「ばあちゃんの自慢は、市場には出回らない無農薬米だったんです」
創業のきっかけとなった自身の祖母とのやりとりをこう振り返る小林俊仁氏は、2017年に食のD2Cプラットフォームとしてukkaを立ち上げた。
農家から消費者に対して直接農産物を届けられるプラットフォームは数多くあるが、ukkaがそれらのプラットフォームと一線を画すのは、「物語のある消費」という特徴を持っている点だ。
日本の農業は「大規模低コスト型」と「小規模高付加価値型」の2極化が進むと語る小林氏に、この市場にどう挑むのか話を伺った。
食のファンビジネス「ukka」
小林 われわれが運営しているukkaのコンセプトは、「旬の『おいしい』を、あの人から」。
実現させたいことは、農家にスターをつくることです。 「あの人のつくるものは美味しい」と感動した方や、生産の背景に共感した方々が農家のファンになり、そのファンが購入するだけで在庫が無くなる世界をつくりたいと考えています。
ukkaは、農業・水産・加工品の生産者による厳選された食材を、その背景のストーリーとともに提供する、一次産業のD2Cプラットフォームです。
小林俊仁(こばやし としひと)/ 株式会社ukka 代表取締役 2003年にゲーム開発会社取締役就任後、その北京子会社CEOに就任。 2010年5月から ONE-UP株式会社 テクニカルディレクターを務め、 2011年6月に株式会社Aimingに移籍。2013年5月から最高技術責任者に就任、2015年4月に東証マザーズに上場。 2017年9月に株式会社ukkaを創業。
日本農業は今後、確実に安く食料を手に入れるための「大規模低コスト型農業」と、少量でも価値の高いものを提供する「小規模高付加価値型農業」の二極化が進むと考えています。
「大規模低コスト型農業」は、巨大な農地で効率的に収穫を行う農業として、必要性が分かりやすいでしょう。人間は食べなければ生きていけませんし、日々の食料を安く手に入れたいというニーズは常に存在します。
その一方で、少し高いお金を払ってもいいから、安心安全で美味しい、出自の分かるものを食べたいというニーズもまたあります。このようなニーズに対応する、「小規模だが高付加価値の農業をどう実現させるのか?」という課題意識が、われわれukkaの出発点です。
(画像:ukka会社資料を元にami作成)
安心して食べられる美味しい食材を、顔が見える農家から買いたいといった、「ストーリー性のある消費」をどう増やすかを考えています。
日本はどちらのタイプが多いんでしょうか?
日本の農家の耕地面積は平均すると約2〜3ヘクタールですが、大規模低コスト型の農業を行う際にスケールメリットが効いてくるのが2桁ヘクタールとか、数十ヘクタールとかいった規模になるので、これでは小さすぎます。
じゃあ逆に、高付加価値型に振り切れているかというとそういうわけでもなく、逆にこだわって作っても販路を見つけづらく、価格を上げづらい状況だと思います。
つまり今の日本では、大規模低コスト型の農業と小規模高付加価値型の農業、どちらにも振り切れていないんです。
でも今後、利益を出していくには安く作るか高く売るかしか無いのでこのどちらかに引っ張られていくはずです。
これまで自分の目で様々な国の農産物流通を見てきましたが、たとえばドイツやフランスなど、この2タイプの農業を両立している国もあります。数十ヘクタールの農地を管理する農家もいれば、高級レストランに厳選した食材を卸す農家もいて、それぞれに適した流通がある形です。
小規模高付加価値型の農業を実現させることが、ukkaが目指すゴールというわけですね。
まさにその通りです。ukkaは、先週9月13日にフルリニューアルしましたが、それまでは「予約注文」「オーナー制度」を軸にしたOWNERというサービスでしたので、まずはここから説明しますね。
収穫してしまってから売り先を考えるのではなく、まず売ってから作りましょうよ、ということです。
(画像:ukka公式資料を元にami作成)
まずは生産予定の農産物を深堀りしたストーリー記事と共に紹介し、「1口オーナー」という形で農産物を予約してくれる方をukka上で集めます。募集数に達するか期限が来た段階で、集まったお金を農家に振り込みます。
そこから、農家と消費者お互いに顔が見える関係性がスタートします。「こんなふうに育っています」という写真や文章を農家がukkaに投稿しつつ、最終的には適期に収穫したものを消費者に直送する流れです。
(出所:ukka会社資料)
この流れが実現することで、農家に次のようなメリットが生まれます。
まず経済的な側面としては、生産者側で価格設定ができるだけでなく、収穫の前段階で入金があるため、「収穫して販売できるまでお金が得られない」という従来の農家が抱えていたキャッシュフローの問題を軽減できます。
また、働き方の側面もあります。農業は1年の間で収穫で忙しい農繁期と、比較的余裕のある農閑期に分かれますが、予約分の販売作業は農閑期の間に終え、農繁期には収穫と発送に徹することができます。年間を通して作業の負荷分散ができるということです。
そもそも、普通は流通しないようなこだわりの農産物であっても、ニーズを事前に把握できれば生産が可能になるという面もありますし、それを欲しいと思う方々がファンになっていく素地ができるわけです。
群雄割拠の食のプラットフォーム。ukkaの独自性は?
