スタートアップ最前線
月額・年額課金などサービス利用に応じた継続課金である「サブスクリプション」。
このビジネスモデルが浸透してきた現代、ユーザーは好きな期間だけサービス利用ができるため、サービスを気に入り、使い続けてもらう重要性は増している。
継続的に使用されるサービスであるために、重要となる仕組みの1つがカスタマーサクセス(顧客を成功に導き、長期的なサービス利用の促進を目的とする活動)だ。
しかしカスタマーサクセスの運用には、課題があるという。その1つが、ユーザーが増加すると1対1でのサポートが難しくなり、ユーザーのリテラシー向上に時間を充てられないことがあげられる。
(画像:Asobica会社資料)
こうした課題を解決し、ユーザーと企業の関係性を変えていく仕組みとして「コミュニティ」に着目したのがcoorum(コーラム)だ。
coorumを運営する株式会社AsobicaCEOの今田孝哉氏は「Forbes 30 Under 30 Asia」のFinance&vc部門に選出されるなど、若手起業家として注目を集めている。
彼らが目指す次世代のカスタマーサクセスのあり方に迫る。
「SaaS」×「コミュニティ」 coorumとは
coorumは、ユーザーのエンゲージメント向上を目的としたコミュニティ構築サービスだ。コミュニティを介在させることで、カスタマーサクセスの担当者とユーザーの一方向の関係から、ユーザー主体での解決を図る。
(画像:Asobica会社資料)
coorumは主に4つの機能を備えている。 1点目はユーザーQ&Aだ。疑問や悩みをユーザー自ら投稿し、それに対し他の経験あるユーザーが回答する形で疑問解決する仕組みである。
(画像:Asobica会社資料)
2点目は掲示板だ。ユーザー同士でノウハウや成功事例、悩みや施策をシェアすることで、同じ領域の事業者から上質でリアリティのある情報を得るこができる。
(画像:Asobica会社資料)
3点目はユーザーの貢献度を可視化する会員ランクシステム。 たとえば掲示板に投稿するユーザーや他のユーザーの疑問に回答してくれるユーザーに対して、会員ランクを付与するイメージだ。
(画像:Asobica会社資料)
会員ランクが上がると、コアなユーザーしか参加できないようなユーザー会や飲み会に参加できる仕組みをつくることで、ロイヤリティをさらに向上させることができる。
4点目はレポート分析機能だ。
(画像:Asobica会社資料)
利用経験によってユーザーがサービスに求めるものは変わってくるが、それぞれのユーザーの状態を可視化することで最適な打ち手を決めることができるようになる。
coorumを使うことによるメリットは主に3つあるという。
(画像:Asobica会社資料)
1つ目はサポートコストの削減。ユーザー同士の間にコミュニティを設けることによって、ユーザー主体で解決していくことが可能になる。
2つ目はエンゲージメントの向上。 ノウハウや解決策をシェアすることによって、ユーザーのアクティブ率向上や満足度UPを見込むことができる。
3つ目は口コミによるユーザー新規獲得。 満足度の高いユーザーが他のユーザーにお勧めするサイクルが生まれることで、新規ユーザー獲得の増加につながる。
コミュニティとカスタマーサクセスの関係
企業のマネタイズモデルは広告モデルからサブスクリプションモデルに替わりつつある。この流れは今後も続いていくことが予想される。
サービスを好きになってもらい、使い続けてもらうことの重要性が高まる中、コミュニティがカスタマーサクセスを進化させると考えcoorumを立ち上げた背景には、今田氏の原体験が関わっているという。
「前職でカスタマーサクセスにおけるSaaSサービスの事業立ち上げ〜運営をしていたので、カスタマーサクセスの重要性を理解していました。
しかしユーザー数が増えてくると、ユーザーをケアしきれず解約になるとか、なかなかリテラシーが上がらず、サポートのコストが上昇する課題があったんですね。
カスタマーサクセスは重要な一方で、1対1のためどうしても労働集約的な特徴があるため中々スケールが難しい。そこにコミュニティを用いることで、ユーザー同士でノウハウをシェアし、疑問を解決していく中でユーザー全員の成長を実現できると考えています。」
【対談】前田ヒロ×今田孝哉
後半は、「SaaSway Conference」にて行われた、株式会社AsobicaCEOの今田孝哉氏と、SaaSスタートアップに特化して投資と支援をする「ALL STAR SAAS FUND」のマネージングパートナー前田ヒロ氏の対談をお届けする。
「ユーザーコミュニティ」とカスタマーサクセスの関係性
前田このビジネスのアイデアはどこで思いついたんですか。
今田前職では、カスタマーサクセスにおけるSaaSサービスの事業立ち上げを行なっていました。そこで実際に多くのカスタマーサクセス責任者の方と接していく中で、多くの企業で利用者が増えるとケアしきれないユーザーも多く出る課題、いわゆるカスタマーサクセスの限界的なものを感じました。
この課題をうまく解決する方法はないか海外を見てみると、多くの企業が「ユーザーコミュニティ」に取り組んでいたんです。 そこで、この解決策に興味を持ち、1度副業という形でコミュニティを立ち上げました。
1年半ほど運用してみてると課題も多く出てきました。そのときFacebookグループを使っていたのですが、Facebook上ではできないこともすごく多かった。
まずはそれを解決するツールをつくろうと考えたのが最初のきっかけです。
前田このプロジェクトが成功すると思った瞬間はいつでした?
