ユニコーンは30社に到達し、1兆円を超える投資資金が投入されているインドのスタートアップシーン。世界で唯一、中国に匹敵する人口規模を持ち、豊富なテクノロジー人材を抱えるインドへの注目は高まるばかりだ。
そのインド市場に2012年という早期に足を踏み入れたBEENEXTのファウンダー・マネージングパートナーの佐藤輝英氏は、これまでにアーリーステージを中心としたスタートアップ74社に投資をしてきた。INITIAL編集部は、3回シリーズでお届けするインドスタートアップ特集の第1回として、佐藤氏の経験に基づいたインド市場の特徴と魅力、そして日本企業がインド市場でチャンスを掴むために求められる要素について聞いた。
僅か数年でテックスタートアップが急成長した理由
インドのスタートアップが特に盛り上がってきたのは、いつ頃でしょうか。また、その要因としては何が挙げられますか。
最近のインドへのスタートアップ投資は毎年、1兆円を超える規模で行われています。今年はコロナ禍のなかでも伸びる分野は大幅に伸びており、2018年にユニコーンになったばかりのEdTechのBYJU'Sが早々とデカコーン(推定時価総額100億米ドル以上)化しました。
2010年は500億円程度に過ぎませんでしたが、2017年には1兆円の投資規模に到達と数年で急速に発展しました。
現在のテクノロジースタートアップの盛り上がりは、10年ほど前から始まりました。2007年にEコマースのFlipkart、2010年に電子決済のPaytmが創業して、ホリゾンタルなプラットフォームを提供しはじめました。後に、両社ともデカコーンに成長して、インドのスタートアップの代表事例として知られています。
その後は、モビリティ、物流、ファッション、FinTech、不動産、医療、コンテンツといった様々な分野のスタートアップが活性化しています。
特に2014年5月にモディ首相が就任し、様々な経済改革をスタートした2015年前後は大きな転換点になりました。それ以来、わずか5年ほどでヒト・モノ・カネが全てそろい、スタートアップの成長を支えるエコシステムが作られてきました。
第一に、モバイルインターネットの普及は、リライアンス財閥傘下のリライアンス・ジオ(Reliance Jio)社が2016年に世界最安4Gサービスを開始したことが大きな転機となりました。
それまで、インドにおけるモバイルインターネットユーザーは、都市居住者かつ一定の所得のある層に限られていました。しかし、リライアンス・ジオが低料金でモバイルインターネットへアクセスできる環境を提供し、より大衆層や地方にも広がるようになりました。
いわば、インドのモバイルのインターネットの「階層(class)から大衆(mass)」と言える現象です。
第二の要因は電子決済です。インド政府が2009年にアドハーと呼ばれる固有認識番号(UID)と、2016年にUPI(統合決済インターフェース)を導入し、電子決済のインフラが整いました。
UIDが導入される前のインドでは、2010年時点で12億人の国民のうち5億人ほどしか正式な身分証を持っておらず、銀行口座の開設、保険の加入、運転免許の取得、企業の登記などができませんでした。2018年には12億人以上がアドハーに登録し、今やインド全体に浸透したと言えます。UIDと連携する形でUPIで簡単かつ低コストの電子決済を行えるようになりました。
加えて、モディ政権が2016年11月、500ルピー(約710円)と1000ルピーの高額紙幣を廃止したことも電子決済の普及を後押ししました。もし、現金にこだわれば大量の小額紙幣を持ち歩かざるをえず、現実的ではありませんし、安全上の問題も生じます。
第三に、インドにはエンジェル投資家が非常に多く存在し、シードをはじめとしたアーリーステージで投資資金が回りやすいことも特色です。狭義のスタートアップ業界に閉じず、財閥やソフトウエア大企業のトップなど多層的な投資家がいます。
例えば、タタ・グループ会長のラタン・タタ氏やインド最大のIT企業インフォシス・テクノロジー創業者のナンダン・ニレカニ氏といった財界トップクラスの方々がエンジェルとしても投資をしています。
最近は、Flipkart共同創業者のサチン・バンサル氏などスタートアップで成功した起業家もエンジェルとしての投資を手がけ、Googleインド・東南アジアのトップだったラジャン・アナンダン氏もセコイア・キャピタル・インドに転身して投資分野で活躍しています。
写真)Uladzik Kryhin / Shutterstock.com
第四にインドの人材は特徴があります。アメリカ留学をしていたインド人たちが卒業後、GoogleやAmazonなど米国の大手テクノロジー企業で働いた後、帰国してスタートアップで活躍しています。最近はインドだけのキャリアで育ってきた起業家も登場して、面白いサービスを作るようになってきました。米国でのビザ取得が難しくなっていますから、ローカルバックグラウンドの人材や、米国からの帰国組も増えるでしょう。
また、投資家という視点でも印僑ネットワークが効果を発揮しています。セコイア、ライトスピード、アクセルなど米国大手VCはインドに拠点を持っており、印僑コネクションに沿ってお金が流れてきています。
