ホテルの料金設定支援サービス「MagicPrice」の空、シリーズA累計で4.8億円調達
ホテルの料金設定サービス『MagicPrice』を提供する空は9月4日、グロービス・キャピタル・パートナーズ(以下GCP)からの第三者割当増資による資金調達を行ったことを明らかにした。
今回の調達資金を活かし、ホテル業界向けの『MagicPrice』事業の強化とともに、価格最適化支援サービスの他業界への展開、人材強化に取り組むとしている。
資金調達の過程でリソースを余分に使わず、事業にフォーカスするために重視したポイントは何か。本記事では同社の資本政策の特色をCEO松村氏のインタビューを交え解説する。
シリーズA累計で4.8億円調達、調達後企業評価額は13億円
2018年4月から続くシリーズAラウンドの調達額は今回の調達額を含めると約4.8億円。企業評価額(調達後、潜在株含む)は13億円と推定される(※評価額はentrepediaによる推定額であり、空により決定又は追認されたものではない)。
スタートアップ全体と比べた際に、本企業評価額はどの程度の水準なのか。2016年から現在(2019年8月19日基準)までにシリーズAでの資金調達を実施した357社を対象に、企業評価額の分布を見る。ビジネスモデル、市場規模、トラクションなど様々な要因から決まるものであるが、空の今回の調達後評価額は、中央値10億円よりも高い。
「巨人の肩の上に立つ」シード・シリーズAの資本政策
シードでは「J-KISS型新株予約権の発行(以下、J-KISS)」による資金調達(注1)を選択し、シリーズAではUB Venturesに「カルチャーや経営哲学を吸収したいので、株主として仲間に入って欲しい」と提案して調達する(注2)など、特色あるファイナンス戦略をとっている空。
注1:https://coralcap.co/2016/04/j-kiss/ 注2:https://www.sora.flights/culture/pricetech-interview-ubventures/
同社がこれまで行ってきた資金調達はシードにおける6,000万円の調達、シリーズAにおける4.8億円の調達に大別できる。
ファイナンスとしての特徴は、シードでJ-KISSによる資金調達を行っていることだろう。J-KISSは「簡単に早くシンプルに」がコンセプトの新株予約権を用いた資金調達手法で、(KISSは“Keep It Simple Security”)、Coral Capitalが2016年4月に契約書のひな形を公開している。
J-KISS最大の特徴は、バリュエーションを決めないことだ。
シード期のスタートアップがJ-KISSを用いてバリュエーションを決めずに資金調達を行い、シリーズAでの資金調達が将来的に発生した場合、その時の評価額を一定ディスカウントした水準で優先株式へ転換される。
上図は契約書の転換価額の条項を抜粋したものだが、優先株式への転換にあたっては、 (x)で説明されている「ディスカウント」または(y)で説明されている「キャップ」の考え方で株価が決定される。
「ディスカウント」の場合、スタートアップが【18か月】以内に【1億】円以上を調達する資金調達(以下「シリーズA」)を行った場合に、投資家はシリーズAのバリュエーションの【80%】のバリュエーションで株式を取得する、といった流れになる。
(注:実際の【】内の数値は当事者間で決定する)
しかし、シリーズAのバリュエーションが想定以上に高くなり、投資家が取得するA種優先株式が想定より少なくなるケースがある。それを回避するために「キャップ」も設定されており、(y)で定めたバリュエーションで株式を取得することが出来る。
(注:シリーズAの前にM&Aが発生した場合には別のロジックになる。その場合例えば、投資金額の2倍の金額を投資家は受け取ることができる)
シンプルに素早く調達を行い、プロダクトマーケットフィットまでたどり着き、シリーズAの時に初めて、優先株を使った交渉を行うことができるため、起業家にとっては投資実行の速さや株主対応の手間が低い。
当時日本では前例の少なかったJ-KISSを採用した理由を松村氏はこう語っている。
松村氏(以下、松村)J-KISSは株主の500 Startups(現Coral Capital)から提案いただいたのですが、テンプレートとして株価や投資家の権利が規定されており、コミュニケーションも楽だったことが選んだ理由です。
