スタートアップ最前線
急な雨でコンビニへ駆け込んでビニール傘を購入し、家で塩漬けになる。そんな経験はないだろうか。
傘を持たずに、行く先々で使いたいときに使う。
そんな世界を実現しようとしているスタートアップが「アイカサ」だ。
コンビニやオフィスの入り口、飲食店の軒先などに専用の傘が置かれており、登録すればいつでもどこでも借りることができる。
昨年12月に正式にサービスを開始してから初めての梅雨を経験。その中で見えてきた成功と課題は何だったのか。
傘を持たない生活の実現を目指すアイカサの現在地と今後のグロースについて聞いた。
知られざる傘の世界
日本洋傘振興協議会によると、日本の傘の年間販売数は推計で約1億3000万本であり、傘の平均価格は1,959円(ウェザーニュース 傘調査2017)であることから、傘の市場規模は2500億円程度と推定される。
ウェザーニュースによれば、1人あたり傘平均所有数は、東京で4.1本。そのうち半数以上がビニール傘で、世界一ともいわれる年間約8,000万本が消費されている。
世界と比べても多くの傘を日本人は持っている
傘の大量消費により、廃棄に課題がある。
傘は金属とプラスチックを接着剤で貼りつけてつくられており、素材の分別に手間がかかる。地域によっては粗大ゴミに指定されており、利用の手軽さに反し廃棄コストが高い。
以前は処理を海外に頼む前提でリサイクル工程が設計されていたが、2018年から最大の輸出先であった中国がプラスチックゴミの受け入れを拒否したことで、処分が進まずビニール傘なども含めてその処理が問題になっている。
無駄な傘購入を減らす手段の1つとして傘のシェアリングサービスがある。調べてみると、北海道新幹線の駅などで傘のシェアリングサービスが行われていた。しかし、傘の返却率の低さから相次いで終了している。
ダイドードリンコのレンタルアンブレラは、大阪から始まり、現在は全国540台(設置予定も含む)が自販機横に設置されている。アクセスの良さから返却率70%を達成しているが、利用できる場所が少ないなど課題がある。
今回紹介するアイカサは、スタートアップとしてどのように傘のシェアリングサービスを展開し、グロースを狙うのか。丸川 CEOに戦略を聞いた。
アイカサのポイントは手軽さ
アイカサはどのようなサービスですか。
アイカサは、雨の日の満足度・快適度を上げる傘のシェアリングサービスです。
使い方も簡単でLINEでアイカサのアカウントを友達追加し、LINEPayで決済すればすぐ使えます。急な雨に遭っても30秒以内に借りられます。
今は下の画像のようにコンビニのビニール傘売り場の横に置いて、実証実験をしています。
(画像:公式資料)
利用料金は1日70円で、どんなに使っても最大420円になる料金体系となっています。
「その場で傘を借りて目的地に着いたら返す」といった傘を持たない生活をしている人も多いです。ヘビーユーザーだと月に5回以上使っていて、「ここ半年、傘を買ってない」という声も聞きます。
(画像:公式資料)
全線全駅やコンビニ、勤務先に設置することができれば、雨の心配をせずに手ぶらで外出し、雨が降ったらアイカサを使う。そんな世界がつくれます。
開始当初は少なかった設置場所も、8カ月経った現在では都内では300カ所、福岡は80カ所程度ぐらいに導入されおり、最近では動物園といった娯楽施設にも設置が進んでいます。また、日常的に使うユーザーに加え、インバウンドユーザーも増えてきています。
傘の柄の種類は5種類あり、アニメキャラクターや動物園脳動物柄を使ったコラボも実施しています。
コラボ例(画像:ami)
2023年までに日本全国に普及させる予定なので、次は関西圈に広げていくつもりです。
アイカサに全力を注ぐために大学を中退したので、ビジョンである「雨の日を快適にハッピーに」を本気で実現させたいです。(起業するまでの話はこちらから)
盗まれるリスクはありませんか。