オンライン上で農産物を取り扱うという点では、ECサイトやふるさと納税も競合になりますか?
小林 たしかに、農産物を単純に購入するのであれば、楽天でも買えますし、産直の仕組みもあり、BASEやSTORES.jpでwebショップを立ち上げている生産者もいます。
それらが提供するのは、効率的に検索して、ほしいものがすぐに届くという機能だと思います。しかし、買って終わり、というだけで本当にいいのか、というのがわれわれが持っている本質的な疑問です。
「待って届く」という点ではふるさと納税も似た仕組みかもしれません。でも、ふるさと納税を行なった先の市区町村を覚えていますか?誰がつくったか言えますか?おそらく答えられないのではないでしょうか。
ニッチかもしれませんが、どこの土地でどう育てられているのか、生産の裏側を理解した上で買いたいというニーズや、どうせなら地方の美味いものを確実に手に入れたいというニーズもまた、存在すると思うんです。
我々ukkaはそのニーズを満たすプラットフォームとして、他のECサイトとは違う「体験価値」を提供できると考えています。
またひとことに農産物のECサイトと言っても、すべてがukkaと競合するわけではありません。例えば食品やミールキットの通信販売を行うオイシックスは、我々と併用される傾向があります。
ヒアリングをして分かったことですが、日常的にはオイシックスを利用しつつ、休日やイベントにはukkaを使うような、いわゆる「ハレとケの日」みたいに使い分けるユーザーが実際にいるんですね。
多くの会社がそれぞれの仮説を基に農産物の販売ビジネスを展開していますが、ユーザーのどのニーズにフォーカスするのかが違う、ということだと思います。
ukkaは販売形態にも特徴がありますね。
小林 9月13日に、ukkaは「総合的な一次産業のD2Cプラットフォーム」としてリニューアルを行いました。 今は4つの販売形態を揃えています。
(画像:ukka公式資料を元にami作成)
これまでの予約注文だけでは、消費者が「届いたものが美味しかったのでリピート購入したい」と考えても、収穫・発送の時期には予約は終わってしまっているので、それができない問題がありました。これを解決するために、都度購入を設けています。
また、「この生産者の卵は定期的に送ってほしい」と思った方に向け、定期便の仕組みも加わりました。
さらに特徴的な取り組みとして、今までの「オーナー制度」を発展させる形で「Farm Membership」という、生産者とシーズン契約を結ぶ仕組みを作りました。
これは例えば、自分のお抱えの漁師を持つことができたり、生産現場で特別な体験ができる権利が得られたり、一定期間特別な契約を生産者と結ぶイメージですね。「魚はこの人」と決めたら、お金を最初に払い込み、そこからは必要な時に必要な魚を獲って送ってくれたり、漁業体験が付いてきたり、といった関係性を作れる仕組みです。
元ゲーム会社CTOとしての経験を、「農家のファンづくり」にどう活かすのか
小林さんはゲーム業界で活躍されていましたが、一転してなぜ農業に目を向けられたのでしょうか?