今田SaaS企業の先端を走る事業者等に導入いただいて、実際にユーザー間でコミュニケーションが起きた時ですね。coorumを活用いただくイメージが湧きました。
ユーザーコミュニティがユーザーの成長に寄与するんだ、という実感を得ることができました。
前田どういったタイプの企業が一番使用頻度が高いですか。
今田たとえば機能が多く複雑さのあるサービスを運営している企業や、業界特有の知見や情報が必要な領域に関しては、比較的相性が良かったりします。
逆にサービスがシンプルで問い合わせがほぼなく、ノウハウ等も必要としない領域などは、そもそもカスタマーサクセスやサポートの工数自体が少ないと思うので、同時にコミュニティの必要度も低いです。言い換えると、カスタマーサクセスにかかる工数が高くなっている企業は相性がいいです。
前田FAQやカスタマーサポートなど、ユーザーからの問い合わせに対応している企業は多いですよね。 それらをリプレイスするような立ち位置でこれを導入するのか、それとも共存しながらやるのですか。
今田完全にリプレイスしていくというよりは、どちらかと言うとカスタマーサポートと共存していくという形が近いと思います。 イメージとしては、どうしても1対1でしか解決できないような質問や相談はハイタッチ(電話やメールを用いた1対1での対応)で解決していき、それ以外の部分をコミュニティの部分で解決していくようなイメージをしています。
同じ質問に対して毎回1人1人に個別対応していくのではなく、そういったところはできる限り全員でシェアしていきながら、本当にハイタッチで対応すべきところにリソースを寄せていけたら、より精度の高いカスタマーサクセスのチームを作っていけるのではと思います。
SaaSのメリット、デメリット
前田ビジネスモデルをSaaSにしてよかったと思うタイミングはありますか。
今田大きく2つあると思っています。 1つ目は、本当に価値のあるサービスがつくれること。
SaaSは「売って終わりではなく、売ってからが始まり」とよく言われますよね。 サブスクリプションの課金モデルなので、使い続けてもらわないと意味がない。そのため、ユーザーのフィードバックを元に改善をする。
結果としてサービスがどんどん磨かれていき、ユーザーに求められるサービスができ上がってくるという構造があると思うんです。
今田孝哉 // 1993年生まれ。福井県出身。学生時代、音楽フェスを立ち上げ、3年後には県内最大規模に成長。大学卒業後にスタークス株式会社に入社し、1年目にして新規事業の立ち上げに従事。その後、株式会社Asobicaを立ち上げる。世界で最も多くのコミュニティをエンパワーメントするべく、2018年に「fever」をリリース。
前田継続的なサポートがあって、サービス自体もどんどん向上されていくのがSaaSの特徴ですよね。それがビジネスモデルに組み込まれている点は美しいですよね。
今田2つ目は、半年後や1年後といった時間軸でどれだけ利益が出るか予測しやすいので、投資もしやすいんですね。
海外の有名なSaaS企業も投資のアクセルを踏んでいるじゃないですか。売上がある程度予測できているから、あれだけ広告費や人件費に投資ができるんだと思います。そういった点で、継続的な成長がつくりやすい特徴がありますね。
前田逆に何か、苦労した部分はありますか?
今田初期のセールスですね。最初はターゲットでないユーザーにも売ってしまい、カスタマーサクセスも頑張ったのですが、結局うまくいかないケースがありました。
売るべきターゲットを見定めてそのターゲットにしっかりセールスすることはSaaS事業において重要な部分ですが、言葉ではわかっていても初期はやはり大変ですよね。
ターゲティングと価格設定の重要性
前田coorumを代替する手段は他にありますか。
今田代替する手段としては、自前(自社開発)でつくるどうかという部分が一番大きく、スタートアップ等だとまずはFacebookやSlackなどで無料で始める、というケースもあります。
前田価格設定はどのように考えましたか。
今田決めの要素が多いですが、安く始めてしまうと値上げしていくことが難しいという前職の経験があったので、まずは10万円前後で提供を開始しました。少し高めに設定して、売れにくかったら徐々に下げていく方針ですね。
あとはそもそも10万円以上で売れるSaaSでなければ大きなサービスは作りにくいとことを過去のSaaS企業がある程度教えてくていると思うので、まず10万円前後に設定し、あとは微調整を繰り返してきました。
前田よくあるスタートアップの間違いは、起業家自身が自分たちのプロダクトを過小評価してしまうことです。
後々振り返って「最初の価格設定は低過ぎた」とほぼ全員の起業家が思うはずです。まず適正だと思う価格を考えた上で、その2倍の価格を値段付けて、やってみようとみんなに僕は言っています。
前田ヒロ // 2010年、世界進出を目的としたスタートアップの育成プログラム「Open Network Lab」をデジタルガレージ、カカクコムと共同設立。その後、BEENOSのインキュベーション本部長として、国内外のスタートアップ支援・投資事業を統括。2016年には『Forbes Asia』が選ぶ「30 Under 30」のベンチャーキャピタル部門に選出される。世界中で100社を超えるスタートアップに投資を実行。
今田2倍ぐらいなんですね。
前田もし高過ぎて駄目だよと言われない限りは、2倍の値段を続ける。
今田最初の価値はどう決めるんですか?
