サービスを画像や文章で説明されたが、イマイチ内容を理解できなかったという経験はないだろうか。
そんな悩みを変えうる技術がバーチャル・リアリティ(以下、VR)だ。VRは、目の前にない現実を、まるでその場にいるかの様に体験することができる。
Spacelyは誰でも簡単にVRコンテンツを作成できる「どこでもかんたんVR」を提供するスタートアップだ。
しかし、Spacely 森田CEOはもともと、ロケットや人工衛星をつくるために東大工学部に進学し、卒業後はJAXA、経産省とVRとは関係のない道を歩んできた。
森田氏はなぜ今、VRで挑むのか。その理由を聞いた。
パノラマコンテンツの可能性
Spacely 森田さん(以下、森田) 私たちは、「どこでも簡単VR」というクラウドのソフトウェアを提供しています。
数万円程度で市販されている360度カメラで撮影した画像や映像をアップロードすると、コンテンツを簡単につくれます。
コンテンツをつくれるだけでなく、コンテンツを通したお客さんの興味や反応の分析、活用ナレッジがパッケージになっているクラウドソフトです。
ホテルや不動産領域では、言葉だけでは印象や情報がなかなか伝わりにくい場面が多々ありますよね。そういった場面でVRを使って3D情報を活用することで、より正確に情報が伝わり成約率が上がるといった効果が確認できています。
最近では飲食店で研修生向けのサラダ調理の研修に活用するなど、研修領域での活用も広がっていますし、不動産以外の分野にもサービスの導入が進んでいます。
サービスを開始して2年間で、2,000社以上に導入され、継続率は約98%(2019年6月現在)です。ここから、さらにアクセルを踏むために、先日シリーズAで4億円を調達しました。
どのような経緯でVR領域に取り組み始めたのですか。
未知の世界に対して昔から興味があったので、アートや宇宙が好きでした。自分でロケットや衛星をつくりたかったので、それが実現できる大学の1つだった東大に入学しました。
その後JAXA(宇宙航空研究開発機構)に入り、相模原の宇宙科学研究所で研究をすることになりました。
ただそうしている内に、社会にどう貢献するかを考え始めたんですよね。宇宙分野は、最終的な決定を中央省庁がするため、現場の声が届きにくいといった課題があります。その部分を、次は自分が変えてたいと思い、経産省に転職することを決めます。
入ってからは、宇宙開発戦略本部事務局という部署で、希望していた日本の宇宙基本計画の策定を行いました。
最終的には、更にパブリックな領域の知識を深めるために、アメリカへの留学を決めます。
留学で知った「起業」の選択肢
その頃から起業する気持ちはあったのですか。
全くありませんでした。
留学も国費留学なので、留学後は役所に戻り、学んだ知識を活かして働こうと考えていました。
ただ、シカゴ大学に留学したときに、たまたまスタートアップのコミュニティと関わる機会があったんですよね。
せっかくなら自分でやってみた方が勉強になると思い起業したところ、シカゴのアクセラレータプログラム(スタートアップ支援プログラム)に運良く選ばれてしまって。
経産省に所属している状態でしたが、そこからはトントン拍子にアメリカで登記し、お金を集めて事業をつくっていました。
経産省を辞めて、起業しようと決めたきっかけはなんでしたか。
自分がプレイヤーとしてできるかどうかが決め手でした。
パブリックな世界では、計画を策定しても自ら実行するわけではありません。進め方に課題を感じても、それを直接変えられないもどかしさがありました。
それに比べ起業家は、小さなことかもしれませんが、ゼロから自分でつくり状況を変えられます。限界を誰かに定められることもありません。
その頃、シカゴ大では「Groupon」や「Pinterest」がローンチされ、世の中にインパクトを与えるのを目の当たりにしました。それを見て、自分がしたいことを、やれるだけやってみたいと思いました。
Pinterestは2019年4月にニューヨーク証券取引所に上場した(Chie Inoue / Shutterstock.com)