専用のQRコードを読み取って、傘に暗証番号を入れないと開かない仕組みになっています。アイカサを盗んでも開かないので、盗むメリットがないんですよね。
利用料は最大で月額420円なので、返さずに自分の傘のように家に持って帰って使うヘビーユーザーも出てきています。
必要な時はスポットで傘を返し、場合によってはそのまま自分の物のように使う。そういった新しい使い方もこれから出てくるのではないでしょうか。
普及の秘策は「街づくり」
初めて迎える梅雨はいかがでしたか。
梅雨前に資金調達をしたこともあり、インフラとして機能すると思わせるような仕掛けを仕込んで挑みました。
その中でもとくに力を入れたのが提携です。
たとえば、ローソンとは傘売り場の隣にアイカサを設置させていただいたり、5月には福岡市でLINEPayと市内およそ50カ所で「1日1円で傘を借りられる」キャンペーンを実施しました。
(画像:公式資料)
上野でも、今回出資いただいたJRさんと協力して、国立博物館やマルイ、京成上野駅、JR上野駅、御徒町駅といった場所に設置しています。
どのような切り口で提携をされているのですか。
実際にやってみて「街づくり」の文脈と相性がよいことに気付きました。
雨の日は傘も含めて、行動するのに手間がかかるので多くの人はすぐに家に帰ってしまうんですよね。しかし、その場ですぐ使える傘が色々な場所にあれば、その動きも変えられると思っています。
たとえば、上野動物園に傘があれば自由にその後も移動できるじゃないですか。帰りは商店街のほうに行ってアメ横を歩いてみようとか。そういった回遊性が生まれるんですよね。
雨の日、ナイーブな感じで帰宅するのではなく、手間を減らすことでその街を引き続き楽しんでもらう。
日々の移動を便利にするといった切り口でみると、街や鉄道とは親和性が高いです。
どうやってそれに気づいたのですか。
これはひたすら営業をして気づきました。アイカサを置かせてもらうために色々なテーマで話していたのですが、その中でもっとも刺さったのが「街づくり」でした。
いろいろな事業者が対象なので業者ごとに対応を合わせる大変さもありますが、広く巻き込んで「いい町をつくりましょう」といったコンセプトがわかりやすいことが、前向きな提携に繋がっているのかもしれません。
話を聞くかぎり、比較的順調に梅雨を迎えたようですね。
上野や福岡で街とフィットを示せた事例もでき、うまくいった部分も多かったですが、実際はバタバタでした。上野で提供開始のリリースも本来は5月29日の予定でしたが、準備が遅れ6月12日になってしまいました。
またサービスにも課題点が多かったです。スタートアップでは、PDCAを回して毎日いかに改善を続けられるかが重要です。しかし、私たちは雨が降らないとPDCAを回せません。
それによって改善のスピード感が落ち、ユーザーに迷惑をかけてしまったのは大きな反省点です。
具体的にはどのような課題がありましたか。
マップから傘スポットを見つける部分はまだ課題があります。一度も行ったことのないスポットに、マップだけを頼りに行くのはハードルが高いです。
とくに傘のスポットは50㎝四方程度で大きいものではないので、お店の入り口に置かれているとなかなか見つけにくいです。
AR(拡張現実)などを使った技術的な解決法を含めて、効率的にたどり着ける仕組みを早く整えていきたいです。
もう1つは、ユーザーにいかに使ってもらうかにも悩みました。
メディアを活用した露出はある程度うまくいきましたが、それを見た人に使ってもらうための施策に悩みました。認知はあっても、使われないんですよね。
アイカサ使用時はオフライン上での行動なので、ユーザーの動きが追いづらく、具体的な施策への落とし込みが非常に難しいです。
どのような経緯で使用に至ったのか、何が使う決め手になったのか。晴れた日に借りたユーザーはなんのために使ったのか。本当に追いづらくて。
課題の解決法が分かってきたとは言え、少なくない時間がかかってしまいましたね。
