スタートアップ最前線
「広告」としてスポーツ選手が消費されているー。
2025年に国内で市場規模が15兆円になるとも言われるスポーツ業界には、NIKEやアシックスなど、高い知名度を誇る企業が数多く存在する。そういった企業とスポンサー契約をしている有名選手は注目も高く、契約できれば選手は安泰というイメージを持つ人も多いのではないか。
しかしその印象とは裏腹に、多くの契約選手が引退後の生活に不安を抱えている。
その課題の解決を目指すスタートアップがTENTIAL(テンシャル)だ。「打倒NIKE」を掲げ、創業から1年半にも関わらず累計で1億円以上をすでに調達している。
彼らはユーザーのデータを活用し、既存メーカーの課題点を突くビジネスモデルを活かして、急成長を目指す。
選手を消費するだけのスポンサー契約に対して、TENTIALが示す新しいスポンサーの形とは?彼らが目指す、「スポーツメーカーの新しい形」を探った。
消費されるスポーツ選手
先日インソールのD2Cプロダクト「TENTIAL ZERO」を発売されましたが、なぜスポーツ業界に参入を決めたのですか?
意外と知られていないスポーツ業界が抱える課題として、「選手のスポンサー問題」があります。
既存のスポンサー契約は制約が多く、「活躍する選手に対しては多額な金額を支払い、活躍しなくなったら支援しない」という選手を消費する契約が大多数でした。
例えば、世界のトップブランドであるNIKEも、引退した選手や選手生命が絶たれた選手に対してあまり支援できていないのが現状です。
それにより、引退後のセカンドキャリアに苦しんでいる選手が大勢います。
「現役時に、引退後の生活安定に繋がる活動をすればいいのでは?」と考える方も多いと思いますが、実は契約の関係上スポンサー企業に関係ない活動が許可されることは少ないです。
そのため多くのスポンサー選手は、知識を活かして講演をしたり、コーチとして人に教えたり、他社でビジネスを学んだりすることが難しいのが現状です。
そのようにして現役中にスポーツメーカーと契約し活動を制限された結果、引退して契約を切られ時に「何も残っていない」選手が多いんです。
この慣例は、社会的に負を含んだ「選手を消費する」仕組みです。
日本でも若くてまだ働けるにも関わらず、引退後のキャリアに苦労する選手を大勢見てきました。
スポーツ選手も現役中にビジネススキルを身につけられれば、引退後も活躍できまるはずです。
それこそ体力や気力を活かして、「後継者不足で悩んでいる地方の優良企業に入って盛り上げる」といったこともできるんじゃないでしょうか。
中西裕太郎(なかにし・ゆうたろう)/ 高校時代はサッカーインターハイ出場経験あり。Infratop(現DMMグループ)創業期メンバー兼事業部長としてWEBCAMPを牽引。リクルートキャリアでは当時最年少社員として新規サービスの事業開発や財務戦略を担当。2018年2月Aspole(現:TENTIAL)を創業。
こういった「スポーツ選手のセカンドキャリア問題」は、選手消費型のスポンサー契約を行っている企業の影響は大きいです。その状況を私たちが変えたい。
既存の企業も、スポンサー契約の形を徐々に見直していますが、TENTIALはそれに先立って取り組みたいです。
課題があるにも関わらず、解決に向けた具体的な行動を選手が起こせないのはなぜですか。
選手自身に生活を設計する知識がないことが理由です。
スポーツ選手にとって重要度が高い課題は「お金」です。お金について考える時、短期的だけでなく中・長期的な視点も重要だと考えています。
現役中にもらえるスポンサーからの短期的なお金は、もちろん生活の大きな割合を占めます。しかし引退後を考えると、現役中しか出会えない「応援してくれる人」を増やし、それをお金に繋げる仕組みをつくることが、持続可能な人生設計をする上でより重要です。
しかし、この視点を持っている選手は多くありません。
自分でファンを育成し、引退後もお金が継続的に稼げる仕組みをつくる。そのために必要なスポンサー企業と契約するための目利き力が、選手に求められているんじゃないでしょうか。
TENTIALが目指すスポンサー契約の形は、持続可能なスポンサー関係だと。
そうですね。持続可能なパートナーシップを選手と企業で築く、スポンサー2.0の形を目指しています。お金だけでなく、選手が生活に困らない「目利き力」を得られる関係をつくりたいです。
企業が選手の知名度を使ってファンを刈り取って終わりではなく、選手と一緒にファンを増やし、中長期的にお互いが利益を還元し合える環境づくりを目指します。
