新型コロナウイルスの影響により苦境に立たされる外食業界とは対照的に、接触リスクの低いフードデリバリーのニーズは高まっている。
しかし、Amazonは2019年6月にはフードデリバリーサービス「Amazon Restaurants」を終了するなど、巨大プラットフォーム企業も撤退を迫られる厳しい市場だ。
グロービス・キャピタル・パートナーズの山本絢子氏は、「本質的な差異のない同類サービスが混在する状況のため、フードデリバリー各社の戦略の変化が求められる時代」と分析する。
日本でも出前館、UberEatsの2強を中心に競争が激化する中、スタートアップはどう戦うべきか。海外企業の現状を踏まえ、資本力に劣る日本のフードデリバリースタートアップの可能性について寄稿してもらった。
7か国からユニコーンは13社。群雄割拠のフードデリバリー
グローバルの食関連スタートアップで、10億ドルのバリュエーションに達している企業は合計25社あり、その内半数以上の13社が飲食のオンデマンドデリバリー(以下、フードデリバリー)領域でのサービス提供を行う。ユニコーン13社の累計調達額を合計すると約168億米ドルに達し、投資家のフードデリバリーへの期待値の大きさが窺える。(出所:TechCrunch「unicorn-leaderboard」)
国別でみると、これまで10以上のユニコーンを輩出したスタートアップ投資の盛んな中国、アメリカ、イギリス、インドだけでなく、コロンビア(Rappi)、ブラジル(iFoodi)、スペイン(Glovo)でもユニコーンが誕生している。
上場企業を見ても、アメリカのUberやGrubhub、中国の美団点評(Meituan Dianping)等、複数のフードデリバリー企業が存在する。
Amazonも2015年からフードデリバリーサービスをイギリス・アメリカで展開していたが、UberやGrubhubとの競争の激化から十分なシェアを得ることができず、2019年には2か国から撤退している。
上場・非上場含め多数のプレイヤーが参入・撤退を繰り返し、フードデリバリー業界は群雄割拠の様相を呈する。
3つの収益化戦略、「スーパーアプリ化」「集約化」「クラウドキッチン」
激しい競争環境下で、各社の戦略は「売上の追求」から「収益をどう生み出すべきか」の方向に変化しつつある。
アメリカのDoorDashやインドのSwiggy等、投資余力のあるプレイヤーは各国で売上成長のために、クーポンのばらまきや長期プロモーションの実施、大手レストランチェーンとの独占販売契約の締結など、急激なエリア展開を行ってきた。多額の資金調達によってキャッシュを潤沢に確保したプレイヤーほど、有利な戦いであった。
しかし、プロダクトに本質的な差異のない複数の同類サービスが混在する状況では、ユーザーは一つのサービスだけを利用し続ける利点はない。
現在、ユーザーはその都度一番良い条件(価格・選択肢)で注文できるサービスを利用しており、各社はユーザーあたりの利用回数、単価を伸ばすことに苦戦している。価格競争を勝ち抜くために、安価に契約できる配達者でコスト削減を図り、薄利多売の構造に陥る課題も生じている。
この状況から脱するためには、収益性の向上が急務となる。
そこで既存のグローバルプレイヤーがとる収益化戦略は、大きく3つに分類される。
「スーパーアプリ化」については、中国の美団点評、米国のUberが代表的な事例だ。
フードデリバリー以外のサービスもワンストップで提供する「スーパーアプリ化」を進めることで、顧客のLTV(一定期間内に商品やサービスを購入した金額の合計)の向上を図っている。
美団点評は「Food+Platform Strategy」と呼ぶ戦略を取る。
フードデリバリーという日常的に利用するサービスで顧客を獲得し、ホテル、美容院、映画の予約等を一つのアプリで完結させる。このプラットフォーム上では、アクティブユーザーは年間平均で25.5回の取引を行っている。
Uberは配車サービスとして事業を開始したが、配車サービスのアプリからでもUber Eatsにアクセスできるよう、将来的にアプリを統合する計画を2019年に発表している。
また、配車やフードデリバリー、モビリティシェアリングのサービスを定額で利用できるサブスクリプションサービスの提供テストも開始している。
流入してきたユーザーに対し、自社サービスへのクロスセルを促す仕組みを構築することで、これまで多額投資してきた顧客獲得コストの回収を図る。
