スタートアップ起業家は新型コロナにどう立ち向かうのか。
INITIALでは、スタートアップ起業家に緊急アンケートを実施。新型コロナの影響及び対応策について調査した。
起業家の声で最も多かったのは「資金調達の遅れ」だ。経済危機の中マイナスの影響が多いが、「今こそ原点に立ち返って、企業のミッションに沿った取り組みができている」と語る起業家もいた。
本記事では、新型コロナが事業に与える具体的な影響について、全体およびセクター別の傾向を解説し、スタートアップ起業家の生の声をお届けする。
コロナが事業に与える影響のトップは「資金調達の遅れ」
INITIAL編集部はスタートアップ起業家を対象にWebアンケートを実施(実施期間:2020年4月2日〜7日)。シード〜シリーズA前後の起業家を中心に16名から回答を得た。
INITIALシリーズの定義は以下参照:スタートアップの成長フェーズを知る
新型コロナが事業に与える影響は以下の通り。
最も多く上がったのは「資金調達の遅れ」だ。特にシード期(創業初期)の企業で目立つ。ある旅行サービスの起業家は「資金調達のアポイントメントが取れなくなった」と語る。
資金調達の遅れにより、資金調達の計画自体を見直す動きも増えている。
あるSaaS起業家は「エクイティに関しては大きく市況が変わった。弊社に限らず、見直さざるを得ないチームが多いのではないでしょうか」と話す。融資による資金調達を検討している声も複数みられた。
国の融資は売上条件に制約があり、「昨年比と比べ売上低下は殆どのスタートアップが受けられないんじゃないか」(不動産サービスの起業家)と利用については懸念も一部見られた。
しかし、緊急事態宣言を受けて国の動きも変化が見られる。経済産業省は4月8日、スタートアップ向けの資金繰り支援策を明確化。融資対象にベンチャー・スタートアップ含む企業と明記し、融資の売上条件を緩和した。(参考:経済産業省「新型コロナウイルス感染症で影響を受ける事業者の皆様へ」)
なお、スタートアップが利用可能な融資・補助金などの政府支援策は以下の記事にまとめている。経産省の支援策も随時更新されるため、適宜参照されたい。
SaaS企業では営業リードタイムが長期化。採用系サービスではピボットも
次にセクター別の事業の影響について見てみよう。
SaaS企業では、「営業リードタイムの長期化」の声が多かった。
営業リードタイムとは、案件発生から受注までにかかる日数を指す。売上に関わる経営指標で、一般的にはリードタイムが短い方が望ましい。
営業リードタイムが長期化した主な要因は、「顧客の予算見直し」だ。
アンケート対象のSaaS企業は法人向けにサービスを提供している。単価は各社により異なるが、月額数万円前後の企業が多い。
経済危機の中、各企業は予算の見直しを余儀なくされており、顧客側の動きで「稟議や決裁の遅れがみられた」「商談が延期になった」「検討期間が長期化された」(SaaS起業家)といった動きが出ている。予算見直しにより、商談成約率の低下や解約率の上昇も一部でみられる。
営業・マーケティング関連のSaaSを運営する起業家は、コロナの影響についてこう語る。
「2月頃から利用開始の延期が発生し、4月から売上未着金や解約交渉の動きが出ました。顧客側でコロナショックを踏まえて様子見姿勢が強まり、緊急事態宣言以降はそもそも事業が停止し、かつ先が読めない状況になったのが要因です」
利用開始の延期、売上未着金、解約交渉—SaaS企業では特に中小企業(SME)の顧客からの解約に懸念がかかるが、ネガティブな動きがあったのは「いずれも大企業(エンタープライズ)で、具体的には外食、百貨店、旅行などの業種です。企業規模に関係なく、極めて甚大な影響を被っているようです」と話す。
ただし、外出自粛・在宅勤務が進んだことから、意外な顧客からの動きも見られた。
「ターゲット業界とは異なるBtoB(法人向け)サービスを提供する企業からのインバウンドリード(顧客側から自社に興味を持ち、問い合わせに至るケース)が増えました。営業やカスタマーサクセスによる顧客訪問が難しくなり、デジタルの顧客体験改善の重要性が相対的に高まったことが背景にあると考えます」
展示会やオフラインイベントの中止により影響を受けるスタートアップも多い(写真:Shutterstock.com / Chaay_Tee)
SaaSの中でも採用関連サービスでは、「展示会やイベントの延期・中止により見込み顧客(リード)数が減少した」との声が複数みられた。
先が見えず厳しい採用環境が予想される中で、今後の施策としてターゲット顧客の見直し、価格変更、サービスピボット(事業路線の修正・転換)の動きもみられる。
具体的には「(見込み企業の)業界の選択と集中」、「プライシング(価格)モデルを変更したサービスを提供する」、「今後必要とされる新サービスの開発に注力する」などの声があがっている。
