スタートアップ最前線
SaaSにおいて「ユーザーが使い続けているか」は重要な指標となる。ストック型のビジネスモデルであるSaaSにおいて、新規ユーザーが増えたとしても既存ユーザーが解約しては成長し続けることは不可能だからだ。
解約を未然に防ぎ、ユーザーとの関係性を維持する上で「カスタマーサクセス」はSaaSに必要不可欠な機能として注目を集めている。
そうした中、HiCustomer(ハイカスタマー)はデータを元に再現性のある打ち手を導く「カスタマーサクセス管理プラットフォーム」として2018年12月にリリースされた。
VCに所属していた経歴を持つ同社CEOの鈴木大貴氏は、スタートアップと働く中で経験した、「プロダクトを売った後に生じる課題」に着目。
カスタマーサクセス管理のデファクトスタンダードを狙う、HiCustomerの仕組みに迫る。
「SaaS」×「カスタマーサクセス」 HiCustomer
HiCustomerは、SaaSを運営する企業向けのカスタマーサクセス管理ツールだ。
顧客スコアリング、コミュニケーション管理、利用状況分析といった機能を持ち、カスタマーサクセス担当者が具体的なアクションを考える上で強力なアシスタントとなる。
(画像:HiCustomer会社資料)
SaaSビジネスの中で重要なミッションを担うカスタマーサクセス担当者は、以下のような幅広い役割を果たすことが求められる。
(画像:ami作成)
これらの役割を支えるHiCustomerは、「LTVを最大化するためのユーザーへのアクション」を仕組み化していることが、最大の特徴である。
(画像:HiCustomer会社資料)
基本的にSaaSの売上は、1社ごとのユーザーの積み上げで構成されているために、ユーザーの退会やライセンス数の増減で大きくLTVが変動する。
プロダクトを活用できているユーザーとのコミュニケーション以外にも、活用できていないユーザーへの対応が遅れることは、退会に繋がる。
(画像:HiCustomer会社資料)
一方、ユーザーが活用できていればアップセル(ユーザーにより高額なプロダクトを買ってもらうアプローチ)やクロスセル(既存ユーザーに追加でプロダクトを販売するアプローチ)の機会が生まれるだけでなく、ほかのユーザーに勧める可能性もある。
単なる管理ツールではなく、カスタマーサクセス担当者が何をするべきかを通知し、打ち手がどう結果に結びついたかを分析して次のアクションに繋げられるのが、HiCustomerの強みと言えるだろう。
カスタマーサクセスになぜ「管理ツール」が必要なのか
プロダクトを提供する立場としての理想は、ユーザーがプロダクトの利用開始後、定期的にサービスを利用して成果を引き出し、次の契約も更新するサイクルが回ることだ。
しかしその理想に反して、初期設定につまづき重要機能を活用できず、結果として社内で成果を引き出せない、といった問題はどのプロダクトにも起こり得る。
顧客数が増えるほどこれらの問題に対して1対1で対応することは難しく、成長のブレーキになってしまう。成長のスピードよりもユーザーが離れてしまうスピードの方が早ければ、会社として生き残ることが難しくなる。
SaaSにおいて重要なLTVを向上させる上で必要なことは、「顧客の課題」と「プロダクトの提供価値」を一致させ続けること。つまり、プロダクトをユーザーに提供した後、ユーザーが実際に使い続け、課題解決が実現できていることだ。
(画像:HiCustomer会社資料)
SaaS企業の成長サイクルを回すエンジンがカスタマーサクセスであり、必要不可欠な機能としての「カスタマーサクセスはSaaSの心臓」という象徴的な表現は、これからのSaaS企業に求められる組織のあり方を示しているのではないだろうか。
【対談】前田ヒロ×鈴木大貴
後半は「SaaSway Conference」にて行われた、HiCustomer株式会社CEOの鈴木大貴氏と、SaaSスタートアップに特化して投資と支援をする「ALL STAR SAAS FUND」マネージングパートナー前田ヒロ氏の対談をお届けする。
SaaSにカスタマーサクセスが必要な理由
前田なぜ今、カスタマーサクセスに着目して事業を立ち上げたのでしょうか?
鈴木HiCustomerを創業する前は、VCのアーキタイプベンチャーズで働いていました。その時多くのスタートアップと触れ合う中で、カスタマーサクセスに対する課題感の多さに気づいたことがきっかけです。
良いチーム、優れた技術を持つSaaSスタートアップはプロダクトをリリースした1年目から調子が良いんですよね。 しかし2年目以降、思ったより活用されていなかったり、徐々に解約が生まれてきたりすると、使い続けてもらうために求められる努 力の大きさに気づいてきます。
プロダクトを提供した後、顧客に活用を促し成果を出してもらうためのソリューションが存在していない、と考え起業しました。
前田カスタマーサクセスの概念は、SaaSによって生まれたものだと思っています。SaaSは継続的な利用を強調するビジネスモデルなので、いかにユーザーをハッピーにさせて、長く使ってもらうかが重要です。
世界的にBtoBのデファクトのビジネスモデルはSaaSにシフトしてきているので、BtoB企業はカスタマーサクセスを取り入れる必要性が出てきていますね。
カスタマーサクセスとサポートはどう違うのか、という質問はよく出るものだと思います。この2つの差はどこにありますか。
鈴木「ユーザーが抱える課題を解決する」点で一緒だと思いますが、カスタマーサクセスとサポートはアプローチがそれぞれ違っていると思います。
鈴木 大貴 // 高専卒業後、医療器械メーカーや人材系企業、ITベンチャーを経て主にB2B SaaSスタートアップへの投資を行うアーキタイプに入社。スタートアップ支援と事業会社向け新規事業開発コンサルティング業務に従事した後、2017年12月にHiCustomer会社を創業。国内初のカスタマーサクセス管理ツールをSaaS事業者向けに提供している。
カスタマーサポートの場合、ユーザーがプロダクトを使って困った時に問い合わせが発生し、その問い合わせにどう対応していくかがポイントになりますね。
つまり、ある一定の課題解決の範囲・粒度の中でユーザーが問い合わせしやすい状況を整え、問い合わせ単位で課題解決することがカスタマーサポートだと思います。
一方でカスタマーサクセスは、ユーザーが困っていることを放置せず、ユーザーからアラートが来るその前に、課題に思っていることを把握している必要がある。
問い合わせ単位のサポートだけではなく、より大きな視点でLTVを上げるために、ユーザーの成功を能動的に支援するところが、カスタマーサクセスとサポートの違いだと思っています。
カスタマーサクセスをどう仕組み化するか
前田これからカスタマーサクセスを取り入れようと思っている企業が、まずやるべきことは何でしょうか?
