ウェブメディア向けSaaS「FLUX Header Bidding Solution」を提供する株式会社FLUXはDNX Ventures、Archetype Ventures、有安伸宏氏、複数の個人投資家及び事業会社へのJ-KISS型新株予約権(以下、J-KISS)による、約2億円の資金調達を公表した。
本記事ではFLUXのCEO永井氏と、DNX Ventures(以下、DNX)マネージングディレクター倉林陽氏へのインタビューを中心に、FLUX成長の理由と今後の展望を紐解く。
J-KISSによる2億円の調達
FLUXは2018年5月に設立、本ラウンドは初の外部資金調達だ。これまでは、創業時に獲得した助成金と早期に売上が立ったことで、自己資金で事業展開を行っていたという。
entrepediaによれば、2019年にシードラウンドで2億円以上を調達したスタートアップは、SOUSEI Technology、Handii、フィナンシェ、NearMe、Autify、アークメディスン、ムスカ、アルの8社と限られた企業のみ(※プレスリリースなどでシードラウンドであると公表している企業が対象)。
J-KISSのため調達後企業評価額は確定していないが、後述の契約社数などを鑑み、期待の大きいシードラウンドといえよう。
FLUXが展開する「FLUX Header Bidding Solution」は、1ユーザー毎に広告入札を最適化することにより、ウェブメディアの広告収益ポテンシャルを最大化するSaaSプロダクトだ。
「Header Bidding (ヘッダービディング)」とは、ユーザーがWebサイトにアクセスし、Webサイトのヘッダー情報(HTML上に記載された各種の属性情報)が読み込まれるタイミングで、複数の広告主に、同時に広告リクエストを送信する仕組みである。
全ての広告主に同時に問い合わせることによって、1番高い価格の広告を表示するという公平な広告オークションを実現している。(画像:”「興味のない広告」は無くせるか?最先端アドテクが描く未来とは”を元にami作成)
FLUXはヘッダービディング市場に参入後、約1年で日本におけるシェアトップレベルに成長しているという。
今回の資金調達を経て、既存事業の強化だけでなく、新プロダクトである「FLUX LTV Analytics」の開発を進める。その背景についてCEO永井氏に詳細をきいた。
シードラウンドで次のプロダクト開発に挑む理由
今回の資金調達は、ヘッダービディング事業が高く評価されたのでしょうか。
永井 元治氏(以下、永井) ヘッダービディング事業は想像以上のぺースで伸びており、現在の契約数は100社を超えています。実はマーケティングコストは0なんです。リファラルだけでこれまできました。
PMF(顧客の課題を満足させる製品を提供し、それが適切な市場に受け入れられている状態)は達成しつつあるかもしれません。
永井 元治(ながい・げんじ)/ 株式会社FLUX 代表取締役 慶應義塾大学法学部法律学科卒業後、米系戦略コンサルのベイン・アンド・カンパニーにて、大手通信キャリアの戦略立案 投資ファンド・大手総合商社の M&A 案件などに従事。2018年5月に株式会社FLUXを設立。
現在、新しく「FLUX LTV Analytics」を開発しています。これは、ヘッダービディング事業で得たビッグデータを使い、購買における各ユーザーの生涯価値を推定するプロダクトです。
現状のマーケティングではCPA(顧客獲得単価)などの指標が用いられています。しかし、それらは顧客の購買における一定期間の価値しか捉えられておらず十分なものとは言えません。
LTV(顧客生涯価値)の概念では、そのユーザーを獲得してから離脱するまでの全期間におけるユーザーの価値を可視化します。
(画像:FLUX会社資料を元にami作成)
「FLUX LTV Analytics」では、利用ユーザーが保有するデータとFLUXの保有データを統計と機械学習で処理し、LTV(顧客生涯価値)を予測します。
それにより消費財やアパレルなどの小売り、金融商品、アプリ/ゲームなど業界を問わず精緻なユーザー毎のLTV予測/分析が可能です。
(画像:FLUX会社資料を元にami作成)
このフェーズで複数の事業を回す難しさはありませんか。
永井
前提として、上場含めたExitを想定し、創業当初から他事業の立ち上げは選択肢にありました。
社内体制は、既存のアドプロダクト(FLUX Header Bidding Solution)と新規のマーケティングプロダクト(FLUX LTV Analytics)の2チームに分かれています。
2つの事業を展開するとはいえ、広告はマーケティングの1つの構成要素ですから、人材やコネクションの部分で重複している部分があります。全く新しい領域に挑戦するわけではありません。
既存のアドプロダクトについては、カスタマーサクセスのレベルをより高めつつ、既存ユーザーに貢献できるよう開発を進めています。
新規のマーケティングプロダクトについてはチーム作りを進めつつ、LTV AnalyticsのPMFを目指します。
今回のラウンドで投資家を選んだ理由を教えてください。
永井 FLUXの事業ドメインである、BtoB領域に強みがある投資家に引き受けていただきたいと考えたからです。VCからはDNXとArchetype Ventures(以下、Archetype)に投資いただきました。
DNXとの接点ですが、実はDNXの倉林さんから過去に「一緒に働かないか」と声をかけて頂いていたこともあり、起業前からの知り合いでした。