気持ちに折り合いをつけて今やっていることを続けるのか、未知の世界に1歩踏み出して挑戦するのか、どちらが自分にとっては幸せなのか。
自分の価値観で考えた結果、国費留学のお金を全額返済し、最終的に役所を辞めて起業する決断に至りました。
決断をするにあたって躊躇はなかったのですか。
シカゴのスタートアップコミュニティでは、起業はそこまで特別なことではありません。
たとえば、同じアクセラレータプログラムにいたシカゴ大学の4年生は、就職を有利に進めるために起業するぐらいの感覚なんですよね。
近年イリノイ州の大学発のスタートアップ数は大きく増加している
失敗したとしても、起業して2年事業をやった方が、ジョブオファーの条件もよくなるからとりあえず起業したって言うんですよ。
それまで起業は特別な才能をもった人がすることだと思っていました。しかし実際は、別に選ばれた人がやるものではなく、実現したい強い気持ちを持った人ならば、誰でも飛び込めると感じました。そこに非常にリアリティを感じたんです。
留学に行っていなければ、その実感も持てなかったので、起業しなかったと思います。
VR事業の原点は「アート」
その後はアートの事業をされていたと聞きました。
もともと現代アートや宇宙に興味があり、その中でもとくにアートの領域に課題意識を持っていました。
アートはこれから、必ず必要とされる分野にも関わらず、需要と供給のマッチングがうまくできていません。そこを技術の力でどうにかしたいと考えました。
そこでつくったのが、いろいろなギャラリーが持っている作品をオンライン上で1つにまとめ、事業者や個人がレンタルや購入をできるプラットフォームです。
今は別会社になってしまいましたが、「clubFm」(クラブエフマイナー)として今でも続いています。
事業自体は好きでしたし、面白いものでした。しかし、自分の中でいろいろな手は打ったものの、なかなかスケールさせられなかったんですよね。
2年ぐらい全力でやったときに、空間をうまくアーカイブできていないのが原因なんじゃないかと感じました。
空間をアーカイブするとは。
アート作品の展示には、文脈があると思います。作品の背景や作者が込めた想いを伝えるために、作品の種類や並べ方を考えますよね。その空間には、考え抜かれたコンテキストが本来はあるはずなんです。しかし、既存の紙面や画面上では、その情報の多くが失われてしまっています。
作品の並び方や会場の雰囲気を含めて、空間そのものを伝える仕組みであるべきですし、本質的なニーズを満たすには、そうなって然るべきじゃないですか。
それを残す方法を探していたときに、VRに出会いました。
ちょうどプロダクトをつくっていた2016年は、VR関連のデバイスやソフトウェアが出てきて、インフラが整ってきた時期だということもポジティブに働きました。
(画像:Ivan Garcia / Shutterstock.com)
実際取り組んでみると、アートに限らずいろいろな分野に応用でき、きちんと機能するようになれば、情報伝達の概念を変える可能性を感じたんですよね。そこが非常に面白いと感じました。
また、ユーザーもアートではなく、VRの文脈でどんどん増えていきました。
最終的には、シードラウンドで調達をする際に、今後のスケール可能性からVR事業にフォーカスし、アート事業を別会社にする決断をしました。
アートはやりたくてやっていた事業でしたし、今でもやりたいくらいに想い入れはあったので、決断するにあたって寂しさはありました。
現代アートの分野は社会に必要とされているにも関わらず、アナログな部分やアップデートが必要な部分がまだまだある領域です。
最近もそれ関連のスタートアップもいろいろ出てきているので、可能性はあると思います。
ピボットを決めた一番の理由は何ですか。
調達をするとは、私たちの事業を信じてサポートしてくださる方が増えるということです。その際に最優先で考えるべきことは、事業の成長を最大にするには何が必要かという視点です。
従業員もいて、資金を出していただくVCもいて。そうなると、自分の感情だけでは決められないと思いました。
そういった背景もあり、VRに事業を全振りする決断をしました。 (後編に続く)
本文・写真:ami