「もし自動車メーカーが自動運転に興味がなければ、自動運転ソフトウェアが完成しても何も実現しませんよね。住宅にも同じことが言えます。」
シリコンバレーで「HOMMA(ホンマ)」を立ち上げた本間毅氏は、アメリカのスマートホーム市場に挑戦する理由をこう例える。
かつて学生起業家として事業売却まで経験した本間氏だが、実は「もう起業はない」と考えていたという。
13年ぶり2度目の起業となった本間氏に、アメリカの住宅産業で再挑戦を決めた理由と、日本人だから出来る戦い方について伺った。
スタートアップが 「住宅産業」を変えられるのか?
HOMMAのユニークさは、「テック系ホームビルダー」としてソフトウェアの開発だけでなく、住宅の建築も手がけている点ですね。
本間 実は、スマートホームの中でもソフトウェアに絞って開発していた時期がありました。
しかしそこで痛感したのは、アメリカのホームビルダー(住宅建築業者)はテクノロジーに興味がないということ。
家は予算通りに、期限内につくれればそれでよいと思っている。新技術を導入した後のカスタマーサポートや責任の所在にまで話が及ぶことは彼らにとっては「面倒くさい」ことでしかない。
ITエンジニアを雇ってイノベーションを起こそうとは考えてもいないんです。
たとえば自動運転ソフトが完成しても、自動車メーカーが導入する気がなければどうなるか?自動運転が実現する日は遠いままでしょう。
本間毅(ほんま・たけし)/ 1997年にイエルネット設立。 2003年ソニー入社後、ネット系事業戦略部門、 リテール系新規事業開発などを経て、2008年5月よりアメリカ西海岸に赴任。 電子書籍事業の事業戦略に従事。 2012年楽天に入社。執行役員として、デジタルコンテンツのグローバル事業戦略を担当。2016年5月、シリコンバレーで「HOMMA」を創業。
住宅の場合も同じ話で、「あなた達の建てる新築住宅に、われわれのソフトウェアを入れて欲しい」とお願いしても、ホームビルダーに興味を持ってもらえなければ何も実現しません。
ソフトウェアだけつくっても家は建たない。自分たちがやらないとマーケットを切り開いていけない。そう考えた結果、「テック系ホームビルダー」へのピボットを決めました。
ITスタートアップとして家をスマートにするソフトウェアの開発を進めると同時に、建売業者として土地を買い、家を建てて販売するビジネスモデルです。
たとえアメリカのホームビルダーにやる気がなくても、自分たちで家を建て、そこにソフトウェアとサービスを構築すれば自分たちのやりたいことが実現できます。
ソフトウェアやサービスは無形ですから、実績ができれば、他のホームビルダーに展開できると考えています。
「イノベーションを起こす気がない」アメリカの住宅産業の実態について教えてください。
本間 たとえば2019年の今でもカリフォルニアの建売住宅はこんな見た目です。100年前からほとんど変わらず、イノベーションが起きているようには見えませんよね。
(画像:HOMMA会社説明資料より)
なぜ、アメリカの住宅産業にイノベーションが起きないのか。まずアメリカの戸建住宅の事情からお話しします。
アメリカの戸建住宅は約90%が中古住宅で、新築は約10%、数で言えば約70万戸もありますから、マーケットは20兆円と十分大きい規模です。
(画像:HOMMA会社説明資料よりami作成)
新築物件の約8割を占める「建売住宅」の作り方が古いために、アメリカの住宅産業にイノベーションが起きない構図になっているんです。
この構図の背景には、アメリカの住宅産業が抱える3つの問題があります。
1つ目は100年前から変わらない在来工法で家が建てられていること。アメリカでは「工場で作り現場で組み立てる」という工業化が全く進んでいません。
たとえばバスやキッチンといった設備は、日本では工場でつくり現場に持っていく流れです。しかしアメリカではバスやキッチンを現地で手作業でつくって、何ヶ月もかけて組み立てています。
2つ目は、建築期間が非常に長いこと。新築の場合、日本ではおよそ1年以内に家が建ちますが、アメリカでは2~3年もかかるんです。
先ほど話した工法の非効率さに加え、役所への建築申請の期間が長いことも影響しています。これだけ時間がかかると、業者と相談しながら進行する注文住宅を建てるのはさらに難しく、日本の注文住宅の割合は50%を超えているのに対しアメリカは20%程度に留まっています。
3つ目は、建築のデザインやテクノロジーの導入は外部任せになっている問題。ホームビルダーはあくまで家を建てるだけであり、その家の中に新しいテクノロジーを導入するのは購入者の役目となっています。
日本の大手住宅メーカーもアメリカに進出していると思いますが、難しさはどこにあるのでしょうか。
本間 聞いた話を元に推測すると、日本の仕組みをそのまま持っていこうとしたことがうまくいっていない理由の1つだと考えています。
日本とアメリカでは建築基準も工法も違うので、ノウハウをそのまま適用することはできません。日本での成功事例を再現するための仕組みをアメリカにローカライズさせられなかったのではないでしょうか。
かつて自分も大企業に所属していたので分かることですが、リスクを伴った意思決定には大企業の方が時間を要することも影響していると思います。
