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2024/07/22

【2024H1調達動向】拡大するスタートアップの土壌

  • #資金調達記事
  • #VC/CVC

2024年上半期(1~6月)のスタートアップの資金調達額は3253億円。前年の同時期に集計した2023年上半期の調達額(3354億円)と同水準であった。

IPO環境の厳しさが続いているなかで投資家は慎重な姿勢を崩していない。シード・アーリーへ投資が流れ、レイターの大型調達が縮小していることにも、選別の進行が表われている。VCファンドの新設額は順調に推移しており、スタートアップへの関心の高さは継続している。また、政府による大規模な支援が進捗していることなどから、向かい風の環境下で踏みとどまっている格好といえよう。

スピーダ スタートアップ情報リサーチが国内スタートアップの資金調達動向をまとめた『Japan Startup Finance』の最新版・2024年上半期レポートは7月30日(火)に公開予定で、解説セミナーも8月22日(木)に実施する。

本稿ではそれに先立ち、レポートのエッセンスを速報としてお伝えする。

CONTENTS

資金調達の概況

2024年上半期は総調達額3253億円と、昨年の同時期に集計した2023年上半期3354億円よりも微減。資金調達社数は同比14%増の1,411社(金額不明含む)であった。

一社あたりの傾向を確認する。調達額の平均値は2.7億円と、前年に引き続きわずかに減少した一方、中央値は8,360万円と、前年より55%増加した。調達額が大型化したわけではなく、大型調達の規模が縮小・小規模な調達の金額が上昇し、調達額の分布に変化がみられる。

シード・アーリー選好が強まる

変化の内訳を詳しくみる。資金調達規模別に、昨年同時期に集計した2023年上半期と比較する。イグジットから遠いシード・アーリーへ投資が向かう傾向が、より一層強まっていることが確認された。

具体的にみてみよう。2024年上半期は、それまで全体の金額の過半数であった、10億円以上の大型調達が減少し、全体に占める割合も過半数以下となった。

一方、調達社数をみると、10億円未満は伸びており、全体の調達社数の増加に寄与している。なお、10億円以上100億円未満の調達についても2023年上半期比で若干増加していた。つまり2024年上半期は、従来以上に大型投資の規模が控え目になっている。

調達額上位20社

2024年上半期の日本におけるスタートアップの資金調達状況は、投資がシード・アーリーステージへ流れ、ミドル以降の大型調達の勢いは潜み、スタートアップの総調達額は前年維持となった。ただし例年、下半期に大型調達が集中する傾向があり、事実、7月に入ってからSakana AIやSmartHR、newmoなどの大型調達が観測されている。

その中で最大の資金調達をおこなったのは、自動運転用オープンソースソフトウェア「Autoware」の研究・開発などを手がけるティアフォーである。同社はシリーズBのエクステンションラウンドで85億円の調達を発表した。いすゞ自動車、三菱商事、スズキといった大手企業が参画し、自動運転技術への期待の高さを示している。

次点は人工構造タンパク質素材「Brewed Protein™」を開発するSpiber。同社は4月に100億円超の資金調達を発表し、量産体制の構築とグローバル展開に充てる予定だ。 なお、表では2024年のラウンドのみ集計している。

スピーダ調達シリーズの定義はこちら

上位20社の顔ぶれをみると、約半数が研究開発型企業だった。上位3社は調達後企業評価額が1000億円超にのぼる実績を重ねてきているスタートアップである。

実績ある起業家へ資金が集中

例年以上にシード・アーリー企業の大型調達が目立つ。プレシリーズAラウンドで上位に入ったのは、Turingとオレンジ。

Turingは、生成AIを活用し、自動運転レベル5に相当する完全自動運転車両の開発に取り組む。プレシリーズAラウンドで30億円調達しているが、7月にも追加で15億円の調達を発表している。

オレンジは、漫画特化の深層学習モデル開発を手掛ける。翻訳出版プロセスの大半を自動化することで、「日本マンガ」を世界に広く届けることを目指す。プレシリーズAラウンドで29.2億円の調達を実施。

両社の共通点は、ターゲットとしている市場の広さはもちろんのこと、CEOが実績を持つ点だろう。TuringのCEOである山本一成氏は、名人を倒した将棋プログラム「Ponanza」を開発した実績がある。オレンジのCEOである宇垣承宏氏は、コロプラでスマートフォンゲームのヒット作「白猫プロジェクト」や「魔法使いの黒猫ウィズ」の事業責任者を務めた経歴をもつ。