前田いろいろな考え方がありますが、もし代替する手段があるならば、代替策の価格帯を調査します。 もし競合他社が5万円で提供していて、競合他社よりいい価値が提供できれば価格も高く設定できます。
逆に競合他社より機能性が低いのであれば、価格も低く設定しないといけません。
代替する手段がないのであれば、同じように解決策を生み出すために幾らぐらいかかるかを算定して、それをベースに金額を決めることが多いですね。
今田どのタイミングで「価格設定が低かった」と気付くものなんですか?
前田結構すぐ分かりますよ。 ユーザーとの商談で価格の話が全く触れられずに「うん、分かった」という反応であれば、それは圧倒的に安いことを示している思います。
「ちょっと高いな。でもうちには必要なんで頑張ります」みたいな反応が一番いいですよね。
今田少し渋るような反応ですね。
前田たとえばSalesforceは、正直、ちょっと高いなと思っちゃうんですよね。でも、一番セールスノウハウと実績があるので、どうしても買うしかない。
うちの投資先にも、「とりあえずSalesforce導入しろ」と言っていますが、みんな高いと言っているんですよね。でも、それぐらいの感覚がちょうどいいんですよ。
今田渋られなかったら、変えないといけないんですね。
前田今感じている課題はありますか。
潜在的なターゲットを見極めるには
今田ターゲット企業に届けるという部分について、まだ課題があると思っています。
前田最初は一番刺さっているユーザーの属性にフォーカスさせて、その人のためだけに作るのがいいと思います。
ただ、いつもと違う業種とか業界のユーザーが入ってくると思ったときには、注意した方がいいです。それが進化するヒントだったりします。
今までSaaS業界ばかりだったが、医療業界からユーザーが入ってきたら医療業界に進出するサインかもしれない。
今田逆に止めない方がいいと。
前田止めない方がいいと思います。連絡が来ているということは、どこかにニーズがあるということです。 いつもと違うタイプのユーザーがいるのであれば、さらにもう10社、100社と潜在的にユーザーがいる可能性があるかもしれない。そこは考え抜いた方がいいですね。
今田リスティング広告等からターゲットでないユーザーが入ってくる度に「意外とここもニーズあるのか」と思いますね。そこはある程度売ってみてから判断していった方が良いということですね。
coorumの目指す「熱狂」とは
前田最後に、サービスの未来をどう描いていこうとしているのか、どのような事業にしていきたいかをお聞かせください。
今田大きく2つあります。 まず1つは中長期的にユーザーコミュニティを活用した共創モデルをより広めていきたいです。 海外だと当然になっている一方、国内では一部の企業しか実施していないので、数年後は一般的に行われているようにしていきたいですね。
かつては「カスタマーサクセス」の概念や言葉の意味が分からない人も結構多かったと思うんです。4年前にカスタマーサクセスのSaaSを立ち上げていた時は、少なくともそのような状況で、概念を話すところからのスタートでした。
それでも今は当たり前のようになっているじゃないですか。それと同じ流れがユーザーコミュニティにも来ると思うので、これから 1、2年後に多くの企業が実施している施策にしていきたいと思います。
2つ目は長期的かつ大きなテーマです。 これからは「安い」「早い」「便利」といった機能的価値の提供は、GoogleやAmazonのような企業に集約されていくといった印象があります。
機能的価値は重要な一方で、その揺り戻しで今後は「つながり」や「共感」といった精神的価値がより一層求められる時代になるんじゃないでしょうか。
そういった「つながり」や「共感」を自分たちは「熱狂」と捉え、自分たちが熱狂をつくっていく存在になりたいと思っています。その状態をAsobica(遊び化=熱狂化)と定義して、社名にしています。
今はサブスクリプションやSaaS企業向けのユーザーコミュニティなんですが、領域を広げていきユーザー同士のつながりや居場所を広げていきたいと思っています。
(編集・写真:ami)