そこで「HOMMA」を立ち上げたわけですね。
本間 ターゲット顧客はミレニアル世代、ターゲットエリアはテック系人材に人気がある都市圏に絞り、「都市型プレミアムコンパクト住宅」を開発しています。
(画像:HOMMA会社説明資料より、HOMMA ONE Beniciaの完成イメージ)
具体的にはシリコンバレーやポートランドといった都市圏がターゲットですが、人気なだけに土地代が高いんですよね。
HOMMAは若い方でも買いやすい、便利でコンパクトな住宅を提供することを目指しています。住宅としての特徴は主に2つあります。
まず1つは、デザインと利便性の両立。
日本が培ってきたノウハウや技術を使い、狭くても広く感じられて、収納を犠牲にしないデザインにしています。
家を買ったらすぐ導入されているテクノロジーを使えるように、全てビルトインになっているモダンデザインの住宅を目指しています。
(画像:HOMMA会社説明資料より)
もう1つは、テクノロジーとの連携です。
「スマートオーケストレーション」という、家の中の複数の設備をコントロールして連動させるプラットフォーム技術を開発をしています。
ローカル上で出来ることは、スマートスピーカーやスマホのアプリを操作して1つずつオンオフするのではなく、センサーが捉えた情報をベースに、照明やエアコンなどを自動で最適化できるイメージです。
またクラウド上では、外部のサービスとの連携も自動化されます。たとえば、家に不具合が発生したら自動でメンテナンスを頼めるようになるでしょう。
「スマートホーム」といえば、Alexaのような機器を使うイメージですか。
本間 今はスマートスピーカーが「スマートホーム」のインターフェースとして最も分かりやすいのだと思います。
日本はそれほどスマートホーム化が進んでいませんが、アメリカでは照明スイッチやカーテンのコントロール、スピーカーなど様々な機器がスマート化しはじめています。
HOMMAはそれを更に進め、人間の行動や周囲の環境を自動で理解したうえで、家が機器をコントロールするレベルまで持っていきたいです。
日本人だからできるファイナンスの工夫
ITサービスとは違い、住宅のプロトタイプをつくるには数千万~数億円かかります。ファイナンス面での難しさはありますか。
本間 アメリカには家が足りていませんし、建てれば基本的に売れるんです。作ったけど売れないことはまずありません。住宅産業は既にビジネスモデルが確立していますし、市場性を検討する必要はありませんでした。
ただ、おっしゃる通り資金も時間もかなり必要なので、資金調達の仕方は工夫する必要があります。
われわれはシリコンバレーで事業を行っていますが、主に日本の投資家に出資をいただきました。
(画像:HOMMA会社説明資料より)
これはなぜかというと、VCの方も含めアメリカの人たちは「家はもっとイノベーティブになる」という期待感を持ちにくいからです。住宅がどう変わるのか想像できません。
しかし日本の住宅の良さを知る人が、旧態依然のアメリカの住宅を見れば「もっとよくできる!」と想像が働きますよね。
つまり、分かってくれる人に支援してもらう方が話が早かった。
もう1つのポイントは、シリコンバレーの起業家は簡単には日本のVCから出資してもらえないことです。せっかくなら自分の持つアドバンテージを活かそうと考え、日本の方にサポートをいただいています。
ちなみに1度目の起業の時と現在を比べると、資金調達環境は大きく変わりました。VCから流入する資金量も起業家の数も増えましたし、今はスタートアップが本当に世の中を変える時代になっていると実感しています。
現在の産業を変革するスタートアップに対する日本の投資家の期待感は、「とりあえず新興市場ができたからブームに乗っておこう」といったバブル的なものとは大きく異なります。
日本の投資家は、HOMMAに対しても期待感が高いということでしょうか。
本間 どの国の投資家から出資いただいたとしても、会社を成功させるという目的は変わりません。
日本の投資家に限らず、今後はアメリカの投資家から調達することも当然考えられます。
また、日本の事業会社からも投資いただいているので、アメリカで培ったスマートホームのテクノロジーやサービスを日本に展開することは、将来的にありえる話だと思っています。
投資家からの質問はどういったものが多いですか。
本間 「GAFA(Google・Amazon・Facebook・Apple)が来たらどうするんですか?」という質問は来ますね。
しかしその質問が来るということはチャンスがあることの裏返しなわけですから、これはよいことだと捉えています。
たとえばAmazonはLennarという建売業者と組んだり、GoogleはKB Homesという事業者と組んで「これがスマートホームです」と宣伝しています。
(画像:HOMMA会社説明資料より)
しかし、彼らがやっていることを見ても不安は全くありません。従来の建売住宅に、プロダクトを置いてセッティングしただけで、AmazonもGoogleも既存の住宅のデザインを何も変えられていないからです。
