「スタートアップ投資環境は日々進化をしており、今や伝統的なシリコンバレーの投資家までも、世界中のスタートアップへの投資を模索し始めています。」
そう語るのは、アメリカのベンチャーキャピタルFresco Capital(フレスコキャピタル)ゼネラルパートナーの鈴木絵里子氏だ。
フレスコキャピタルは2012年に創設。投資対象は、働き方・教育・デジタルヘルス分野で課題解決をするシード〜アーリー(創業初期)ステージのスタートアップで、世界の30都市をカバーしている。
エストニアのPipedrive(パイプドライブ)社、サンフランシスコのEvidation Health(エビデーション・ヘルス)社など現在60社以上に投資を行い、10社以上のEXIT実績がある。
本記事は、グローバルスタートアップの知見を有する鈴木氏による寄稿。
今や経済界やテクノロジー業界のみならず、社会全体に大きな影響を及ぼす動きになっているスタートアップ。その背景について詳しく解説してもらう。
グローバルスタートアップに投資する立場から、これまでのスタートアップ環境を語る上で重要なポイントをお伝えします。
まず世界の時価総額TOP10を見てみましょう。
ランキング上位10社中7社がテクノロジー企業です。
アメリカのGoogle(グーグル)、Apple(アップル)、Facebook(フェイスブック)、Amazon(アマゾン)やMicrosoft(マイクロソフト)、中国のTencent(テンセント)、Alibaba(アリババ)。
7社中4社は2000年代に上場しており、かつて「スタートアップ」であった企業の躍進がうかがえます。
世界的にスタートアップが広まった4つの背景
なぜこの10年間でテクノロジー企業を中心としたスタートアップが躍進したのでしょうか。また現在では、どのように成熟化しつつあるのでしょうか。
1点目は技術の進化です。
スマートフォンの発達やインターネットの高速化、クラウドサービスの普及により、起業してまもない企業がコストを抑えながらビジネスを拡大することが可能になりました。また技術の進化により、フリーミアムやSaaSなど新たなビジネスモデルの誕生にもつながっています。
(Photo: Sergey Nivens / Shutterstock)
2点目は中間層の台頭です。
経済成長による貧困削減で中間層が台頭し、デジタルツールの需要が拡大しています。技術の進化もあり、製造・金融・ヘルスケアなどあらゆる業種のデジタル・トランスフォメーションが世界的に広まっています。
アメリカのシンクタンク・ブルッキングス研究所の調査によると、世界の中間層は2000年代の15億人前後から2015年時点で30億人と倍増し、2030年には50億人以上にものぼると予想されています。特に今後インド・中国・東南アジアなどアジア諸国での増加が見込まれています。
3点目は豊富な資金流入です。
2008年のリーマン・ショック後に世界的に広まった金融緩和を背景に、スタートアップへの資金流入が増えています。
アメリカの過去10年におけるベンチャーキャピタル投資額の推移を見ると、2008年以降上昇トレンドが見られ、2016年以降は運用額が数千億円以上を超える「メガファンド」の設立も相次ぎました。例として、ソフトバンクによるビジョンファンド(1,000億ドル、11兆円規模のファンド)があげられます。
今後はメガファンドの投資パフォーマンスがより注視され、スタートアップの資金調達にも影響してくると想定されます。
4点目は各国政府の支援です。
この10年間、イノベーションへの期待の高まりから、国策としてスタートアップ・ハブを形成する動きが世界的に加速しました。
例えば日本の「J-Startup」、フランスの「French Tech(フレンチ・テック)」、エストニアによる「スタートアップエストニア」機関によるスタートアップビザ政策などがあげられ、各国スタートアップ・エコシステムの創出に政府が貢献してきました。
ただし、直近ではスタートアップへのポジティブな支援ばかりではありません。
アメリカでは、外国企業からアメリカ企業への出資を監視する動きや、移民受け入れを大幅に制限する動きも見られます。