一般的にシード期のスタートアップは「これから事業を始める」というフェーズですよね。そのタイミングでバリュエーションの議論に時間をかけるよりも、次のラウンドでバリュエーションを決定することにして、まずは資金を入れてもらいサービスの実証に移った方が良いと思ったんです。
アメリカでは利用例があると聞いていましたが、日本ではおそらく最初期の事例であり、エンジェル投資家や弁護士に説明するのは多少苦労しました。ただ、その手間を踏まえた上でもJ-KISSのメリットがあると考えましたね。
現在では日本でも活用例が増えていると聞きますし、シード期のスタートアップの限られたリソースを有効活用できる、メリットのある調達方法だと思います。
(画像:lovelyday12 / Shutterstock.com)
実際に、J-KISSによる資金調達は日本でも利用例が見られるようになっている。entrepediaによると、2016年以降、現在(2019年9月1日)までに少なくとも50件以上のJ-KISSの発行、10件以上の権利行使が確認できている。
資金調達は、その手法だけでなく、誰に株主になってもらうかという点も重要な点となってくる。松村氏は次のような考えで株主を探したという。
松村空は私が25歳の時に初めて起業した会社なので、シードもシリーズAも共通して、自分の経営経験不足を補ってくれる投資家に株主になっていただきました。
シードにおいては、良質な投資先コミュニティを持っているVCから調達を行っています。投資先を集めた勉強会を開いていただくなど、先のステージにいる起業家さんからもノウハウを共有してもらいながら成長していきました。
一方シリーズAにおいては、企業が大きくなるにつれて直面する課題をどうサポートいただけるか、という視点に変わっています。
我々スタートアップが大企業に成長する過程では、巨額の資金調達やIRなど、より経営的視点が求められる局面が増えると思うので、その部分をサポートいただける株主を探しました。
自分はそれほどファイナンスが得意な起業家でないので、先輩起業家に聞くことで対応してきました。現在はスタートアップを取り巻く環境もよく、様々な分野で起業家が頼れる人がいます。
シード、アーリー期のスタートアップはファイナンスに時間を使うよりも、事業の成長に時間を使っていくべきだと思います。
PriceTechの先駆者として目指す、価格最適化の実現
MagicPriceは、需要と供給に合わせた宿泊料金をホテルが設定できるよう、簡単な操作とAIのサポートで解決するマネジメントソフトだ。
これまでのホテルの価格設定業務は、情報を苦労して集めたものの、最終的に価格をどう設定すべきか判断できず、経験やカンによる価格設定になってしまったり、接客業務と兼任しているスタッフが担当している場合も多い。
こうした、本来ホテル側として注力したい接客に時間を割けていない現状を解決する。
今回投資家として加わったGCPの渡邉氏はこう語る。
(写真:空提供 左:渡邉氏 右:松村氏)
渡邉氏 ダイナミックプライシングの成功事例が世に広まり始め、企業にとっての利益インパクトが大きい「価格」に対する重要性が認知され始めています。
一方、自社単独でダイナミックプライシングを実現するのは困難な企業が多く、プライシングを支援するビジネスが生まれることは必然で、『MagicPrice』には大きなオポチュニティがあると考えました。
現在の『MagicPrice』は、主として宿泊施設向けに展開をしていますが、様々な業種業態に適用可能で、ポテンシャルマーケットは大きいと考えています。
類似・競合サービスと比べて、ユーザー視点に立った手触り感のあるプロダクト・サービスになっている点、そしてそれを実現しているチームに対して、高く評価しています。
松村氏は、今後の展望についてこう話してくれた。
松村PR記事を見た企業から、うちの業界でもプライシング技術を使えないか、という問い合わせを頂くことが増えており、現在はその企業に対するプライシング支援という形で対応しています。
これまでMagicPriceはホテル業界向けのSaaSでしたが、ホテルだけに留まらず様々な企業のプライシング担当者向けに、水平展開を考えています。
空はPriceTech企業の先駆けとして、そのノウハウや文化を他の企業や業界にも共有していくことで、社会に貢献していきたいですね。
(写真:空提供)
(編集:ami)
*情報開示:空の株主であるUB Venturesは、ジャパンベンチャーリサーチと同じユーザベースグループに所属しています。