2019年10月、資生堂がアメリカの化粧品ブランド「DRUNK ELEPHANT」を約900億円の買収を発表するなど、日本でもD2Cへの投資事例が見られるようになってきた。
IT系スタートアップとは異なり、モノづくりの要素も絡むD2C。製造業の視点も必要な事業に対して、投資家は何を見ているのか。
化粧品メーカー、ポーラ・オルビスホールディングスが運営するCVC「POLA ORBIS CAPITAL」の岸裕一郎氏に、D2Cスタートアップを見極めるポイントについて、話を伺った。
メーカーだから分かる、D2Cのポテンシャル
投資を行う上で、D2Cの魅力はどこにあると感じますか。
岸 「お客さまに直接魅力を伝えられる」という点にあると思います。
実は弊社も、昔ながらのD2Cのような会社です。
POLAブランドは、自社で約4,200店舗を保有しており、自社チャネルでほとんどの商品を売っています。お客さま1人1人に美容室のように担当者が付いて、その担当者が販売をするビジネスモデルです。
直営店で販売員がお客さまに対し、プロダクトのよさや思想をお伝えすることで、化粧品を購入していただく。
その様子を間近で見てきたからこそ、自社の魅力を直接伝えることができるのはD2Cの大きな強みだと感じています。
「海外展開の可能性」も一つの魅力であり、言語の壁はもちろんありますが、物品の購入は直感的な部分が多く、国境を越える可能性が十分あるからです。
弊社の化粧品が中国のお客様に売れていく様子を見ると、D2Cスタートアップの伸びしろは大きいと感じます。
岸 裕一郎(きし・ゆういちろう)/ 株式会社ポーラに新卒入社後、化粧品事業の販売促進に従事。社内ベンチャー制度により、コーポレートベンチャーキャピタル「POLA ORBIS CAPITAL」の立ち上げを行う。トリコ、モデラートなど現在までに10社に投資を実行。
また、お客さまの声や購買データを利用できることも強みになります。
基本的にメーカーは商品を直接売るのではなく、小売業者を介しているため、D2Cのような細かな指標をKPIに設定するメーカーはほとんどありません。
しかし、自社チャネルを持つD2Cであれば、購買データやお客さまの評価を直接取得することが可能です。詳細なデータは、再現性高く事業を成長させる武器になります。
CVCとして投資を行う上で見ているポイントを教えてください。
岸 われわれは、「D2C」「ビューティーテック」「リテールテック」の3分野にフォーカスして、プロダクトの完成直後からシリーズAまでの間、いわゆるシード・アーリーステージで投資することが多いです。
その上で、具体的には「プロダクトとマーケット」「チーム」「トラクション」「将来性」「コスト構造」を見ています。
(画像:INITIAL作成)
プロダクトへのこだわりが最重要
岸 D2Cブランド(以下、D2C)はあくまで「モノを売る」企業ですから、プロダクトが最重要だと考えています。
投資対象のスタートアップの多くは、出来ているものは基本的にプロダクトと初期のトラクションだけ。他のポイントは構想段階でしかありません。
われわれは、事業を立ち上げるに至った起業家のストーリーが、商品のこだわりにどこまで反映されているかを見ています。
たとえば投資先の1つ、コスメD2Cを展開する「DINETTE」代表の尾崎さんは、ビューティー特化のメディアを自身で作り、運営する中でユーザーの悩みやニーズを的確に捉えていました。
ブランドは1人の熱狂からスタートするものだと考えているため、代表がその感覚を持っていることは重要な要素です。
実はD2Cの場合、OEMメーカー(他社ブランド製品の製造を受託するメーカー)に製造を委託する場合も少なくありません。
しかし、OEMメーカーが保有する設備によっては、こだわりを反映できないことも当然あります。本来実現したかったプロダクトを製造できないケースも多いです。
それでもあきらめず、日本中のOEMメーカーに会い、交渉の末にやりたいことを実現させる方もいます。その姿勢から製品に対するこだわりを測ることができます。
マーケットについては、何を見ていますか。
岸 マーケットは3つの点を見ています。
1つ目が、マーケットのサイズです。 「参入時点で存在するマーケットの大きさ」「マーケットが今後どれだけ成長するか、アップサイドの大きさ」を見るようにしています。
先述したDINETTEは、自社メディアでユーザーと対話する中で、目もとの悩みを抱える人が多いことを見抜き、競争の激しい化粧品マーケットに「まつ毛美容液」という商品で参入したことがユニークでした。