外部影響の要因で売上や成約率が下がるのは、提供するプロダクトが「絶対必要=Must Have」になっておらず、「あると嬉しい=Nice to Have」に留まることを意味する。どんな状況下でも顧客に必要とされる「Must Have」なプロダクトへの改善・進化が望まれる。
ハードウェア関連企業では、「部品調達の遅延」の声があがった。
海外で共同開発を行うハードウェア関連の起業家は「海外ではロックダウンの影響で、開発会社が業務停止状態で部品調達に遅れが生じている。また4月、5月に採用予定の海外からのエンジニアが日本に入国できない状態で、採用の遅れもある」と語る。
外出自粛で飲食宅配サービスは需要増。独自の支援策の動きも
ポジティブな動きがみられたのは、外出自粛によるテイクアウトやデリバリーの需要増加を取り込めた飲食関連サービスだ。
ある飲食関連サービスの起業家は「取引先の飲食店からは問い合わせが増加した。飲食店の一時閉店や休業が増加し、一部ユーザーの離脱はみられたが、全体で見るとユーザー数は増加した」と語る。この企業はコロナ対策として、飲食店の加盟手数料を無料にしたほか、新たにデリバリーサービスも開始した。
共働き世帯向けフードデリバリー「つくりおき.jp」は2020年2月からサービスを正式リリース。ユーザーはリリース後増加傾向にあったが、外出自粛により急増したという。
同サービスを運営する株式会社Antway代表の前島恵氏は、「潮目が変わったのは3月2日の休校要請です。お子さんが家にいて家事の負担が増えたことから(宅配サービスへの)需要が高まり、ユーザーの増加に寄与したと考えます」と語る。
コロナ対策の取り組みについては、「サービスの無償配布や、農家応援メニュー(農家や漁師から適正価格で買い取った売れ残り作物で提供した料理)を実施しました。実施のたびにユーザーが加速して伸びています」と語る。
外出自粛により在宅時間が増え、飲食宅配サービスの需要は伸びている(画像:Shutterstock / Daxiao Productions)
新型コロナで求められる「非接触」生活。その需要がプラスに働くであろうフードデリバリー領域において、緊急事態宣言を受けてサービスの一時停止を決断した起業家もいる。子育て家庭向けミールシェア「マチルダ」を2019年2月に立ち上げ、現在α版を運営するマチルダ代表の丸山由佳氏だ。
サービス停止の経緯について、丸山氏はこう語る。
「子供の食事を扱うこと、また法的にチャレンジングな取り組みであるため、これまで安全第一に運営していました。2月末からコロナ対応方針を作成し、3月末からサービスの撤退ラインを決めてユーザーを含む全てのステークホルダーに通知。有事こそ役に立ちたい思いもありましたが、配達員やサービス関係者の感染リスクを鑑み、緊急事態宣言後にサービス停止を決断しました。この決定に至るまでは悩み抜きましたね」
全国で使える定額制カフェサービス「CAFE PASS(カフェパス)」を運営する株式会社Same Skyの二方隼人氏は、コロナの影響についてこう語る。
「カフェの時短営業や来客数の減少に比例し、ユーザー全体では通常稼働の約10%、緊急事態宣言後はさらに約10%利用率の低下がみられました。特に関東地方の利用率減少が顕著でしたね。逆にテイクアウト比率は通常の40%程度から60〜70%まで増えた。特に常連が多いカフェで高い傾向で、リモートワークの息抜きにも使われています」
カフェパスの加盟店は個人経営のカフェが中心。生き残りをかけて融資に動く店もある中で、独自の支援策に向けて動く。
「加盟店向けにクラウドファンディングの支援策を4月中に実施予定です。週末にカフェで働く社員がいたため、コロナの影響は2月下旬頃から感じていました。各個人店舗のオーナーさんにとってはリターンの設定が難しく、立ち上げハードルが高いクラウドファンディングですが、カフェパスが介在し加盟店を対象にすることで、われわれがやる意義があると考えています。4月中に実施予定です」
「カフェパスは減少傾向にある個人経営のカフェを救い、大手チェーン店と個人店が共存できる世界を目指しています。ミッションに共感してる社員が多いので、行動に移すのは自然の流れでした」(二方氏)
新型コロナの感染拡大および緊急事態宣言を受けて、事業をどう運営するかは各スタートアップのバリュー、ミッションと起業家の手腕も問われている。
新型コロナの影響では、予算を見直す法人顧客(toB)向けのSaaSと、在宅時間が増えた消費者(toC)向けの飲食関連サービスで明暗がみられた。
起業家が投資家に期待するのは、資金支援やリード支援のほか、「コロナ禍で上手く行った施策の共有」「各社動向の情報提供」「投資方針の明確化」などの声があがっている。
有事に対処するスピードと柔軟性の高さはスタートアップの強みである。今後も彼らの動向をリポートしたい。
(文・取材:藤野理沙、編集:中村香央里、デザイン:廣田奈緒美)