以上4点により、世界的にスタートアップの環境は追い風を受けてきましたが、今は成熟期に入ってきた状況です。
シリコンバレーの一極集中から多様化へ
スタートアップ=アメリカ・シリコンバレーのイメージは根強いですが、直近ではアメリカにとどまらない多様化や複雑化が進んでいることも大きなトレンドです。
世界のベンチャーキャピタル投資件数の地域別割合を見てみましょう。
1990年代半ばまでは95%以上をアメリカが占めていましたが、直近5年間でアメリカの割合は60%前後まで落ち、代わりにヨーロッパやアジアが台頭しています。
伝統的なシリコンバレーの投資家までも世界中のスタートアップへの投資を模索し始めています。
フレスコも投資の観点から次のシリコンバレーを探すのではなく、世界中で30都市を見ています。
特にニューヨーク、ロサンゼルス、上海、北京、ロンドン、パリ、テルアビブ(イスラエル)、タリン(エストニア)、ストックホルム(スウェーデン)、バルセロナ(スペイン)、トロント(カナダ)、シンガポール、ジャカルタ(インドネシア)、バンガロール(インド)、香港など英語話者が多く開かれたコミュニティーがある都市に注目しています。
かつて、ヒト・カネ・モノ・情報などリソースの多くはシリコンバレーに限られていました。
現在はスタートアップの事業成長を支援するアクセラレーターやスタートアップの事業アイデア具現化を支援するインキュベーターは世界中に存在し、どの場所からもアクセスが可能になっています。
リソースが充実することにより、拠点に対する考え方も変わりつつあります。
顧客や投資家に近いアメリカを本拠に置いてエンジニアを自国で抱える形態から、アメリカに拠点を置かずに世界中に分散化したチームで発展を遂げるグローバルスタートアップが増えています。
例えば、フレスコ投資先のCRM(顧客管理)ツールを提供するパイプドライブ社は、エストニアを本拠地に置き、早い段階からバルセロナやインド、ベトナムの開発チームを雇い、各大陸での展開も進めています。
資金の流入や政府の支援の後押しもあり、スタートアップはアメリカ一強の流れから多様化が進み、世界各地から発展する流れにシフトしたのです。
テクノロジー企業の「インフラ化」が進む
引き続きあらゆる産業で変遷が生じ、テクノロジー企業がインフラ化して人々の生活に大きな影響を及ぼして行くことが想定されます。
FacebookとGoogleが広告業界に与えた影響を例に挙げましょう。
同社はテクノロジーを用いてデジタル広告のプラットフォームを作り上げ、伝統的な広告業界が成し得なかったデジタル広告の市場を創造し、今はインフラとなっています。
しかし、現在では社会に利益を与え市場を開拓してきたテクノロジー企業も万全ではありません。
個人データの乱用や選挙への干渉などの課題もあり、GAFAなどテクノロジー企業への反発を意味する「テックラッシュ(techlash)」の動きも見られています。
マーク・ザッカーバーグCEOが運営するFacebook(フェイスブック)は個人情報の流出や虚偽の情報を拡散するフェイクニュース問題を起こし、世間から批判の声が上がっている。(Photo: Aaron-Schwartz / Shutterstock.com)
スタートアップを取り巻く環境は、よりグローバルに変化し、複雑化しています。
スタートアップや政府機関、大企業、投資家などは「ユーザーの価値創造をする」高度な動き方が求められています。
各々が明確なミッションを持った上で、スタートアップ・エコシステムの協業を図ること、規制の尊重や倫理感をより重視することが必要です。
この様な複雑化した環境は、大きな機会をも意味するのではないでしょうか。
寄稿者プロフィール:鈴木絵里子(すずき・えりこ) Fresco Capitalゼネラルパートナー。4歳からアメリカ、カナダ、中東など海外で暮らす。カナダ・マギル大学卒業。モルガン・スタンレー、UBS証券で投資銀行業務、COACHで財務企画に従事。2015年よりアメリカ・ドローンベンチャーの日本立ち上げに携わる。2016年より社会的投資を行うミスルトウ投資ディレクターに就任。
(寄稿:鈴木絵里子、編集:藤野理沙、デザイン:廣田奈緒美)