「集約化」はアメリカのUber、中国のEle.me、ドイツのDelivery Heroの事例が参考になる。
2020年1月にUberはインドでのフードデリバリー事業をZomatoに売却。また2020年5月にはUberがGrubhubの買収を交渉中であると報じられている。
中国ではアリババグループが2018年4月にフードデリバリー大手のEle.me(饿了么)を95億ドルで買収し、完全子会社とした。2018年10月にはアリババグループ傘下のKoubei(口碑)とサービスを合併・新たに持ち株会社をつくり、中国の競合・美団点評(Meituan Dianping)に対抗する形を見せている。
ドイツのフードデリバリー大手Delivery Heroによる、韓国の同業最大手Woowa Brothersの買収も報じられており、買収後の評価額は40億ドルに達する。この買収はWoowa Brothersが韓国でのフードデリバリービジネスの激しい競争に耐えきれなかったことが背景にある。
2015年にはWoowa Brothersの最大の競合であるヨギヨがDelivery Hero傘下に入ったように、韓国のフードデリバリーは集約化されていく可能性が高い。
Delivery Heroは合併を通して世界でフードデリバリーを展開する 出所:Delivery Hero公式HP
各社はこれまで積極的にエリア拡大を行ってきた。しかし競争が激化する中では収益性が見込まれるエリアにリソースを集中して投下する必要がある。Uber等の事例のように、撤退や合併は今後も更に進むと考えられる。
「クラウドキッチン」については、インドのSwiggyの事例を見てみよう。
Swiggyはデリバリー利用客の集客と配送を行うだけでなく、飲食スペースを持たず、持ち帰りでの商品提供も行わない、デリバリー専業のクラウドキッチンサービス「Swiggy Access」も提供する。
Swiggyが確保したキッチンスペースを提携先となるレストランに提供することで、レストランは負担する初期投資を最小化し、調理のみに集中することができる。Swiggy側のメリットは、レストランの獲得コストの低下、拠点の集約による配送時間の削減、レストランからのテイクレート増加の3点にある。
これらのメリットにより、同社は提携レストランを5万店舗以上まで増やすことに成功。更にSwiggyは提携レストランの商品だけでなく、自社プライベートブランドもSwiggy Access上に展開する。
Swiggyはプライベートブランド「The Bowl Company」「Homely」等を立ち上げ、原価・配送費を除いた利益を100%享受できるモデルを構築。調理から配達までを全て自社のプラットフォーム上で行う垂直統合化により、収益最大化を図っている。
日本で先行するLINE、Uberの2社は顧客獲得を優先
「顧客獲得フェーズ」から、既に「収益化フェーズ」を見据えた動きが展開されている世界のフードデリバリー。
一方日本では、寿司やピザをお店に届けてもらう「出前文化」は古くから存在していたものの、複数のレストランを比較して注文できるフードデリバリーが普及を始めたのは2016年にUber Eatsが日本に上陸してからのことだ。
海外に比べてフードデリバリー市場の勃興が遅れたため、国内でフードデリバリーを展開するプレイヤーは「収益化フェーズ」にはなく、積極的なクーポン配布・マスマーケティング等を通じた、「顧客獲得フェーズ」にあると見られる。
◆LINEグループ
LINEグループは2020年3月26日に日本最大級のフードデリバリーサービス「出前館」に対し300億円出資を行うことを発表。LINEが複数の機能を備えた「スーパーアプリ化」を実現させる一手だ。本出資によりLINEグループは出前館の株式を約60.9%保有する。LINEのフードデリバリー事業参入への本気度が窺える。
出所:LINEグループ公式HP
LINEの強みであるマーケティングと位置情報、出前館の加盟店営業力を活かし、デリバリー以外にもテイクアウト、イートイン予約など、飲食店のサービスを網羅的にカバーする「総合フードマーケティングプラットフォーム」を目指すとしている。
当面はフードデリバリー事業単体での収益化は目指さず、市場シェアを高めるための投資を行うと考えられる。当事業単体での収益よりも、LINEグループの顧客LTVを最大化させるための一事業としての期待の方が大きいのではないだろうか。
◆Uber
