に対して方向性が合っているかどうか。最初に時間をかけてでも、自信を持てる方向性を定めるのが大切です。プレイドも方向性が決まってから、プロダクトローンチまで2年かけています。
プロダクトづくりの過程で、市場規模(TAM)は気にしなかったのでしょうか。
庵原ほとんど考えてなかったです。とにかく目指したい世界に向けて旗を立て、そこに向けて走っていく感覚でした。TAMは後からついてくるとも思っていましたし。
とはいえプロダクト開発までの2年間は長いので、先にウェブサイトを公開したり、合宿をしたり、モチベーション維持はしていました。
倉橋TAMは既にある市場なので、そこから考えると思考が制限されてしまいます。
理想から考えると、TAMすら新しく定義する必要があります。
もちろん自分たちがつくりたい世界観を実現するためのチェック項目として活用するのはありだと思います。また、数字はコミュニケーションコストが低いので、事業の途中からは特に重要になってきます。
ただ、プロダクトづくりの初期は目指したい理想から逆算することが大切です。
投資家からみる、プレイドとヤプリの共通点
プレイド、ヤプリの投資家である村田さんから見て、2社に共通する要素はありますか。
Eight Roads Ventures Japan 村田 純一氏(以下、村田)私は投資家として、プレイドには2015年のシリーズA、ヤプリには2019年のシリーズCで投資をしています。
2社の共通点は、「ビジョン解像度の高さ」です。
2社ともに、自社が作り出す未来や世界観に対する解像度が高いです。プレイド、ヤプリのように、上場時に時価総額500〜1000億円を超える企業は、このビジョン解像度の高さと世界観の深さが際立っています。
プレイドと出会った2015年当時はAIの全盛期で、機械が全て答えを出していき、ゆくゆくは人を駆逐すると一般的に思われていました。そのような中、倉橋さんは「テクノロジー、データの力で人の創造性を発揮させる」と真逆のことをいっていたことが印象的でした。今でも言っていることが変わっていません。
一方、ヤプリはノーコード(プログラミング不要)という言葉が日本に浸透する前から、その世界を体現してきました。
両社とも、SaaS、ノーコード、DXなどのバズワードが存在する前から、長期ビジョンを掲げてピボットもせず、新しい社会の輪郭を作ってきました。両社はプロダクトとテクノロジー、卓越したビジョンの力でこれまで一部の人しかできなかったことを、誰でも簡単にできるようにし、これまでの社会になかった活動を生み出しています。
ヤプリはアプリ制作を民主化しました。オーダーメイドのアプリ制作は数百万円〜数千万円かかります。資本力がある大企業企やIT系の企業しかできなかったことを、ビジネスをIT化したいけれども、なかなかできないアパレルや飲食店の方々なども含めて手助けしています。
プレイドも同様に、これまでAmazonなど限られた企業しかできなかったリアルタイム解析を民主化しました。2社ともに、ITの開かれた力を活用しながら、巨大企業でなくても誰でもできるインフラを提供しているわけです。
また両社とも、単に機能・オペレーション的な価値を提供するだけでなく、その先にある本質的な価値を提供しています。プレイドはオペレーションをデジタル化することで人に創造性を発揮させ、ヤプリはアプリをノーコードで完結させることで企業が顧客との関係性づくりに集中できる環境を作る、といった価値です。
ビジョンの解像度が高いからこそ、目指したいビジョンから逆算してプロダクトのロードマップを作り実現できる。そして大変なことがあっても事業の軸をぶらさずに進み、優秀な人たちが集まるのです。
普通に生きている人は世の中の仕組みに従って生きていますが、起業家は世の中のかたちを自分たちで作っています。我々ベンチャーキャピタルの投資家は、こうした社会を作る人たちを援護射撃していくことが使命でもあります。
スタートアップの成功体験の作り方
プレイド、ヤプリはともにSaaS企業として2020年に上場しました。なぜここまで成長を重ねて上場できたと思いますか。