彼らの提携の目的は、「プロダクトと家とセットにして自社サービスの会員を増やそう」という販売促進的なものでしょう。
HOMMAが目指すゴールとは全く違います。われわれの狙いは、建築をデザインから変えて新しいユーザー体験をつくり、外部のサービスとも連携してイノベーションを起こすことです。
正直GAFAはやろうと思えば車やロケットも開発できるわけですから、住宅を作ることも可能でしょう。
だからといって彼らに対抗できるかできないか考えても仕方ないですし、GAFAよりも早く動き、彼らが考えないようなやり方で、市場を狙いにいきます。
家を立てることにこだわっているわけではない
そもそもターゲットとしているミレニアル世代は家を買うのか?という疑問が浮かびます。
本間 実は「家を買わない」という価値観も尊重したいんですよね。
今は車がなくてもUberで済ませたり、ホテルに泊まらずAirbnbを使用しますよね。
同じように「家を持たずに好きなところに好きなだけ住む」という価値観は、いずれ出てくるはずです。
しかし、一足飛びにその価値観が実現されることはないと考えています。
「所有する」というスタイルではなく「サービスとしての住宅」という未来が実現されたとしても、その家自体は誰かが何億円もかけて完成させ、誰かが資産として保有する必要性は変わりません。
(画像:HOMMA会社説明資料より)
究極的には、人の生活やライフスタイルを変えていきたいという思いが根底にあります。
アメリカの住宅に対する価値観を変える挑戦でもありますね。
本間 たとえばアメリカの車は、1960年代はかなり大きかったですよね。しかしそこに小さくて燃費のよい日本車が登場して、1970年代から80年代はアメリカを席巻しました。
どちらが正解という話ではなく、これまでの価値観に対して「都市型プレミアムコンパクト住宅」という新しいコンセプトで挑戦していくことが重要だと思います。
最近はこんまりさんがアメリカで人気を集めていて、英語として「konmari」が動詞になるくらい流行していますよね。
「ものをたくさん持たないほうがいい」というこんまりさんの価値観が広がるのを見て、 われわれのコンセプトやフィロソフィーと似たところがあると感じましたし、すごく勇気づけられています。
やはりモノで溢れる現状に、ストレスを感じるのは日米で共通だったんじゃないでしょうか。
本間さんは2000年代初期のインターネットバブルの際、イエルネットを創業しています。もう1度起業したい思いはあったのでしょうか。
本間 起業するのは、13年ぶり2回目です。
最初に立ち上げた会社をExitしたとき、実はもう少し違った成功像を描いていて、その時は「もう起業はないな」と思っていました。
それでも再び起業しようと思った理由は、2つあります。
1つ目は、前職で多くのシリコンバレーのスタートアップの創業者に会ったことです。
Airbnbが宿泊業界を変え、UberやLyftがタクシー業界を変えたように、わずか創業5年に満たないスタートアップが業界をどんどん変えていくわけですよ。
しかもその事業を率いているのは宇宙人ではなく、普通の若い方です。スタートアップには世の中を変える力があることを目の当たりにしました。
もう1つの理由は、自分が住んだ家のクオリティがあまりにも低く、イノベーションが起きていないと実感したことでした。正直、「何なんだこれは?」と思いましたね。
私は留学経験がなかったので、ソニーに在籍していた2008年にアメリカに赴任したときに、初めてアメリカの家に住みました。
シリコンバレーは最先端の街というイメージがありますから、そこに建つ家もハイテクなんだろうなと期待していったら、設備もすぐ壊れる古い家ばかり。
自分がその現状を変え「人の生活を未来にする」というミッションを実現できるなら、リスクを取ってでも起業しようと思い立ちました。
20代で起業したときは自己実現的な思い強かったですが、今は世の中をよくしようという思いが強く、ミッションの実現に向けて動いていると思います。
HOMMAとしてどういうマイルストーンを描いていくのか教えてください。
本間 まずは築50年の中古住宅をリノベーションしたオフィス「HOMMA ZERO」が最初の形です。IoTデバイスやサービスを実際に組み込んで、自分たちのオフィスとして使っていますが、試行錯誤をしつつ理想的な「HOMMA」の住宅像を追求しています。
(画像:HOMMA会社説明資料より)
現在建設中の、最初のプロトタイプ住宅である「HOMMA ONE」は、来年1月に完成予定です。
次に考えている「HOMMA X(ten)」というプロジェクトは、10軒以上の住宅を建て、プロトタイプのコミュニティを形成するものです。
単純に1つの家を改善するのではなく、コミュニティをつくる。そしてHOMMAの住宅で構成された「HOMMA 100」という街をつくることが最終的なビジョンです。
マイルストーンを刻みつつ、ホームビルダーとして成長していく。
そして住宅上で動くテクノロジーをつくり、よりよいエクスペリエンスを多くの方々に届けていきたい。
家が変われば、人の生活は大きく変わります。
先進的な現代のライフスタイルを創り出すことが、自分のライフワークだと思っています。
聞き手:松岡遥歌、文:三浦英之