例えば、企業はお金だけではなく、選手がファンを増やせるようにSNSの発信方法などを教えます。選手の情報を知らないがためにファンでなかった人に、SNSを通じて情報が届くようになり、ファンが増えます。
選手を通じてファンはスポンサー企業にも好意をもち、商品を買う。その利益が、選手に還元される。その結果、より選手のファンコミュニケーションも活発になる。
またスポーツ選手との接点が増えるため、彼らがもつ知識やノウハウをユーザーや企業に還元できるようになります。
TENTIALでは、この一連のサイクルをつくりたいです。
この選手、企業、ファンの3者が恩恵を受けるサイクルを回すには、ITやWebの知識が重要だと考えています。
私たちのように、スポーツ選手だけでなくITにも精通した人材もいる企業は非常に少ないのではないかと思います。
だからこそ、私たちがこの領域に取り組む意義があります。
スポーツ業界で広がる情報格差
新しい支援の形を実現するには、既存の企業とも競合する部分が出てくると思います。資本力や強力なブランドを有するそれらの企業に、どのように挑むのですか。
確かにスタートアップである私たちが、いきなり既存の企業に替わって選手を支援するのは難しいです。
支援できる体制をつくるためにも、まずはビジネスを成り立たせ企業として安定する必要があります。
そこで私たちが核となる事業の種として注目したのが、スポーツ業界が抱える「消費者の情報格差」問題です。
昔はスポーツ用品を扱う小売店が多く存在し、ユーザーにとって用具の購入場所だけでなく、スポーツに関する知識や情報を提供する役割も担っていました。
スポーツの上達方法や悩みの相談を店員にしたことがある人も、多いのではないでしょうか。
しかし現在はECサイトでの購入が広がったことで、多くの小売店が閉店しました。その結果、ものは購入できても情報が手に入りにくくなりました。
リアル店舗が近くにある地域や専門家に聞ける環境をもつ人は情報を簡単に得られますが、必ずしもそうではありません。特に地方では、一層情報を得るハードルが高くなっています。
その結果、ユーザーの間でスポーツの知識や情報の偏りが生まれました。
偏りの何が問題なのでしょうか。
一番私たちにとって身近な問題は、「買うべきものが分からない」ことです。
Amazonや楽天市場といったECサイトで物を買うとき、一度買ったことのある商品であれば事前知識があるため迷わずに買えます。
しかし、これから競技を始める選手や新しい競技に挑戦したい人は、Amazonに書いてある情報だけでは自分にとってどれが適切な商品なのか分かりません。
「このスポーツはこんな身体の動きをするから、自分の体格にはこれが合う」といった知識がないからです。
みなさんの中にも靴やラケットといった用具の選び方を、ネットで検索したことのある人はいるんじゃないでしょうか。
「NIKEを倒す」方法
具体的にどのようなビジネスモデルで、課題を解決するのですか。
メディア × D2C(Direct-to-Consumer)のモデルで勝負していきます。
スポーツ領域の成長産業化は日本政府の国家戦略になっており、2025年に約15兆円のマーケットになると言われています。私たちが狙っているマーケットは、15兆円の中で3.9兆円を占めるスポーツ用品市場です。
その上で私たちが勝つための方法として考えたのが、メディアで情報を集め、それを元にユーザーのニーズに沿った商品をつくる形です。
小売店の閉店によりネットで情報を探したり購入する人が増え、スポーツ用品に関するインターネット検索が、ここ10年で急増しています。
そこでスポーツ情報メディア「SPOSHIRU(スポシル)」を立ち上げ、従来の小売店が発信していた情報を網羅的に発信することで、スポーツに興味をもつユーザーを面で抑えにいきました。
(画像:公式ページより)
メディアでスポーツに関する検索流入を抑えられたため、世の中では何が今売れていて、どういったニーズがあるかを自社で分析できるようになりました。
メディアから分かったニーズを満たす最適解が、インソールだったと。
そうですね。メディアから得られるデータを分析したところ、足に関する悩みを抱えているユーザーが急増していました。
そこで、LINE@でニーズの検証用アカウント「足の相談所」をつくり、ユーザーの声を集めました。その結果、一般の人だけでなくプロ選手やトレーナーも相談にくるなど、予想以上にペインが大きいことが分かりました。