第五にコロナ禍によるデジタル化の加速です。後ほど具体的に紹介しますが、注目のスタートアップはコロナ禍で様々なニーズをいち早く取り込み、加速的な成長を遂げています。
大人口を背景とした強烈なスケーラビリティ
インド投資の魅力や面白さについて教えて下さい。
13億人を超える人口を背景とした圧倒的なスケーラビリティです。インターネットエコノミーの成長性は人口規模が決めると言っても過言ではありません。人口14億人の中国が世界一のインターネットエコノミーとなったことも当然のことです。そして、インドの人口は10年以内に中国を抜くことが予想されています。
もちろん、大市場であることは競争が激しいことも意味します。何か新しいサービスができれば、似たようなスタートアップが数十社と一挙に立ち上がります。日本では数社程度でしょうから、数倍の競争環境になります。投資家は、そうした中から、起業家とプロダクトの組み合わせが最適だと思われるスタートアップを選び抜いて、投資を決定していきます。
そして、ひとたびマーケットフィットを得たスタートアップは、凄まじい勢いで成長します。例えば、ユーザー数が年間で3倍増が4年続いたサービスもあります。最近の日本で同じような伸び方をしたのは、メルカリとLINEぐらいではないでしょうか。また、日本ではMAU(月間アクティブユーザー数)が1000万はなかなか凄いと評価されますが、インドではごく一般的に出る数字です。
推定評価額でも1000億円ぐらいまで伸びた後、そこから5000億円まで成長するペースが落ちません。冒頭に触れたBYJU’Sはコロナ禍のなかで急成長を実現してEdTechではインド初デカコーンとなりました。また、Paytmも7年ほどでデカコーン化しました。今後、様々なスタートアップが2兆円、3兆円と成長していくことも不思議ではありません。
他方、インドの1人あたりGDPは2000米ドル(約22万円)をやっと超えた段階です。現時点では浅く広く顧客を獲得して、今後の所得上昇にあわせて一層、スケールするという戦略がとられていくのでしょうか。
その通りです。Eコマースの事例では日本は一度の買い物で5000円〜1万円ぐらい使いますが、インドは10ドルから20ドル(約1000円〜2200円)の消費にすぎません。アマゾンプライムの会費も日本は4900円に対して、インドは約1400円(999ルピー)と3分の1程度です。
まずは規模を獲る。そして、徐々に単価が上昇していくことで、かけ算でスケールしていくでしょう。
インド市場におけるスタートアップ投資の難しさやリスクについて教えて下さい。
投資先のスタートアップがある程度の規模に成長しても、「これで安泰だ」という気持ちには簡単になれません。
なぜなら、今のインドでは良いアイディアがあるとすぐにお金が付く環境にあるからです。例えば、200億円など大きなお金を調達して、仕掛けてくる競合スタートアップが出てくる可能性は十分にあります。また、PayPayのように数百億円の予算をもって、アグレッシブかつ短期間で市場を獲る戦略を使うスタートアップは日本では多くはありませんが、インドでは多く見られます。
そして、インド最大手通信事業者リライアンスの存在です。通信からインターネット関連のあらゆる分野に拡大していますが、成長性が見込まれるサービスであれば、大資本をバックにリライアンス・ジオが仕掛けてきます。
インドのテックビジネスを語る上で欠かせないリライアンス財閥ですね。もう少し詳しく教えて下さい。
リライアンス・ジオの戦略はスタートアップ関係者の最大の関心事です。影響力の大きさでいうと、中国のBAT(バイドゥ、アリババ、テンセント)のような存在です。
同社は今年に入り、約2兆円を超える資金を調達しています。そのなかには、Googleが立ち上げた1兆700億円ファンドの半分近くにあたる約4800億円も含まれます。もともとインドの大財閥という強力な立場にある上に、新たにテックビジネスのために巨額の追加資金を用意しているという状況です。
したがって、成長中のスタートアップはリライアンス・ジオを念頭に置いた戦略が重要になります。リライアンス・ジオは有望なスタートアップに投資をするか、買収するかですが、買収が基本でしょう。
そうなると、スタートアップがリライアンス・ジオと近い分野でやるのであれば連携となりますし、遠い領域において短期間で大きくなるか、そしてリライアンス・ジオがやらないようなニッチでやるか、という三択になります。
ここに米国テック勢も関わります。FacebookとGoogleはリライアンス・ジオに投資をして近い関係にあります。また、MicrosoftとAmazonも様々な噂があります。Amazonはリライアンス・ジオとEコマースなど重複領域が多く、正面衝突の闘いとなる可能性があります。(リライアンス・ジオについては第2回でも扱う)
写真)ALensAndSomeLuck / Shutterstock.com
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