小林 40歳に差し掛かるとき、このまま60歳まで最前線でゲームを作り続けられるか、改めて考えたんですよね。
「世の中のイノベーションは、デジタルとリアルの狭間で起きる」という考えを持っていたこともあり、IT化が進んでいない分野でこそ、IT業界で培ったエンジニアやPM等の経験や人脈を活かすことができるのではないかと考えました。
IT化が進んでいない業界は色々ありますが、僕の祖父母が農業をやっていたこともあり、彼らが直面する農業の課題は、僕にとっては身近な問題でした。
たとえば祖父母の場合、生産した農産物の9割以上は農協に出荷していましたが、その生産過程もある程度農協が決められているんですね。どういうタイミングでどの薬剤を蒔くべきか指導してもらい、出荷基準通りに卸すということです。
また、その出荷の方法についても、収穫した米を軽トラで運んで、荷台からざーっと下ろすとその地域の人が作った米と混ざって脱穀・乾燥されて、最終的に出荷した重さ x 単価 が銀行口座に振り込まれる、という形でした。
しかし、祖母がたまに自慢していたのは、ほんの一部、農協に出荷しない無農薬で育てたお米の方だったんですよね。「薬を使わなくても米は育つんやぞ」と祖母が言うわけです。
当時は直売所もインターネットもない時代だったので、農協と一緒にやるしかなかったわけですが、もし今であれば、彼女の自慢の米も届けられたかもしれないなと。
小さなニーズも繋げられるインターネットの力を利用すれば、自分も農業で貢献できると考えました。
ニッチな領域に対して、スタートアップとして挑戦する不安はありませんでしたか?
小林 Amazonも最初は「本」から始まったように、ニッチな市場から始まるからといって、ビジネスとして成長できないわけではないと思うんですよね。
また、もしukkaとして「簡単にお得な買い物ができる」というメリットを訴求していたとしたら、その後から高付加価値型に方針転換するのは難しいと思います。
まずは良いものを出し、ファンを少しずつ広げていくことがスタートアップとしてukkaに適した戦略だと思っています。
ukkaのヘビーユーザーの中には、年間数十万円を使う人がいます。日常的に食材を揃えるためにukkaを使うわけではなく、将来の楽しみとしていくつも予約しておいて、届いたら身近な人で食べ、余ったら会社に持っていってシェアするような使い方です。
また、ギフトで一気に数十万といった金額を使う方もいます。
ニッチな市場から攻めているからこそ、見つけられるニーズもあるということではないでしょうか。
ゲームで培った経験は、「ファンを熱くさせる」という点でukkaにも活きているのではないでしょうか。
小林 そうかもしれないですね。
ゲームを愛するファンは、お金を使うだけでなく、ゲーム自体を宣伝してくれたり、ときにはユーザーサポートもしてくれますよね。それと同じような関係性を、農家と消費者の間でも実現させたいと強く思っています。
どんなファンビジネスでも、鍵は完璧な結果だけを見せるのではなく、農家の素の部分が見えるような、「過程」も見せることだと思います。
たとえば、スーパーに置かれたリンゴはどこどこ産、といった情報くらいしかありませんが、例えば「台風が来たけど、大丈夫だったんですよ」といった過程も知っていれば、よりありがたく、納得感を持って食べることができたりします。 なので、生産過程もシェアして、消費者を共感者に変えていくような情報発信をしていくことが大事だと考えています。
そういった関係性を構築するサービスはまだ少ないですし、ゲームで培ったノウハウを活かせる部分があると思います。
発信したものに反応が返ってくることは、農家の自信にも繋がりますね。しかし日々の業務で忙しい中、情報発信をするのは負担ではないでしょうか?