まつ毛美容液のマーケットは大きくはありませんが、2010年頃から急激に伸びています。プレイヤーが少ない点は初期商材として魅力的ですし、今後の商材展開にも可能性を感じていますね。
2つ目は、対象商材のLTVの可能性(一顧客が、生涯どの程度商品を購入するか)について。
たとえば、化粧品は大きくメイク用品とスキンケア用品の2つに分かれますが、それぞれのLTVは大きく異なります。
メイク用品は「いろんなものを使ってみたい」というニーズが強く、浮気性(別のブランドを買う割合)も高いですが、スキンケア用品は「自分に合ったものを長く使い続けたい」というお客さまが多いです。
また、コストについては、メイク用品の方がスキンケア用品よりも原価が高いことが一般的です。
(画像:Daria Minaeva / Shutterstock.com)
これらの特徴から、原価が安く、継続的に使用されやすいスキンケア用品の方が、LTVが高いことが分かります。
一言に化粧品といっても、LTVを慎重に見極める必要があるわけです。
しかし、「メイク用品はLTVが低いからD2Cに適さない」ということではありません。
確かにスキンケア用品よりメイク用品の方が事業の難易度は高いかもしれませんが、逆に言えば、難しい領域で成長するストーリーが描けているD2Cは、投資対象として魅力的です。
マーケットサイズが巨大でも、商材やセグメントといった切り口で正確にLTVを把握すべきだと考えています。
3つ目は、業界の構造と競争環境です。
大手企業がシェアの多くを占めているのか、それともシェアは分散していて、各社の競争が激しいのか、という観点から業界構造を見ています。
たとえば、ほとんどのシェアを数社が占めていて、新しいチャレンジがされていない業界では、既存の企業がスタートアップの動きについていけない可能性があります。
海外のマットレスD2C「Casper(キャスパー)」が急成長しているのは、象徴的な事例だと思います。
(画像:Casoer公式HPより)Casperは設立2年で100億円の売上を超える急成長を見せた一方、アメリカのマットレス専門店最大手マットレス・ファームは2018年10月に破産。
それ以外にも、既存のメーカー特有の業務習慣やノウハウが存在しているかも確認しています。たとえば、広告は全て広告代理店に任せているかどうか、といった視点です。
D2Cが考えるべきは、「どう既存のメーカーをリプレースするか」。
既存のメーカーがこれまで当たり前に外注していたものを、D2Cスタートアップが内製化できるようになれば、それ自体が強みになります。
D2Cに必要なチームの「多様性」
チームはどういった点を見ていますか。
岸 D2Cはサプライチェーンが長く、エンジニア、デザイナー、マーケティングといった多様な人材が必要です。能力の高いメンバーが集まっているか以上に、チームのバランスがとれているかを見るようにしています。
「全員商品開発できます!」というチームよりも、多様なメンバーで構成されたチームに魅力を感じますね。
シード・アーリーの段階で、人材が揃っている必要はあるでしょうか。
岸 たとえば創業メンバーが「3人ともエンジニア」だと偏りすぎなので、創業時のチームバランスは見ています。
しかし、そもそも早い段階で人材が揃っている方が珍しいので、将来的なチーム構想を明確に描けているかどうかを見ていますね。
熱狂的な顧客から測る「トラクション」
岸 トラクションについては、「ユニットエコノミクス(1顧客あたりの平均的な経済性)」「熱狂的なファンの有無」を見ています。
ユニットエコノミクスはLTVとCAC(customer acquition cost。1顧客を獲得するのに要した費用)から計算されますが、私の場合は、「顧客の獲得経路」「定着性」等も見ています。
「熱狂的なファンの有無」とはどういった指標でしょうか。
岸 定量面と定性面を見るようにしています。
まず定量面については、「年間の累計購入金額が最も大きいお客様には、どの程度商品を購入いただいているのか」という点から測ります。
一方の定性面については、UGCを見ています。
UGCは、要は「SNS上で発信されたお客さまの口コミ」のことです。私はTwitterやインスタグラムの投稿から、熱狂的なファンがいるかどうかを見ています。
たとえ初期のプロダクトでも、交友関係のないユーザーが高評価してくれるのであれば、少なくとも1人は熱狂的なファンががいると判断できます。
プロダクトやブランドのどんな性質が、お客様のどんなニーズに刺さっているのか仮説を持つようにしています。
