スタートアップ最前線
きっかけは留学先での洗濯機の故障だった。
「言語の壁でコミュニケーションが取りにくいのはこんなにも面倒なのか」ーー。
この創業者の経験から生まれたのが、集合住宅のコンシェルジュサービス「PROPERTY CONCIERGE(プロパティーコンシェルジュ)」だ。チャットボット×不動産を組み合わせることで、集合住宅の住人が日常生活に必要な情報の取得やトラブル対応などができるサービスだ。
日本語に限らず英語、中国語など多言語に自動翻訳ができ、近年増加している在留外国人にも利用できる。
まだβ版の状態にも関わらず、2019年6月に開催されたG20サミットのイベント出展企業にも採択されており、サービスの持つポテンシャルは大きい。
集合住宅での活用からスマートシティへの応用も見据える不動産テックサービスの展望を、プロパティーコンシェルジュを提供するPID 嶋田CEOに伺った。
チャットボットとは?
チャットボットとは、「チャット」と「ロボット」を組み合わせた造語で、テキストや音声を通じて会話を自動的に行うプログラムを指す。
LINEの企業アカウントにおける自動応答チャットを始め、日常生活で実用化されているものも多い。用途もカスタマーサポート、社内FAQ、インバウンド対応、マーケティング支援など複数の領域で使われている。
世界ではAIとチャットボットを活用して医療サービスを提供する「バビロンヘルス」が、今年に約586億円を調達しユニコーン企業(評価額1,000億円以上の未上場企業)になるなど、ビジネスとしてのポテンシャルは大きい。
チャットボットのトレンドを調べたところ、世界でみると検索ボリュームも大幅な増加が見られる。
また、チャットボットの仕組みにも2種類ある。
ここからは嶋田 CEOにサービスが解決する課題とその先に見据える可能性について語ってもらった。
在日外国人をサポートする一手
私たちは集合住宅のコンシェルジュサービス「PROPERTY CONCIERGE(プロパティーコンシェルジュ)」を開発・提供しています。
プロパティーコンシェルジュは、集合住宅に住んでいる入居者と不動産の賃貸管理会社がコミュニケーションを取るツールです。住まいや暮らし、トラブル、災害情報を最適な言語で提供します。
嶋田 史郎(しまだ・しろう)/ PwCにおいてNYSE企業等の監査業務、財務デューデリジェンス業務、 内部統制コンサル業務に従事。その後、CRM及びフィンテック系スタートアップのCSO及びCFOを兼任し、2017年に田子智志と共にPIDを創業。(画像:ami)
今年6月にG20のイベントに採択され、プロダクトを出して2日目で集合住宅の導入が決まるなど、多くの引き合いをいただいています。
多言語対応が特徴の1つで、日本人2名、中国人2名、クオーター1名で構成された多国籍チームで開発をしています。
このサービスで注力している領域は住居周りにおける「言語の壁」の解決です。
日本はインバウンドだけでなく在留外国人が増えており、法務省の調べでは平成30年には273万人(前年比+6.6%)となっています。しかし日本人で英語を流暢に話せる人はまだまだ少ないのが現状です。
また在留外国人の多くは英語圏以外の出身にも関わらず、英語しか対応していない場面を日本では多く見かけます。こうした言語の壁によってコミュニケーションコストが高くなると、生活していく中で主に2つの問題に直面することが多いです。
1つはコミュニケーション不足から生まれる「認識のずれ」により起こるトラブルです。国独自の慣習を理解できずに生じることが多いです。例えば、日本ではトイレットペーパーを水に流すのは当たり前ですよね。しかしこれは下水設備が整っている日本ならではの習慣であり、世界のほとんどの国では水に流さずごみ箱に捨てるんですね。
(画像:PID公式資料)
そういった背景を知らない人が外国人がごみ箱にトイレットペーパーを捨てるのを見ると、「トイレを汚したい」と勘違いします。
反対に外国人に捨て方の理由を聞くと、「日本のルールを知らなかった」と答えることが多いです。 このように、お互いにコミュニケーションが取れていないから起きてしまっていることが多いんですよね。
また住居周りでトラブルが起きた場合にも課題を抱えています。
例えば、共有部の廊下の電球が切れているといった住居周りの問題が起きたとき、言葉が通じないので当然電話はできません。Google翻訳を使ってメールでやりとりをしようとしても、翻訳がうまくいかなかったり営業時間の関係上コミュニケーションスピードも遅くなってしまいます。