小林 負担は確かにあると思いますが、その負担を上回るリターンが得られると考える方が発信しているのだと思います。
台風でこの品種のリンゴが落ちて発送できなくなりました、といった際に、例えば「こっちの品種でどうですか?」といった代品対応をする場合がありますが、ukka の場合は生産者が発信しているからこそ、納得感があるのです。 ただただ買うだけのECだとこうはいかないのではないかなと。
あと、例えば、ukka で情報発信しながら売りたい、と明確に言っている漁師さんが居ます。
日本近海ではまだ、巻き網等、小さいサバも産卵期のサバも一網打尽にしてしまうような漁をやっているところもありますが、その漁師さんは、持続性に配慮した漁業を行っています。 一本釣りで、成魚になった大きな魚体のものだけを、丁寧に処理して送ることにこだわっています。
しかしながら、普段スーパーで買うサバは特にこういった生産背景については何の表示も無いわけで、消費者としては選択しようにも情報が無いのです。 なのでその方は、発信しながら売れる ukka で売りたいと言ってくれています。
こういうような背景やこだわりを、我々が取材して見える化することで、「理解者をつくる」というukkaのコンセプトを実現していこうとしています。
生産過程の「こんなふうに育っていますよ」を「手作り日誌」として公開したり、「こんなふうに食べました!」というのを、「ご馳走さまコメント」として消費者から農家のほうにフィードバックもできます。そういったコミュニケーションが回る仕組みをつくっています。
(画像:ukka公式資料)
ほかにもリターンという意味では、金銭的価値以外に、関係性の構築という面もあります。
ニンジンを何個か並べて、「あなたのばあちゃんがつくった人参はどれでしょう」と聞かれても当てられないと思います。一方、ばあちゃんのニンジンだと分かっていれば、「美味しい、味わって食べよう」、となるかもしれません。つまり、人が美味しいと感じる要素は味だけではなく、情報も含めて食べている、ということだと思います。
「あの人が作っている・あの人が食べている」が分かることはすごく豊かなことです。 ukka を通じてそう思えるような関係性を作りたいと思っています。
食のD2Cプラットフォームで、「稼げる農業」をつくる
「ストーリー性のある消費」という価値観が、一次産業に浸透する難しさはどこにありますか。
小林 農産物は1つ1つの生産者の販売量が小さいため、大量生産できる工業製品とは違い、1回のストーリー化によって得られるリターンが相対的に小さい、という側面はあると思います。
その意味で「中小規模の農家のブランディングはコストが合わないから、大規模農業だけに振り切ったほうがいいんじゃないか」と言われることもあります。
しかし、いつでもどこでも均質なものが安く手に入ることが唯一の価値ではなく、もう一方のストーリーのある消費に注目する揺り戻しが必ず起こると思っています。
効率化された消費だけでは満足しない人も必ずいますから、この人たちを大切にしたビジネスをつくりたいと思っています。
ukkaとしては、日本の農業の縮小傾向にどう対応していくのでしょうか。
小林 日本の農家の平均年齢は67歳という水準に達しており、どんどん減っていっているのが現状です。なので、食料供給の面から考えると、農業の大規模化、土地の集約化は不可欠です。
一方の小規模高付加価値型の農業においては、既に存在する素晴らしい地域の農水産物・加工品を知ってもらい、ブランディングして、売れるようにする、ということだと思っています。
いずれの形の農業にせよ、解決策となるのが、徹底的に「稼げる」スターをつくることだと考えています。
結局のところ、儲からなければ農業を続けることは難しい。ストーリーが大事だという話をしても、お金を稼ぐ力に繋がらなければ意味がありません。
農業者が少なくなっている今だからこそ、ukkaはお金を稼げるプラットフォームとして、コミュニティをつくってファンを見える化し、ビジネスが成立する流れを作りたいです。
農業から離れた世界で生きている人たちは、食べ物がどういう経緯を踏んで自分の口に届いているのか知らないという問題もありますね。
小林 まさにそうですね。たとえばコンビニで何か食べ物を買ったとしても、生産から流通の過程まで、すべて工業的に仕組み化されているので、裏側で何が起きているのかは知る機会もありません。
しかし極限まで効率化された仕組みだけがあればいいとは思いませんし、一度立ち止まって消費のあり方を考えるべき時期だと強く感じています。
食べ物の「ストーリー」を感じる1つのきっかけとして、ukkaを普及させていきたいです。
聞き手:松岡遥歌、文:三浦英之
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