(画像:INITIAL作成)
D2Cは市場の「数%」を獲れば成り立つビジネスです。たとえ絶対数が少なくても、プロダクトが「刺さっている」リアルな声があるかどうかは、重要な指標です。
逆に自身の友人等にヒアリングは一切行いません。これはターゲットでない人にヒアリングしてもあまり意味がないからです。
販売数を拡大することも重要ですが、D2Cはドラッグストアのような小売店で大量に販売するのではなく、コアなお客さまが思想とブランドに熱狂することで、広がるビジネスだと思うんです。
UGCを見て購入を決めるお客さまも増えていますから、再現性あるマーケティングを行うために、UGCをKPIに設定するスタートアップも増えていると思いますね。
「ブランディング」「サプライチェーン」から見る将来性
岸 われわれの投資対象であるスタートアップは、これから実績を作る段階です。投資時点における成果と同様に将来的な構想を見ています。
具体的には、「ブランディング」と「サプライチェーン」の将来像を描けているかが重要です。
まず、1つ目のブランディングについて。
「ブランド」はアート性が強く、感覚的に語られることも多いですが、「お客さまからどういうイメージで見られているか」が基本的なブランドの定義だと思います。
たとえば海外の高級カバンブランドも、言ってしまえば「カバン屋さん」ですが、あれだけの高価格で売れるのは、カバンの原価と販売価格の間に「ブランド」があるからですよね。
この幅を埋めるために、プロダクト、UX(ユーザーエクスペリエンス)、デザインをどうブランドに繋げていくかが重要です。
2つ目のサプライチェーンについて。
立ち上げ直後のD2Cは、売上をたてることに注力すると思いますが、その次のステップとしては、サプライチェーンの川上を強化して差別化することも考えるべきです。
商材によって違いますが、研究・生産・商品企画・物流・プロモーションといった要素の内、どこで差別化を図るつもりかを聞いています。
われわれが化粧品メーカーとして培った、サプライチェーンのノウハウを、投資先に共有することもありますね。
D2Cが避けて通れない、「製造コスト」の課題
岸 最後はコスト構造についてです。
D2Cは製造原価が必ず発生するビジネスですから、限界利益の幅をどこまで取れるかを見ています。
限界利益を向上させるには、原価を下げるか、売価を上げるかの2つの選択肢があります。
OEMメーカーに委託している場合、原価を下げられるかどうかは、OEMメーカー側の生産体制に大きく左右されます。
たとえば、もしOEMメーカーが全て手作業で製造していたら、発注量が増えても原価は落ちませんよね。そういった観点から、原価を下げる見通しが立っているのか、聞くようにしています。
(画像:MOLPIX / Shutterstock.com)
また、売価についても、挑戦的なプライシング戦略を描けているかを確認しています。
日本の小売環境は、コンビニ等の小売店が存在しているため、低価格でもそれなりに品質の良い商品が手に入ります。しかし、その小売店は地方にも存在してはいますが、高価格帯の商品を買えるチャネルは多くありません。
上記の特徴を踏まえ、あくまで私の仮説ですが、「単価が高くて品質の良いもの」は日本の消費者と相性がいいと思っています。
アメリカのD2Cは、販売価格を下げて提供することが一つの成長パターンでしたが、日本のD2Cにはプロダクトを安売りせず、高い価格帯で挑戦してほしいですね。
自社の強みを活かしたサポートは行っていますか。
岸 弊社の投資分野は3つに分かれていますが、特にD2Cスタートアップに対しては、OEMメーカーの紹介を行うほかに、製造や薬事といった特定の領域に詳しい社員を介して、ノウハウを積極的に共有するようにしています。
CVCとしては、投資先のIPOやM&Aが最終的なゴールになるでしょうか。
岸 そうですね。VCとして継続的に活動することを目指していますから、IPOやM&Aによって、ファイナンシャルリターンを確保する必要は当然あります。
しかし、弊社の売上高は約2,500億円であり、投資対象のスタートアップがシード・アーリーステージであることを踏まえると、すぐに全社的なインパクトを与えるのは難しいかもしれません。
金銭以外のリターンを追求するという観点から、短期的には事業会社として出来る様々なサポートを行いつつ、長期的に事業シナジーを実現できる仕組みも探っていきたいと考えています。
聞き手・文:三浦英之、写真:INITIAL