スタートアップ最前線
履歴書を書かずに転職する日が来る──。
「LAPRAS SCOUT(ラプラス スカウト)」は、これまでの「転職希望者が企業に履歴書を出す」という常識を変えうる人材サービスだ。
このサービスの特徴は、人材業界では異例のサブスクリブションモデルを採用しているだけでなく、日常的なSNSへの投稿内容・データを基にAIがプロフィールを自動生成し、企業がそれを閲覧できるという仕組みにある。
個人情報を扱う上で避けて通れない「知らぬ間に情報が使われる」という不安を解消し、「日常的なアウトプット」という文化を広めることができるのか。LAPRAS社CEO島田氏に話を伺った。
履歴書不要、LAPRAS SCOUTの仕組み
LAPRAS SCOUTの独自性は「AIが自動生成したエンジニアのプロフィールに、企業がアクセスできる」という点にありますね。
島田氏(以下、島田) 私たちは「あらゆる事象を必然化し、世の中のミスマッチをなくす」をミッションに、2つのサービスを展開しています。
(画像:LAPRAS会社資料を元にami作成)
「LAPRAS SCOUT(ラプラス スカウト)」は、GitHubやTwitterといったSNSを元にデータを収集し、エンジニアのプロフィールを自動生成するサービスです。
自動的に作られたエンジニアの履歴書を、採用候補者を探す企業が閲覧できるというイメージです。
従来の転職支援サービスと異なり、転職を検討していないエンジニア層も含めて人材データベースに入っています。その層に対して、採用候補者を探す企業がスカウトメールを送ることもできます。
(画像:LAPRAS会社資料より)
もう1つのサービスである「LAPRAS」は、自動生成されたプロフィールを元に企業と接点を持つことができるサービスです。
技術力や影響力など、LAPRASが算出した独自のスコアを確認することができます。また、プロフィールを自分自身のポートフォリオとしてSNS上に公開でき、それを見て興味を持ってくれた企業から連絡を受け取ることができます。
(画像:LAPRAS会社資料より)
ユーザーの不安を軽減するという観点では、会員登録したユーザーの情報だけを公開する方が、理解も得やすいのではないでしょうか。
島田 確かに心配に思うユーザーもいるかもしれません。
それでもLAPRAS SCOUTが「自動的にAIが情報を集め、企業に公開する」という手法をとったのは、ユーザーにとって負担がなく、最適なマッチングを実現できると考えたからです。
履歴書を書いて転職サイトに登録し、企業から来るスカウトメールに一つ一つ対応するのは負担ですし、SNSの発信を基に生成されたプロフィールの方が、趣味志向やスキルに基づいたリアルな情報として利用できます。
島田 寛基 (しまだ・ひろき)/ LAPRAS株式会社 代表取締役 CEO 2015年、京都大学計算機科学の学士号取得。人工知能を専攻。2016年にエディンバラ大学大学院で修士号を取得後、2016年5月LAPRAS株式会社(旧社名:scouty)を創業。
個人情報の扱いなど難しさがある中で、LAPRASを立ち上げたのはなぜでしょうか。最初から慎重なサービス設計が求められますよね。
島田 学生時代にSNSで自分の作品を公開したり、多くの人に読まれるブログを書いていた友人たちが、新卒で入った会社では、自分の才能を活かせない雑用をしていると聞くことがありました。
そういった悩みを聞く中で、「得意なことが会社で活かせないのは、就職のマッチングシステムが上手く機能していないからではないか」と思い、自分の専攻である機械学習で課題を解決できるのでは、と考えるようになったんです。
そこで考えた手法が、機械学習でユーザーのSNSの情報を分析し、自動で人材データベースを作るというものでした。
立ち上げ当初から法務的なリスクを孕んだ事業だと分かっていたので、個人情報の取り扱いについては弁護士と相談の上、「オプトアウト」というスキームを利用して対応しています。
特定の要件を満たした上で個人情報保護委員会に届け出ている場合は、個人情報を第三者に提供することが許される制度のことです。私たちは適切に届け出を行いサービスを運営しています。
(画像:LAPRAS会社資料を元にami作成)
実は原則として、企業が個人情報を取得することは禁止されていません。その情報を第三者に勝手に提供することが禁止されているんです。
オプトアウトの制度は、たとえば地図情報サービスでも使われています。家の外観といった情報は誰でも見ることが可能ですが、全住民に許可を取って公開しているわけではありませんよね。「本人の求めに応じて公開を停止する」という形でオプトアウトが利用されているわけです。
もちろん法律を守っていれば何をしてもいいわけではありません。一番重要なのは、転職するユーザーにとって価値があるかどうかだと思います。
「日常的なアウトプット」の持つ可能性
「転職潜在層」へのアプローチがLAPRAS SCOUTのもう1つの特徴と思いますが、着目した理由を教えてください。
島田 まずはエンジニア採用の現状についてお話しします。
日本では2018年時点で約22万人のエンジニアが不足していますが、経済産業省が発表したIT人材供給に関する調査によると、2030年までに約45万人が不足すると言われています。転職活動中の「転職顕在層」に対する採用競争は、既に加熱しています。
一方でエンジニア全体を見れば、良い職があれば転職を検討する「転職潜在層」が約60%存在しているんですね。
この層へアプローチする手段の1つとして、LAPRASが利用されると考えています。
(画像:LAPRAS会社資料を元にami作成)
「ユーザーからの発信」が前提のサービスですが、必ずしもその習慣があるユーザーばかりではありませんよね。
島田 そうですね。まずは、小さなことからアウトプットする文化を普及させることが重要だと思います。
LAPRASを始めて嬉しかったことの1つは、「Q&Aサイトで回答するようになりました」「ブログを書きました」という声を頂いたことです。
自分のスコアを上げることが発信のモチベーションに繋がり、LAPRASを通したアウトプットの文化も普及するのではないかと考えています。