BtoB領域で実績を持っているだけでなく、デジタルマーケティング領域の投資先も多い。業界の競合環境を深く理解した上での様々なアドバイスを期待しています。
またArchetypeはBtoBビジネスの先端技術に強いです。そして、インキュベーション(事業の創出や創業を支援するサービス・活動)担当として、メディアや広告周りの会社をご支援された実績をお持ちの方もいます。
顧客紹介や事業の構築も含め、ハンズオンでの支援を期待しています。
投資家からの評価と期待
本ラウンドでリードインベスターを務めたDNXの倉林氏に、投資の背景をきいた。
なぜシードラウンドでFLUXへの投資を決めたのでしょうか。
倉林陽氏(以下、倉林) まず、経営者です。永井さんは元々弊社に来てもらいたいと思っていた優秀な人材です。ですが、起業を選んだので私たちが振られたんです(笑)。
キャリアとして正しい選択ですし、応援したいと思っていました。将来VCをまたやりたいと思ってもらった時にも、大きなアドバンテージになりますし。その後今回のラウンドに際してお会いした際に、素晴らしいチームを組成していました。
シード期のスタートアップに重要な「仲間集め」の部分を高く評価しています。
倉林陽(くらばやし・あきら)/ 富士通、三井物産にて日米のベンチャー企業への投資、及び投資先の事業開発を担当後、Globespan Capital Partners、Salesforce Venturesで日本代表を歴任。2015年3月DNX Venturesに入社し、50社を超える日本のSaaS/Cloudベンチャーへの投資実績を保有。
それに加え、プロダクトがユーザーに高く評価されていることもポイントです。
実は数ヶ月前に投資を検討したタイミングでは、プロダクトの契約社数は40社程度でした。しかし現在は100社以上と短期間で急激な成長をしています。
実際に、3〜4社利用ユーザーにヒアリングしたところ「プロダクトの差別化は勿論、類似企業に比べ、FLUXのプロダクトは手間もかからず使いやすい。」とポジティブな回答が得られました。
AdTech分野は薄利なビジネスが多く、上場時のバリュエーションが高くなりにくい背景もあります。DNXではAdTech分野のスタートアップに基本的に投資を行っていません。
しかしFLUXはシードのスタートアップでありながら、仲間集めも順調でプロダクトの実績もあります。今後のデジタルマーケティング業界を大きく変える可能性があるという点で、投資しない理由はありませんでした。
今回J-KISSを用いた理由は、スピーディに投資を完了させることが目的でしたか。
倉林 それが一番大きいですね。
私たちの投資先には若い起業家もおり、優先株式を用いた資金調達経験がない方もいます。
その場合、必要であれば私たちが優先株式の仕組みについて起業家に説明します。その後起業家はフォロワーの投資家に説明し、交渉してディールを纏める必要があり、手間と時間がかかります。
シードの起業家には事業になるべく専念してもらいたいので、簡易な方法で資金調達させてあげたいと思っています。弊社はフォーマットはJ-KISSでなくても、CB(転換社債)でも普通株でも構いません。
今回の投資を元に、FLUXは複数のプロダクトを展開することになります。懸念はありませんでしたか。
倉林 同じBtoB領域で複数のプロダクトを展開していくことに関して、違和感はありません。もし突然、BtoC向けのアプリをやり始めたら困りますけどね(笑)。
今回の投資は、チームとヘッダービディング事業の評価だけで決定しており、具体的にどんな新プロダクトが出てくるのかについて社内で議論はしていませんでした。
しかし、新規のLTV Analyticsの領域においても、FLUXの強みである分析力や技術力は同じように活かせるはずです。
たとえば一例ですが、DNXの投資先であるオクト(現場施工管理アプリ)は今はSaaSにフォーカスしています。
しかし蓄積した豊富なデータベースを活かし、建設業界で様々な事業をSaaSプラットフォーム上で展開し、業界の変革を実現することが可能だと思っていますし、元々そういうビジョンを持って設立されています。
事業の成長に沿った適切なタイミングで、これまでと同じタイプのお客さまに対して複数のビジネスを展開することはポジティブに捉えるべきではないでしょうか。
FLUXの今後の伸びしろはどういった点にありますか。
倉林「本当にいいチームをつくれるかどうか」が、成功を左右すると考えます。
FLUXはシード期のスタートアップであり、これから組織を拡大をしていきます。そのため、採用競争が激化している営業やカスタマーサクセスやエンジニアの人材も積極的に採用する必要があります。
これまでは「CEOである永井さんの知人」のリファラル経由でチームをつくっています。 会社が50人、あるいはそれ以上の規模に急拡大していく中で、同様の手法だけでは通用しなくなる局面に遭遇するかもしれない。その中で、チームの強さを維持できるかがチャレンジになってくる。
これまで投資をしてきて、シード期のスタートアップの中には、優秀な人材を採用できず、せっかく調達した資金を活用しきれないケースもありました。
他のキャリア選択肢もある中で、スタートアップ、その中でもFLUXに参画してもらえるように、優秀な人材を説得することができるか。ビジョンや社会性、経営者の魅力も大きく左右すると思います。
この部分も起業家の重要な役割だと思います。
(取材、編集、写真:三浦英之、デザイン:廣田奈緒美)