リアルのユーザーに届ける仕組み
最終的に目標数値は達成できましたか。
目標には届きませんでした。
雨が降ると10~20%の人が傘がなくて困っていると思うんですよね。アイカサは1回70円で借りられるので、私からすると「絶対にすぐ借りるだろ」と思っていましたが、実際はそんな単純な話ではありませんでした。
「こんなに人がたくさん通っているのに、なんでみんなスルーするんだろう?」と雨が降るたびに思っていました(笑)。
安いといっても借りるハードルは少なからずあるんですよね。最大420円と言われても、返す手間を考えると利用を躊躇する人は必ずいます。それに使ったことのないものを、初めて使うのもハードルになります。
そういったハードルをどうやって超えていくのか。UIなのか、機能なのか。1つずつ検証して答えを出していきたいです。
サービスを全く知らない人に使ってもらうのは大変そうですね。
その通りです。たとえば、上野駅の改札や通路は毎日何万人もの人が目の前を通っているんですよね。ただそこから新規ユーザーに繋がるケースは予想以上に少ないです。
しかしオフラインならではの工夫をすると、その利用率が上がることが分かってきました。
実際に、設置場所に書いてある利用案内も3つのステップしか書いていなくて、傘のQRコードを最初から読み込むような書き方になっています。
アカウント登録していない状態でQRコードを読み込むと、LINE上で友達追加ボタンが出てくるので追加し、LINEPayで払えばワンステップで傘を借りられます。
それこそ30秒ぐらいで借りられるフローになっています。実際にUIをそのフローに変えてからは新規ユーザーの利用率も上がっています。
今はLINE上のミニアプリで提供されていますが、自社アプリが欲しいといった声はありましたか。
ありますね。マップ機能もより最適化できますし、通信速度も改善できます。
また、上野だと海外から来た観光客の利用ユーザーが多いんです。アジア圏の人は比較的LINEをダウロードしていますが、欧米の方だとLINEアプリの存在を知らないのでダウンロードするハードルが高いですよね。
(画像:Makhh / Shutterstock.com)
インバウンドユーザーこそ最も傘を買いたくないのに、利用ハードルが高くて使えないのは非常にもったいないです。
とは言っても、今の私たちの状態でそこに全力で取り組むとコスト的に厳しいのも事実です。
傘は単価が低く、今の価格も継続的にアイカサを使い続けることを想定して設定しています。
海外から旅行に来た人が1、2日使うといった頻度では、認知コストに対して割が合わないので、コストと課題感のバランスを考えてアプリの方も整備していきたいです。
これからどういう戦略を立てていますか。
今は秋に向けて準備を進めています。
アイカサの都内の設置場所はまだ300カ所程度なので、誰でもすぐ使える環境には程遠いのが現状です。なので、まずは秋までに2倍の都内約600箇所を目標に頑張っていきます。
よくコンビニに設置すると話すと、ビニール傘市場とバッティングするので導入が進まないのではと質問されますが、ターゲットが違うと私たちは考えています。
アイカサを使っている層は、「傘を持つのが面倒くさい。かといって買いたくない」といった若年層が多いです。コンビニでの実証実験でも、ビニール傘への影響はそこまで大きくありませんでした。
私たちのメインターゲットは、雨の日に歩いている1,500万人です。その中の10~20%の人に使ってもらいたいです。
また、アイカサは借りて返すといった2回の動作が必要になるので、店は傘を設置することで新たな来店者の獲得もできます。雨の日は「まずローソンに行って傘を借りるor返す」といったブランドを確立できれば来店者が増えるんじゃないでしょうか。
傘は買って嬉しいものじゃないと思うんですよね。ユーザーにそれを解決する手段を提供して、来店する意欲を与える形をつくった方が面白いと思っています。
文・写真:ami