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2020/01/20

フレンチテック第2フェーズ始動。2025年、ユニコーン25社へ

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  • #海外

フランスのスタートアップ支援プロジェクト「フレンチテック」が好調である。

2013年の旗揚げから6年を経て、目に見える成果を上げている。勢いを得たエマニュエル・マクロン大統領は2019年9月、「2025年までにフランス発ユニコーンを25社創出する」と宣言。今後3年間で総額50億ユーロ(約6,000億円)を投資する計画も発表した。

フレンチテックは草創期から発展期へとフェーズを移す。日本企業にとっても看過できない存在になりつつある。

CONTENTS

資金調達額が5年で3倍、ユニコーン数も3倍近くに

「フレンチテック」(La French Tech)は、仏政府主導のスタートアップ支援プロジェクトの総称である。フランソワ・オランド仏大統領(当時)が2013年に命名し、経済・産業・デジタル大臣(当時)だったエマニュエル・マクロン氏が推進した。マクロン氏は2017年から大統領として陣頭指揮に当たっている。

その要諦は、起業家だけではなく、投資家、エンジニア、デザイナー、インキュベーター・アクセラレーター、公共機関などを官主導でネットワークすることによって、統合的な一大スタートアップ・コミュニティを構築していることである。

2019年の仏スタートアップの調達資金は55億ドル(約6,050億円、1ドル=110円として計算)と過去最高を更新する見込みであり、ユニコーン(評価額10億ドル以上のスタートアップ)の数は2018年の3社から2019年には一気に8社へと3倍近くに増えた。目に見える成果を上げ、世界中から大きな注目を浴びている。

マクロン大統領は2019年9月、「2025年までにフランス発ユニコーン企業を25社に増やす」という強気の目標を掲げ、今後3年間で総額50億ユーロ(約6,000億円、1ユーロ=120円で計算)のリスクマネーを供給すること、フレンチテック政策を推進する専任チームを150名体制に増やすこと、次期ユニコーン候補企業への集中支援(資金調達、海外展開、上場準備支援など)を行うこと、などの施策を発表した。

フレンチテックは、草創期から発展期へとフェーズを移そうとしている。

「3本の柱」で総合的なスタートアップエコシステムを構築

仏政府による施策は、(1)スタートアップ支援プラットフォームの整備、(2)地域連携ネットワークの強化、(3)グローバル化の支援――の3つに大きく分類できる。それらの概要を簡単に振り返っておこう。

施策1:スタートアップ支援プラットフォームの整備

スタートアップ支援プラットフォームの要となるのが、「Bpifrance」(BPIフランス)による官製リスクマネーの供給スキームである。

BPIフランスは2013年に、中小企業金融公庫(OSEO)、FSI(戦略的投資ファンド)などを統合するかたちで設立された公的投資銀行で、それまで分散していたスタートアップへの融資、保証、出資、ファンド管理などの窓口を一元化した。BPIフランスはシード(創業前後)からレイター(成長後期)までスタートアップの全ステージにおいて資金提供を行うほか、VCファンドやインキュベーターなどにも資金を供給する。フランス最大のスタートアップ投資機関となっている。

官民連携という観点から特筆すべきなのが、「Station F」(スタシオン・エフ)である。これは、著名な起業家・VC投資家Xavier Niel(グザビエ・ニール)氏が私財2億5000万ユーロ(約300億円)を投じてパリ13区再開発エリアの古い鉄道駅舎を買い上げて大改装を施し、「世界最大規模のスタートアップキャンパス」として再生させたものだ。

FrenchTech StationF

スタートアップ、大企業、投資家、政府関係者が入居する「Station F」。現代アート作品も置かれ開放的な空間だ。年間の見学者は10万人を超える(写真:Staition Fプレスキット)

2017年のオープン以降、フレンチテックを象徴する拠点として注目を集めている。5.1万平方メートルに拡張された敷地内にはスタートアップ約1000社、VC約40社、パートナー企業(大学含む)約30社が入居。セクター別に多様なアクセラレータープログラムを提供しており、入居希望が殺到している。共通語は英語であり、入居者の3分の1はフランス国外出身と国際色も豊かである。

さらに、「French Tech Mission」と呼ぶ仏政府のフレンチテック推進チームが常駐し、政策的支援や資金調達、事業コンサルティングなどを受けるための行政手続きをワンストップで行えるようにした。フレンチテック・エコシステムの中核的な位置づけとなっている。Station F周辺地域にはハードウェア系開発施設や海外企業の研究拠点も集積しつつある。開設からわずか2年ながら、Station Fを中心にスタートアップの街が形成されつつある。

施策2:地域連携ネットワークの構築

Station Fにヒト・カネ・チエを呼び寄せる一方で、「パリ一極集中」を回避するための施策も同時に打っている。首都パリに加え、リヨン、ボルドーなど国内13都市を重要拠点「フレンチテック・シティ」に指定し、さらに38のコミュニティを巻き込み、地域分散型産業クラスタ(HealthTech、IoT/製造業、スポーツ、FinTech、小売、FoodTech、EdTech、CleanTech/モビリティ、セキュリティの重点9分野)の形成を推進している。点ではなく面での発展を初めからプログラムに落とし込んでいるのは大きな特徴である。