このようにシード・アーリーでは実績をもつ起業家に資金が集中する傾向が強まってきている。

例えば、グリーやメルカリで主要なポジションを経験した青柳直樹氏はタクシー・ライドシェアサービスの運営のnewmoを今年設立し、シードで約18億円を調達。7月にはシリーズAで100億円超の調達を発表した。

また、既存のAIモデルをかけ合わせて新しいAIモデルを生成したSakana AIは、米Google出身の著名研究者らが日本で立ち上げた。2023年にシードで3,000万ドル(約47億円)を調達し、今年6月には約200億円の大型増資がメディアで報じられている。

このように、VC(GP)からスタートアップへの資金の流れは、他社で事業開発や経営経験を持つ経営者や、既に売上が立ち、黒字化確度の高い・している企業または研究開発型、あるいはこれらの組み合わせのスタートアップに集まる傾向がある。研究開発型は政府の後押しもあり、従来よりも成長しやすく、投資家にとっても投資リスクを下げられる環境のためと考える。

なお、セクター別の動向としては、米国とは異なり、生成AIのような時代の波に乗るテーマに対して、顕著に大きな資金が偏るようなことはみられていない。これは日米間の起業数の差なども影響していると考えられる。

多様化する資金調達

2024年上半期の新しい動きとして、特定投資家向け銘柄制度(J-Ships)の活用が挙げられる。証券会社を通じて、非上場企業の株式や投資信託等をプロの投資家である「特定投資家」向けに発行・流通することを可能にする制度だ。

非上場株式の発行・流通市場のさらなる活性化を目的としており、一定の条件を満たす個人を含むプロの投資家は扱う金融商品を増やすことができ、スタートアップにとっては資金調達手段の多様化というメリットがある。

また、長年の課題であるセカンダリー取引の充実にも寄与することが期待されている。五常・アンド・カンパニーエレファンテックTBMなどがこの制度を活用した調達を実施している。

これまでの資金調達には、デットファイナンスは含まれていない。参考までにデットファイナンス調達動向について触れる。2024年上半期はデット全体で調達額が888億円、調達社数が156社と、2023年の過半数以上の水準となり、引き続き金融機関の積極的な姿勢がうかがえる。 なお、新株予約権の発行を伴うベンチャーデットは限定的であった。

金額が大きいものは、スマートニュースが融資枠100億円、パワーエックスが融資95億円、GOがシンジケート・コミットメントライン80億円などがあった。

デットはプレスリリース等で公表された融資枠の金額などを含み、必ずしも実行額ではない点に留意が必要である。

投資家の動き

10億円以上の調達について資金の出し手の変化を探る。

投資家タイプ別に投資額をみると、VCが最も大きく、次いで事業法人と、例年の傾向に変化はない。一方、全体の減少率以上に投資額を減らしたのが、事業法人(直接投資)と金融機関、海外法人であった。

個人/個人会社が大きく伸びているのは前述したJ-Shipsの影響であり、新しい資金調達手段が早速寄与している。

VCに絞って内訳を確認する。 10億円以上の調達では、VC-独立系やVC-金融系、VC-海外が積極的であったことがわかる。VC-海外では、エネコートテクノロジーズに対するWoven Capital GP、レナリスファーマに対するCatalys PacificとSR One、TOKIUMに対するTGVest Capital、Lean Mobilityに対する冠和投資と鴻裕投資開発などの投資額が大きいと推測され、割合の増加に繋がったと考えられる。

100億円以上のファンドが増加

2024年上半期に観測された新設ファンドは51本で、金額が判明しているものは合計2,321億円に達した。前年同期と比較すると、本数は10本減少したものの、金額は約200億円増加している。例年よりも50億円超のファンド設立が多かったためである。

特筆すべきは、100億円以上の新設ファンドが10本(前年同期間比+3本)に上ったことだ。

LPからGP(VC)への資金の流れでは、実績のあるGPと、単独LPとなる大企業のCVCのファンドが大規模となるケースが多い。実際にこれらの大型ファンドの中には、CVCの1号ファンドが多く含まれている。大企業がオープンイノベーションに対して積極的な姿勢を示していることがうかがえる。