庵原プレイドもヤプリも上場まで来られた理由は、プロダクトを作り込んだからです。
一度もピボット(事業転換)せずに来られたのも、初期に方向性をしっかり定めた上で、目指したい世界を実現するために時間をかけて、妥協せずに開発したからではないでしょうか。
倉橋いまのSaaS企業を見ていると、LTV(顧客生涯価値)やMRR(月次収益)など、教科書的な指標にとらわれ過ぎている印象があります。
指標はあくまでモニタリングのポイントで、出発点は理想から始めることです。
そこでスタートアップの成功体験をどこで作るのか、が論点になります。
スタートアップにも優秀な人がどんどん挑戦するようになったので、事業の数字は比較的作れてしまうんですよ。もちろん、事業を大きく成長させるためには必要な要素ですが、初期に積むべき成功体験ではないと思います。
初期はむしろ自分たちの理想を遠くに掲げて、そこに向けてなんとか手繰り寄せていく方が大切です。理想に向かって一歩でも進むという成功体験があれば、次にまた進む勇気も出ますから。
優秀な人は簡単に成果を出そうとしますが、あまり焦らずに、腰を据えた方がいい。
村田SaaS企業が数多く成長する中で、起業家・投資家ともにTAMやMRR、LTVがどう伸びるかなど算数的なことを重視しがちです。
もちろん算数も大切ですが、実は芸術に近い、絵を描き始める時の思考の深さが重要です。それがなければいくら算数をやっても上達できません。
ワクワクする投資家を選ぶ
プレイド、ヤプリはいずれも上場時に海外投資家から調達しています。なぜ、海外投資家を株主に迎えたのでしょうか。
庵原根本的には、チャレンジングでワクワクする方を選びたかったからです。
2019年のSansan、freeeの大型IPOをきっかけに、海外機関投資家が日本のSaaS企業に注目し始めています。さらに2020年にプレイドとヤプリが実績を作り、海外からの投資が当たり前になりつつある。
桁外れに巨大な海外マネーを日本に投資してもらうことで、上場企業や日本のスタートアップにチャンスが生まれ、日本の活性化になる。現にアーリーのスタートアップにも資金が流れ込んでいます。
われわれが道を示すことで、後に続くスタートアップも海外マネーを取り入れるのが当たり前になってほしい。エコシステム、仲間に残すような感覚ですね。
倉橋プレイドもヤプリも、長期的に事業を成長させることを前提に挑戦しています。
スタートアップなので、未上場・上場に限らずうまくいかない時期もあります。そのようなときにお互い信頼関係を築き、長い目線で支え続けてくれる投資家の存在は重要です。
安心してアグレッシブに挑戦できる環境を、自分たちで作りにいく。そのためにも自分たちで投資家を選びに行く姿勢が大切ですね。
印象的だったのは、ある投資家の方に「IPOは発行体(資金調達する企業)が株主を選べる最後の機会ですよ」と言われたことです。
私は常に「自分で投資家を選ぶ」意思を持っていました。未上場でもどのVCから投資を受けたかは重要で、本質的には上場でも変わらないのではと判断したからです。
多くの投資家にお会いして驚いたのは、VCさんのように親身な機関投資家がいたことです。
投資家が国内か、海外かは関係ありません。素晴らしいファンドマネージャー、人と出会えるかがすべてです。できるだけ多くの投資家と会った方が、良い人と出会える確率が高いので、そのような努力をしているだけです。
投資家には悪いこともオープンに話す
公開市場の投資家にはどのような部分を見られていましたか。
庵原トップが何を考えているか、長期のビジョンを見られていました。
CFOの角田(耕一氏)が英語ができるので、当初は彼に任せてあまり喋らなかったのですが、「社長から喋って欲しい」と海外投資家からフィードバックをもらいました。
彼らは創業者がどんな人間なのか、何を考えているのかを知りたがります。「国内、海外問わずどんなプロダクトが好きなのか」「どんな創業者に憧れているのか」などの質問はよく聞かれましたね。
日本にまだなじみのない海外投資家にとって、自分たちの知っている会社やプロダクトと重ね合わせたかったのかもしれません。