この地域連携ネットワークには、スタートアップのほか、大企業、自治体、研究機関、報道関係者なども含まれている。フレンチテック・スタートアップの状況を可視化し、広く共有することによって、有望スタートアップを早期発掘し、重点支援するほか、地域や分野を超えた新しいマッチングの可能性を高める狙いである。

フランスには大企業が中小企業を支援する相互扶助の精神が根付いている。スタートアップ支援もその文脈で行われており、資金提供、人的支援、技術審査などを大企業が結束して行っている。フランスの大企業は国策もからみ、原則「1業種1社」であるため業界内競合が比較的少なく、業種を超えた横のつながりが太いことが背景にある。

エンジニア人材にも強みがある。フランスは伝統的に数学・アルゴリズムなど理数系の基礎研究に強く、先端研究人材が豊富である。そこにフレンチテック・ムーブメントによってAI(人工知能)研究所の設立や産官学連携機運が高まったことによって、高度テクノロジー人材がスタートアップとの接点を持つようになった。大企業志向が強いと言われるフランスにおいて、新たなチャンスを求めてスタートアップに流れる高度人材が増えている。

施策3:グローバル化の推進

そして、3つ目の施策がグローバル化の推進である。その狙いは、(1)フレンチテック企業の海外市場への展開を後押しすること、(2)起業家、技術者、投資家などを世界中からフランスに引き寄せて国内のスタートアップ環境を活性化すること――の2点である。

フランスの象徴である雄鶏のロゴは、米ラスベガスで開催される世界最大の家電見本市「CES」などでも数多く掲げられ、フランス国外でもフレンチテックの圧倒的な存在感を示している。フレンチテックをグローバルブランド化することで、仏スタートアップへの認知度と信用度を上げ、市場獲得機会の拡大を狙う。

フランスのシンボル雄鶏をモチーフにしたフレンチテックのロゴ(出所:La French Tech HP)

お膝元のフランスでも、大企業とスタートアップの連携機会を提供している。欧州最大級のカンファレンス「VIVA Technology(ビバ・テクノロジー)」では、大企業が抱える課題に対してスタートアップがソリューションを提案する「オープンイノベーション・ラボ」を企画・開催し、大と小の共創機会を生み出している。 さらに、海外投資家の誘致も政府主導で行う。例えば「スケールアップツアー」。PEやVCなど海外機関投資家40社を招待し、フランスの急成長スタートアップを紹介する活動を2018年に開始した。海外スタートアップのフランスへの誘致も、「Station F」などのインキュベーション・アクセラレーター施設を中心に活発に行っている。

課題としては、市場と資金を求めて成長スタートアップが海外、特に米国に本社を移してしまうケースが少なくないことがある。サイト内検索エンジンSaaSのAlgoliaは、その例である。フランスに留まってもグローバル市場と潤沢な資金、有能人材にアクセスできる環境を整備することが、フレンチテック企業の海外流出を防ぐことになる。

   ◇      ◇      ◇

フレンチテックの最大の成功要因は何かと問うならば、仏政府の「本気度」を挙げることができるだろう。

ジェトロ・パリの片岡進所長は、「大統領主導のトップダウン方式で、起業家、投資家、大企業、大学、政府を包含したコミュニティと、政府がコミットしたリスクマネー供給の仕組みを一気にかつ広域に作り上げたことが大きい。スタートアップの育成が国の発展につながるという確信と強い意志があったからこその成功だ」と見ている。

2019年の調達額は過去最高の55億ドル、ユニコーンが一気に5社誕生

フレンチテックは自然発生的ではない官製のスタートアップ・エコシステムではあるが、だからこそ、最速で成果につなげられたと言える。第1フェーズ(2013~2019年)を、スタートアップ資金調達額、ユニコーン数、研究開発投資について、より精緻に振り返ってみる。

CB Insightsによると、フランスのスタートアップ資金調達額、調達件数はともに過去5年間で約3倍以上に増加した。2019年は過去最高の55億ドル(約6,000億円)を超えると予測されている。

資金調達の特徴は、シード(創業前後)からアーリー(創業初期)前後が半分以上を占めていること。フランス全土のスタートアップ企業数は約1万社に対して、パリ市の年間スタートアップ創業数は1,500社と欧州大都市中最多である。このことからも、資金調達のための環境が整備されていることが伺える。

ユニコーン企業数は2020年1月10日時点で8社である。2019年に1億ドル(約110億円)以上の大型調達を行ったMeero、Doctolibなど5社が新たにユニコーン入りを果たし、一気に増えた。

その内訳は、設立10年以上の企業が5社と過半数を占め、2016年設立のMeeroを除けば、“フレンチテック前“に創業したスタートアップがほとんどである。フレンチテックがユニコーン化への追い風になったことは間違いないが、今後はフレンチテックのエコシステムから新たなスタートアップを生み出し、ユニコーンへと成長させることが課題となる。