そこでその課題を直接解決するために、自社でインソールの製造を決めました。
特徴としては、私たちが作るインソールは他のインソールと違い、日常での使用を考えてつくっていることです。
スポーツ用のインソールを製造するメーカーは多いですが、日常のコンディションを整えるインソールを売っている会社はほとんどありません。
消臭や靴擦れ防止の商品は既にありますが、腰痛防止や疲労の軽減といったコンディショニング領域に取り組んでいるプレイヤーはいないので、そこをまずは開拓していきます。
課題を解決する手段として、D2C事業を選択したのはなぜですか。
大企業との差別化になるためです。
D2Cの肝の1つはものを単純に売るだけでなく、体験も売ることです。
私たちの場合だと得た収益の一部が、「セカンドキャリアの問題を抱えるスポーツ選手を支援に繋がる」という体験を提供します。
もう1つ差別化をする上で重要になるのが、「誰がやっているのか」です。
誰がどんな想いでプロダクトをつくり、どのように社会貢献していきたいか。このストーリー性がD2Cを成功させる要因の1つになります。
私たちの強みは社員の多くが元アスリートであり、私たち自身がスポーツの現場における課題やその解決法を見つけることに強い想いをもっています。
この一連のストーリー性を、まねするのは難しいのではないでしょうか。
また、私たちが持っている情報とD2Cは相性がいいのも理由です。
自社で持っているメディア上では、月間100万人近くのユーザーがサイトを訪れ、数千万円のスポーツ用品の購買が行われています。そこで得られた情報を、プロダクトの設計や購入プロセスの設計にリアルタイムに活かす。これができる企業は、多くはないでしょう。
今後の方針としては、更に差別化を図るために「購入前後」の体験を改善したいと考えています。
購入前の体験で言うと、「商品を選ばなくてもいい」がD2Cの理想形の1つだと考えています。
(画像:Chaay_Tee/ Shutterstock.com)
物が溢れている現代において、顧客はなるべく選びたくありません。大量の情報から自分に合うものを選ぶのは、多くの労力がかかるからです。
たとえば、「自分の体重や体格だと、この商品が合う」といったレコメンドがされ、それを一生気に入って使える方がユーザー的には圧倒的に快適です。
スポーツでは体格やポジション、スポーツ歴によって、最適な商品が大体分かります。
そこで適切なタイミングで私たちから商品をレコメンドし、ユーザーがその商品を買うことで、悩まずに自分に最適な商品を使用できる状態をつくりたいです。
買った後も、クリーニングやメンテナンスといった体験つけることで、継続的なユーザーとの関係性を築く部分にも力を入れていきたいです。
大企業は模倣できない
参入しづらい理由は分かりましたが、某食品メーカーのようにD2Cの形を大企業がスポーツ領域でも模倣する可能性はあると思います。
大企業がD2Cのモデルを模倣してくることは、十分あると思います。しかし、大企業が参入するとき、新規事業として成り立つのかが重要になります。
まさに大企業の日清食品とスタートアップのBASE FOODが、同じ完全食というコンセプトでプロダクトを販売し、競合しています。こういった大企業とスタートアップの戦いは、これからも必ず起こるでしょう。
しかし我々の領域で大企業がD2Cを模倣する際に、越えなければいけない課題が2つあります。
1つ目は、既存のサプライチェーンの改変です。スポーツ業界のサプライチェーンは、基本的にメーカーがモノをつくり、それを小売店が売る形になっています。
D2Cはこの小売店の部分を一切無くし、直接ユーザーにサービスを届けるモデルです。
そうなった時、今まで小売に任せていた部分を全て自社で代替し、売らなければいけません。
また、D2Cでは顧客データの活用が成功への重要な鍵になってきます。そのため、オンラインにおけるデータの取扱に長けた人材を多く要します。
そうした既存の人材や部署の再配置、人材の採用、今までとは大きく異なるビジネスモデルへの対応が求められるD2Cへの参入は、資本がある大企業とはいえ容易ではないと思います。
私たちとしても社内の育成体制や賞与制度、意思決定のスピードといった部分を武器に大企業と戦えば、そう簡単に負けないと考えています。
以前病気を患い「死」を意識したときから、自分が死んだ後に生きた証を残したいと思っています。
「NIKE超え」は圧倒的に高い旗ですが、使命感を持ってこれからも目指していきます。