村田投資する側も、株価ではなく会社が目指すストーリー、KPIよりも会社としての人格を見ています。そのため、目の前にいる経営者が折れない心や正直なスタイルを持っているかといったことを聞きます。
プレイドとヤプリは、創業者のブレない世界観が海外の機関投資家に支持されたのではないでしょうか。
投資家とのコミュニケーションで工夫した点はありますか。
倉橋会社の世界観を語ること、悪いことも正直に話すことですね。
証券会社が提供してくださるテンプレートもありましたが、ミーティングではあえて定性的な長期ビジョンを中心に語るようにしていました。投資家さんがどんなにつまらなそうにしていても、絶対喋ると決めていましたね。
数字は理解しやすいですが、数字だけでなく事業フェーズとその狙いとセットで解釈してもらう必要があります。数字だけ見てもわからない部分を理解してもらうためにも、ビジョンや事業フェーズにおける考え方を伝えていましたね。
悪い数字にも文脈があるじゃないですか。たとえば、解約率が悪化した時には、なぜ悪くなっているのかを正直に話した上で、改善に向けた動きについて話しています。
特に長期投資家の方に喜んでもらえましたね。彼らは、きつい時があった時に乗り越えられるかどうかを見ているからです。悪い時も正直に話した上で、成果を出すスタートアップは全力で支えたい思いがありそうです。
信頼関係を作る上でも、隠さずに勇気を持って共有するのが大事です。
上場で印象に残ったこと、上場後の変化
IPOを振り返って印象に残ったことはありますか。
倉橋上場申請を一度取り下げ、2回目でチャレンジして無事上場できたことです。
もともとプレイドは令和初の上場(2019年6月)を目指していましたが、「このタイミングはベストではない」と判断して途中で申請を取り下げた経緯があります。
1回目と2回目でグローバル・オファリング(海外からの調達)をする方向性自体は変えていませんでした。2019年当時、すでにアジア、欧米を回り投資家向け企業説明会に参加していたのです。
一度挑戦したことで、プロセスの流れ、オペレーションやコミュニケーションのポイントも把握できていたので、二度目は確度高く臨めました。結果的に、会社、チーム、事業、プロダクトがガバナンス含めて全部強くなりました。
知らないことをやるのが一番難しいので、一度目のトライで学習できて結果的に良かったです。上場を目指している場合は、まだ準備ができていないと思っていても挑戦した方がいい。
村田倉橋さんは、事務的な話が多くなる上場申請直前の役員会議でもひたすらプロダクトの未来について語っていたことが印象的でした。
庵原ロードショー(機関投資家向けの説明会)を120社やりきったことです。
これまでロードショーが多いと言われる企業でも、オフラインで30〜40社でしたが、ヤプリはその約3倍のミーティングを実施しました。
コロナ禍でIRでもZoomが革命を起こして(笑)、1日10〜15本、世界の時差があるので朝から晩まで2〜3週間ずっとミーティングをしていました。
上場して変わったこと、逆に変わらないことはありますか。
庵原上場したことで、大海原に出て巨大なステージに立っていると感じます。
もちろんこれまでもVCなどの投資家の方々に支えられていましたが、上場によって社会に出て、外部のステークホルダーから評価されるので緊張感はありますね。
GAFAを筆頭に、世界を変える企業は上場後に大きく成長を遂げています。
永遠の成長を求められるプレッシャーはありますが、このプレッシャーをうまく活用してこれからもヤプリを成長させていきたいです。
倉橋正直、あまり大きな変化は感じていません。
プレイドにとって、上場は「世の中との信頼関係をより強く太くする」ためのプロセスの位置付けで、ゴールではなかったからです。
ただ、上場という社会的なイベントを経て、プレイドが何をやろうとしているか、目指す世界観など自分たちの発信を聞いてもらいやすくなっている。
自分たちの責任が増していることが、いま感じ始めた変化ですね。
(取材・文:藤野理沙、編集:濵田尚子、デザイン:村上由朗)