ただし、中国(103社)、米国(217社)にははるかに及ばず、インド(19社)、英国(22社)、ドイツ(12社)、韓国(10社)にも後塵を拝する(INITIALデータでは日本は7社。他国はCB Insightsのデータによる。データはいずれも2020年1月10日基準)。マクロン大統領が掲げる「2025年にユニコーン25社」という目標は、隣国ドイツを抜いて大陸欧州1位、世界5指に入ることを目指すものだ。

研究開発投資については、海外企業によるフランスへの資金投下が加速している。フレンチテック施策以降、Facebook、Google、IBMなどの米国勢、韓国Samsung(サムスン)、中国Huawei(ファーウェイ)などの大手IT企業がAI研究所をフランスに次々に設立した。日本企業ではソニー、楽天、富士通が名を連ねている。AI研究におけるフランスの存在感は確実に増している。

日本企業はフレンチテックにどうアプローチすべきか

フレンチテックが第2フェーズに入る中で、日本企業はどのようにからんでいくのか――。

2017年からフレンチテックと連携を開始した富士通の場合はどうだろう。

同社は元々、仏スタートアップとの連携に積極的で、2013年にRunMyProcess社、2015年にUShareSoft社とソフトウェア会社2社を買収した。クラウドサービス事業を強化するために、仏企業が持つ技術・サービス・顧客ベースを丸ごと買い取る手法だった。

ところが、2017年3月に発表した「5年間で5,000万ユーロ(約60億円)をフレンチテックに投資する」というプロジェクトは、ややアプローチが異なる。このプロジェクトではAI分野に特化した専門集団(Fujitsu AI Center of Excellence、通称AI CoE)の設立や研究機関との共同研究、スタートアップとの連携が中心の「オープンイノベーション型」に舵を切った。

富士通フランス ビジネスアナリストのレオ・リチャード氏は「(AI CoEの)スタートアップが持つ技術群に“目利き”をかけ、私たちの顧客の課題解決のためにソリューションとして提案している」と語る。つまり、フレンチテック・スタートアップと最新ソリューションを求める顧客の中間に富士通が立ち、双方の橋渡し役を務める構造だ。スタートアップ側は事業拡大、顧客側は最新技術を享受するメリットがある。「既にスタートアップ数社と協業関係を構築している」(リチャード氏)という。

AI CoEが拠点を置くのは、Ecole Polytechnique(エコールポリテクニーク)内に設置されインキュベーションセンターだ。仏トップクラスの理工系教育機関に拠点を置くことで、「最新技術情報が入手でき、顧客にソリューションを最速かつ的確に提案できる」(リチャード氏)というわけだ。

FrenchTech Fujitsu Leo

Léo RICHARD(レオ リチャード)/ 富士通フランス ビジネスアナリスト。Fujitsu Digital Business Solutionsの一員として、富士通AI研究所でフランス企業にAIを実装する業務を行う。ジュネーブ大学卒業、パリ政治学院とFGVサンパウロ大学院修士課程卒業。(写真:本人提供)

日仏のスタートアップをマッチングさせて新たなバリューを創出しようという試みもある。元ソニー会長の出井伸之氏が代表を務めるクオンタムリープが2019年10月に発表した「日仏 スタートアップ・クリエイティビティ・チャレンジ」(SCC)がそれだ。日本進出を目指すフランスのスタートアップとフランス進出を目指す日本のスタートアップの間にクオンタムリープが入り、日仏両国でのクロス事業展開を支援する。 出井氏は1960年代にソニーフランス設立に従事したフランス通で、キーパーソンとのネットワークや市場に対する知見が豊富。フレンチテック・エコシステムと日本のスタートアップ・エコシステムを接続する役割を担う。 では、フレンチテック第2フェーズの注目領域は何か――。

現地事情に詳しいジェトロ・パリ事務所長の片岡氏は、スマートシティ(あらゆるモノやサービスがインターネットなどでつながる都市)を筆頭に挙げる。「スマートシティの大規模事業がフランスでも日本でも立ち上がりつつある。スタートアップから老舗まで、日本企業にとっても大きな商機がある」(片岡氏)と言う。

例えば、フランス中部の地方都市ディジョンでは、今ある都市全体をスマートシティに転換させる世界初のプロジェクトに着手した。ユニークな発想と最先端技術を社会実装する壮大な実験場となる。日本ではトヨタ自動車が実験都市「Woven City」のコンセプトを発表したばかり。2021年から静岡県裾野市で建設を開始する予定だ。

フレンチテックとジャパンテックが相乗効果を発揮する有望連携領域と言えるかもしれない。

FrenchTech JETRO kataoka

片岡 進(かたおか すすむ)/ ジェトロ・パリ事務所長。経済産業省、副大臣秘書官、繊維課長、内閣官房日本経済再生総合事務局参事官(総合調整担当)などを経て、2016年7月より現職。フランス滞在歴は累計20年を超える。(写真:INITIAL編集部)

第2部では、フレンチテックのユニコーン企業や有望企業について詳報する。 (取材・執筆:藤野理沙、編集:INITIAL編集部、デザイン:廣田奈緒美)

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