また、国際的な動きとしては、シンガポール政府系投資会社テマセク傘下のVertex Holdingsによる日本市場への本格参入が注目される。Vertex Ventures Japanの設立は、日本とシンガポールのスタートアップエコシステムの連携・発展を目指す取り組みの一環であり、東京大学と東京大学協創プラットフォーム開発(東大IPC)と連携する。グローバルな投資経験を持つプレーヤーの参入は日本のスタートアップ環境に新たな刺激をもたらす可能性がある。

これらの動向は、スタートアップへの投資額が減少傾向にある中でも、長期的な視点でスタートアップエコシステムの発展を支える資金供給体制は整いつつあることを示している。

他方で、スタートアップの調達状況から、投資待機資金が積みあがっていると考えられる。ファンドには償還期限があるため、投資先に苦慮する側面があると推察される。今後より一層、投資家間のセカンダリー取引のニーズは高まるだろう。

IPOは大きく伸びず

IPO全体の件数は60件と、2023年上半期比で5件増加した。しかし、そのうちスタートアップのIPO数は22件にとどまり、前年同期比で2件の増加に過ぎなかった。

初値時価総額の中央値は77億円に下落。2018年以降スタートアップは高評価を得ていたが、傾向に変化が見られた。この背景には、日経平均株価が史上最高値を更新する一方で、グロース市場が低迷していることが背景の1つに挙げられよう。

初値時価総額が最大のIPOは、アストロスケールホールディングス。次いでソラコムだった。

アストロスケールホールディングスは、ispaceに続く宇宙銘柄の大型IPOとして注目を集めた。宇宙産業は今後の成長産業の一つとして注目されており、イグジットへ至る企業やレイターステージに差し掛かるスタートアップが増えており、今後もプレイヤーの増加が期待される領域だ。

ソラコムは大企業傘下で成長を続けIPOへ至る「スイングバイIPO」の成功例として注目を集めた。2017年にKDDIがソラコムの株式を過半数以上獲得していた。同様の道を歩む可能性のあるのは、2018年にヤフー(現:LINEヤフー)が子会社化したdely、2022年に三菱UFJ銀行が子会社化したカンムらだ。

2024年上半期のIPOではないが、2023年12月に上場したQPS研究所にも触れておきたい。 QPS研究所は小型衛星の開発や運用などを行う宇宙銘柄だ。初値時価総額は300億円であったが、好調な業績などを背景の1つとして、2024年7月16日時点での時価総額は894億円に達している。「初値天井」を突破して成長を続ける例として注目に値しよう。

被買収の増加

集計時点までに観測された事業譲渡は33件、被買収・子会社化は92件と、例年よりも増加傾向にあった。これは、IPO市場の低迷を受けて、M&Aを選択するスタートアップが増加したためと考えられる。

セクター別にM&Aの動向を見ると、非研究開発型の企業が約9割となり、SaaSと人材領域が上位を占めた。このうちSaaSでは人材領域のプロダクトが上位。人材領域では人材紹介・キャリア支援事業が大半であった。

被買収・子会社化の設立からの年数(中央値)は約8年と、IPOしたスタートアップの約9年に迫る形だ。対して、事業譲渡は約4年と早期化する傾向が見られた。

評価額100億円超の被買収案件は1件で、予防医療の推進を支援する事業等を展開するキャンサースキャンのJMDCによる子会社化だった。

買い手の動向をみると、エムスリーとSTPRがそれぞれ3件のスタートアップ子会社化を行い、最も積極的な動きを見せた。エムスリーはヘルスケア領域、STPRはコンテンツ領域のスタートアップを子会社化している。なお、STPRは2018年設立のエンタメコンテンツ領域のプロデュース等を展開するスタートアップである。

また、カシオ計算機や江崎グリコなどの伝統企業によるスタートアップの子会社化も観測された。

おわりに

IPO環境の低迷は引き続き厳しく、投資の不確実性は依然として高い。

明るい材料は、大規模な政府支援が進んでいる点だ。これまでに、ストックオプションやエンジェル投資に関する税制改正、中小機構や産業革新機構(JIC)による出資、スタートアップの公共調達の促進などが実施され、効果も表れてきている。また、大企業のスタートアップへの関心も引き続き高い。

スタートアップへの関心の輪は年々拡大し、支援など充実してきた。流入する人材の層も拡大している。逆風の中でも大きく調達額は減少していない。ブームから文化への道は着実につくられている。

(執筆:森敦子、編集:村上美里、デザイン:川﨑菜々美、イラストレーター:otama)


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