グローバルでは配車サービスとフードデリバリーを合わせた展開によってスーパーアプリ化を図るUber。
日本国内において配車事業はタクシー会社へのシステム提供に軸足を置く一方、Uber Eatsは2016年9月に開始してから3年で1万店舗を超えるまでに成長している。
現在はライドシェアサービスが認可されていないため、Uber Eatsによる将来的な収益化を実現するために、当面は顧客獲得を優先するものと考えられる。
更に2019年8月には試験的にローソンと連携し、食料品の配達と合わせて日用品の配送なども行っていることから、顧客単価向上を通じて収益化できるようなモデルの構築も模索し始めている。
出所:ローソン公式Twitter
日本のフードデリバリー市場は「LINE&出前館」と「Uber Eats」の2強が中心だ。現時点の2社にとっての最優先課題は顧客獲得をいかに進めるかであり、その先に収益化に向けた取り組みも見られるであろう。
スタートアップが取るべき生存戦略
資金力やネットワークに強みのある2社が既に存在している中、日本の後発スタートアップはどう戦うべきか。
現在の日本のフードデリバリー領域のスタートアップを整理したものが下図になる。累計調達額は最大でもシンの2.35億円と、調達規模が小さい。
事業展開の遅れを資金力によって挽回する戦略をとることは、創業間もないスタートアップには難しい。これまで複数のフードデリバリースタートアップが誕生したが、撤退の事例も珍しくない。
現在レシピ動画サービス「クラシル」を提供するDelyは2014年設立当初、フードデリバリー事業を行っていたが、2015年には撤退。同じく2014年に設立したbento.jpも日本フードデリバリーに事業譲渡を行っている。
しかし、フードデリバリーは地元のレストランの加盟店獲得を地道に行う必要があるビジネスでもある。グローバルでは複数の国でユニコーンが誕生しているように、市場が1社によって独占されることも考えにくく、参入余地は残されている。
国内の後発フードデリバリースタートアップの戦い方は、「クラウドキッチン」にヒントがある。
クラウドキッチンを運営するスタートアップは国内にも複数社存在する。
X Kitchenは一つのキッチン内で複数ブランドを自社で運営するモデルでサービス提供を行っている。cookpyは飲食店が空き時間にキッチンスペースを活用し、売上を得る「cookpyクラウドキッチン」を提供する。
cookpyから提供されたメニューを調理し、UberEats等のデリバリーサービスで販売する(デリバリーサービスへの登録はcookpyが行う)ことで、売上高の10%を受け取る仕組みだ。
2社とも、現時点では配送サービスには踏み込んでいない。キッチンスペースや人材の共有化による設備投資費・人件費を削減することで、飲食店に新たなビジネスを提供する。
一方、クラウドキッチンとは異なる戦略をとるスタートアップも存在する。
2019年に創業したシンのChompyは、大手チェーンの加盟店獲得を行うのではなく、地元のレストランの獲得をすることで、より高品質な食の提供を目指す。
オフィスでの利用を想定したグループ注文機能を実装することによって、他社ではギグワーカーに圧力をかけることでしか実現されていなかった「配送コスト削減」に取り組んでいる。
出前館とUberEatsの大手フードデリバリーは、シェア獲得に向けた資本力勝負が今後も続くと予想される。フードデリバリー領域に限らず、コロナショックよってベンチャーへの投資額は減っていく中で、ベンチャーとしては、真っ向勝負をするのは悪手だ。
しかし、消費者やレストラン側からの需要という観点では、フードデリバリービジネスに追い風が吹いている。後発のスタートアップであっても、外部要因によってトラクションが出やすい状況が想定される。
しかし、それは同領域の他のプレイヤーにも通ずることだ。自社の競争力につながる、「質の高い」トラクションを生み出すことに集中しなければ、アフターコロナの世界で勝ち続けることはできないだろう。
(寄稿:山本絢子、編集:三浦英之、デザイン:石丸恵理)
寄稿者プロフィール:山本 絢子(やまもと・あやこ)/ 1992年生まれ。上智大学国際教養学部卒。アクセンチュア株式会社 戦略本部にて、新興テクノロジー(IoT・AI・AR/VR等)のビジネスへの組み込みを前提とした中長期戦略の立案・新規事業開発を支援。2018年6月、グロービス・キャピタル・パートナーズ入社。以降、ベンチャー投資・支援業務に従事。