鈴木カスタマーサクセスに本気で取り組む企業の特徴を考えてみると、カスタマーサクセスに一度つまずいたことのある企業の方が経営陣がコミットしているんです。
トップも含め強い課題感が醸成されているかどうかが、すごく大きいと思います。
自分たちのプロダクトがユーザーに対して、どういうバリューを出しているのか把握する。そしてカスタマージャーニー(顧客が購入に至るプロセス)を整理しながら、カスタマーサクセスを定義することが第一ステップだと思います。
前田ユーザーの成功シナリオを定義して、そのシナリオに沿ってユーザーを誘導していくということですね。
前田ヒロ // 2010年、世界進出を目的としたスタートアップの育成プログラム「Open Network Lab」をデジタルガレージ、カカクコムと共同設立。その後、BEENOSのインキュベーション本部長として、国内外のスタートアップ支援・投資事業を統括。2016年には『Forbes Asia』が選ぶ「30 Under 30」のベンチャーキャピタル部門に選出される。世界中で100社を超えるスタートアップに投資を実行。
鈴木おっしゃるとおりですね。ただ、ユーザーは自分たちが描いたシナリオから外れることはよくあります。 そのユーザーに対して最適なアプローチはなにか、チームの中ですり合わせる必要もあります。
この2つのステップを順番に行うのがよいと思います。
前田カスタマーサクセスチームに1人目として入る人は、どんな人が向いていますか?
鈴木プロダクトのフェーズがシード(事業を立ち上げ、プロトタイプを開発する段階)やアーリー(プロダクトを展開し、設備投資や研究開発を始める段階)か、あるいはさらに先のフェーズかによって、向いているタイプは分かれます。
シード〜アーリー期であれば、カスタマーサクセスの範囲として出来ることより、プロダクトを改善することに目を向ける必要性があります。
ユーザーと向き合いながら、プロダクトのフィードバックを社内に還元していくことに力点を置いて仕事ができるどうかが重要だと思います。
既ににうまく回っているフェーズであれば、プロダクトの単価と専門性によって変わってくると思います。
単価の安いプロダクトであれば、エンタープライズ向けの営業経験があり、その中で何か特徴を持っている人がよいと思います。
単価が高いプロダクトの場合、ユーザーの期待値も高い。ユーザーに向き合うカスタマーサクセス担当者に対しても、「俺たちのこと分かってるよね」と期待しているはずです。
それと同時に単価が高くなるほど、ユーザーの関係者と階層も増えます。ユーザーにいかに使ってもらうかだけではなくて、最後決裁者に戦略的に納得してもらう営業的な視点も求められる。
ユーザー以上に分かっていないと、プロダクトの信頼性に大きな影響を与えるので、可能であれば1人目はユーザーの業界経験者が望ましいと思います。
それ以外だと、業界の知識をキャッチアップできて、仕組みをつくっていくことができる人。たとえばコンサル系出身の人がイメージではないでしょうか。
HiCustomerで実現したい、組織の一体感
前田SaaSでよかったと思う部分を教えてください。
鈴木HiCustomerとしてやりたいことをやるための手段を考えた時、SaaS以外にはプロフェッショナルサービス、あるいは受託という選択肢がありました。
それぞれの特徴を考えた結果、SaaSが一番よかったんです。
SaaSであれば、ユーザーの要望をくみ取り段階的にプロダクトを改善し、そのプロダクトをさらに多くの人に使ってもらうことができるビジネスモデルだったからです。
プロダクトが成長しているにもかかわらず、本質的ではない業務に時間を使ってしまうと生産性も下がりますよね。本質的にやりたいことを追求できる最適な手段がSaaSなんだと思います。
前田最後に、プロダクトの未来をどう描いていこうとしているのか、どういう事業にしていきたいかをお聞かせください。
鈴木多くの人がプロダクトを提供して、プロダクトを使ってくれているユーザーが便利だと感じる。プロダクトを提供している側の人たちは、ユーザーが喜んでくれてうれしいと思う。
この関係性が最大化すれば、世の中はもっと便利になると思っています。
今までのビジネスは「物をつくって、売って終わり」の関係だったのが、ユーザーとの関係性を良くすることが、売上最大化に繋がる関係に変わってきています。
新しいビジネスモデルが生まれると、ビジネスの仕方も変わりますよね。
SaaSの組織も分解すると多様な職能が出てきますが、その時に「LTV」という視点でみんなが同じゴールを向いて、プロダクト・セールス・カスタマーサクセスまでが繋がっていく仕組みを提供したいと思います。
(編集・写真:ami)