私もボストンへ留学していた際、賃貸物件の洗濯機が壊れたとき、管理会社とうまく連絡が取れず1ヶ月間コインランドリーに通わざるを得ない状況になり、嫌気が差した経験があります。
住まいの問題の多くはすぐに解決したいじゃないですか。水漏れが起きたりや虫が出たら我慢したくないですよね。
(画像:Supavadee butradee/Shutterstock.com)
賃貸管理チャットボット「プロパティーコンシェルジュ」解剖:3つのポイント
プロパティーコンシェルジュでは次の3つの問題を解決します。 ①クレーム対応時間コストの解決、②言語の障壁を解決、③住まいのあらゆる情報提供を実現することです。
プロパティーコンシェルジュは複数の言語に対応しており、中国語で文章が送られてきたら中国語で、英語なら英語に自動で翻訳して返信できるようになっています。既に英語と中国語に対応しており、今後も多数の言語に対応していく予定です。
(画像:PID公式資料)
またチャットボットは自動応答ができるので、昼でも夜でも各自が都合の良い時間にすぐコミュニケーションを取ることができます。今までコミュニケーション不足により起こっていた、ゴミの捨て方といった習慣に関する情報も正確にすぐ知ることができます。
管理会社も無駄なコミュニケーションや対応時間が減り、業務の効率性を高められます。
実際に東京農業大学の留学生向けのアパートでは、言葉が通じなかったり、翻訳作業によって多くの労力が割かれていたり多くの悩みを抱えていました。
そこでチャットボットを導入したところ、問題が起きても自動翻訳機能で翻訳できたり、24時間自動で対応可能できるようになり無駄なコミュニケーションコストや対応時間が減り、効率性が高まったそうです。
目指す世界は「コミュニケーションの痛み」の解決
そういった課題を解決した先に目指していきたいのは、「街と人にまつわるコミュニケーションのサポート」です。
プロパティーコンシェルジュを使って「住むにあたって必要な街の情報やコミュニケーション」を住民に個別最適化して提供していきたいです。
現在の集合住宅では、掲示板やエレベーターの壁に生活にまつわる情報が貼ってあるので非常に知りにくいです。例えば、「火災報知器の検査は〇〇に行います」「〇〇に夏祭りを行います」といった情報です。
地域のお祭りなどに「知っていれば参加したかったのに」といった悔しい思いをした人って結構いると思うんですよ。
とはいえ、不動産の管理会社も住人一人ひとりに対して適宜届けるのは手間がかかります。そこで取りにくい情報を、自動的に個別最適化した上でチャットボットからリアルタイムに提供します。
そうすることで物件の居心地のよさや住まいのクオリティーも上がります。また、人々の結びつきが強まることで治安や定住率の向上といった効果も期待できるんじゃないでしょうか。
この「住む人にとって重要な情報を、個別に最適化して提供する」ことは、「地域と人をつなげるコミュニケーションの促進」に繋がると考えています。 つまり、スマートシティの考え方に似ているんですよね。
(画像:ami)
スマートシティとは都市を1つのOS(オペレーティング・システム)と考え、エネルギーや交通、物流といった機能1つ1つをアプリケーションと捉えます。それらを人工知能と掛け合わせることで、住民に最適化し快適な生活を送れるようにする仕組みです。
たとえば、エアコンが住民全員の動きを感知し、一人ひとりに最適な温度で送風される、といったイメージです。
プロパティーコンシェルジュは、自分が感じた「外国人と管理会社のコミュニケーションにおける痛み」を解決するために始まりました。考え始めた4,5年前は当然スマートシティの概念も全く知りません。
しかしユーザーのペインを解決するために開発をすすめ、使っていただくうちに、いつの間にか「このサービスは人と地域を結びつけるスマートシティの1つなんじゃない」と言われるようになり、初めてスマートシティに活用できる可能性に気付きました(笑)。
IDCの調べによると、国内のスマートシティ関連IT市場は2022年には約1兆円に達すると言われています。また我々のサービスは家賃にも影響を与える領域です。日本の家賃総額はおおよそ20兆円なので、そのうちの何%かも潜在的な市場になると思っています。
なのでチャットボットというジャンルよりも、そういったより大きい市場を見据えながら「賃貸管理会社と住民の双方にメリットがあるサービス」を展開していきたいです。
聞き手:松岡遥歌、文:町田大地