これまでは「転職活動を頑張った結果、複数社から内定もらいました」というやり方が主流でした。
しかし今後は、日常的にブログやコードを公開し、それが転職につながる流れをつくることが必要です。
情報をオープンにすることで、SNS上で投稿内容を見かけた人とコミュニケーションが生まれるような、ちょっとした偶然が生まれたらいいですよね。
反応が得られて喜ぶ方もいれば、突然連絡がきて驚く方もいるのではないでしょうか。
島田 基本的にメールアドレスを公開している人だけに連絡が送れる仕組みなので、悪い意味で驚かせることはありません。
むしろ、スカウトメールに対するリアクションは好印象なものが多いんです。
たとえば、「自分のブログを見てくれてありがとうございます」「お遊び程度でやっていたものに関心を持っていただき、嬉しいです」というポジティブな反応を頂いています。
なぜそれが実現できているかというと、LAPRAS SCOUTを利用する企業に対しては、テンプレート的なスカウトメールを送らないようにお伝えしているからです。
使用開始にあたって「1人1人のユーザーに対し、丁寧にスカウトメールを送った理由をお伝えしてください」と私たちからお願いしていて、ユーザーごとにカスタマイズしたメールを書いてもらっています。
思いが伝わらないテンプレート的なものではなく、ユーザーのアウトプットを元にした丁寧なメールを送るからこそ、良い印象を持ってもらえるわけです。
しかし同時に、丁寧なメールを作るには労力が要求されます。「1つ1つカスタマイズしたメールを送るのはコストがかかる」と感じる方がいるのも事実です。
それでも私たちは「エンドユーザーファースト」のバリューを重視してサービスを運営しています。
スカウトメールを送るときも、企業側としてはよりラクに文章を作って送りたいと考えがちですが、一方のユーザー側としては「なんで私にメールを送ってくれたのか?」について説明して欲しいわけです。
最初は大変かもしれませんが、充実した内容のスカウトメールに対しては返信率も高くなりますから、結果的にコストに見合ったリターンが得られていると思います。
「成功報酬」という常識を採用しなかった理由
人材業界では成功報酬モデルが一般的ですが、LAPRAS SCOUTはサブスクリプション型のモデルですね。
島田 2つの理由からサブスクリプションを採用しています。
1つ目は、成功報酬が抱える構造的な問題を回避するためです。
転職エージェントの成果は、転職が決まった方の年収に一定の割合を掛けて算出されます。年収の高い業界を紹介した方がエージェントとしても収入は上がるため、本人の適性に合っていない業界であっても紹介される可能性があります。
LAPRAS SCOUTは100%採用を保証しているわけではありませんが、成功報酬モデルよりも矛盾を抱えていない分、サブスクリプションの方がユーザーに適したマッチングの機会を提供できると考えています。
もう1つの理由は、毎月決まった費用を支払っていただく分、企業からのコミットを引き出しやすいからです。
私たちと企業がしっかり協力して、採用を成功させる体制が構築しやすいわけです。たとえばスカウトメールの文面作成や候補者選定のサポートなど、導入後のカスタマーサクセスも充実させています。
(画像:LAPRAS会社資料を元にami作成)
「エンドユーザーファースト」を実現するには、サブスクリブションが最適だったということですね。しかし、ユーザーと向き合う必要性が企業に認識されなければ、LAPRASも普及しないのではありませんか。
島田 2019年7月時点で、日本のエンジニアの求人倍率は9.73倍でした。完全に「売り手市場」ですよね。
LAPRAS SCOUTに興味を持っていただいた理由を聞くと、「エージェントからいいエンジニア人材が紹介されなくなってきたんです」と答える方が増えてきました。
買い手の力が小さくなる一方、売り手はリファラル採用で転職することも出来ますし、起業やフリーランス、副業という選択をすることもできます。
つまり、候補者に提供できる機会や体験が魅力的でなければ、採用できない時代が来たということです。
これまでは見ず知らずの人にメールをばらまくだけで採用できたのが、それも難しくなります。
採用を成功させるには「なぜあなたを採用したいのか」というストーリーを1人1人に伝えることが求められる時代ですから、LAPRAS SCOUTはカスタマーサクセスを通し、ユーザーと向き合う重要性を認識してもらっています。
(画像:LAPRAS会社資料を元にami作成)
もちろん人材エージェントの仕組みが無くなるとは思いませんが、採用や転職のあり方が徐々に「ユーザーと向き合う」世界観に変わってきている印象です。
今後の展開について教えてください。
島田 LAPRAS SCOUTは転職潜在層がメインターゲットですが、今の職場に対する不満を解消するためではなく、将来性を考えた上で転職する方が多いです。
しかし、現状はユーザーの経歴等の情報からスキルやキーワードを抽出するため、チャレンジしてみたい仕事や希望年収といった、将来的な目線を踏まえたレコメンド機能は実現できていません。
自分の情報を熟知するAIに自分の希望を伝えれば、それに沿ったキャリアを提案してくれる「AIアシスタント」の仕組みも作っていきたいですね。
また、LAPRASを通して自分の情報をアウトプットする人を増やしたいと考えています。自分から発信すれば誰もが評価され、より良いキャリアに進む成功体験を生み出していきたいです。
私たちがこれらの構想を実現するために大事にしているのが、「革新を追い求める」というバリューです。
新しいことに挑戦すると周囲に批判されたり、応援されず孤独に感じることもあります。それでも何年もやり続けると、常識になっていたりしますよね。
市場からの批判も真摯に受け止め、サービスを改善し続ける姿勢を忘れずに挑戦していきます。
聞き手:松岡遥歌、文:三浦英之、写真:ami
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