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グローバル投資家が語る、日本のスタートアップ投資と可能性

## ディープテックが次々上場

米国でSPACの勢いが止まらない。2020年は前年に比べてSPACの上場件数が4倍、調達金額が6倍にそれぞれ急伸。2021年はそれを上回る勢いでSPAC上場が相次ぎ、4月19日時点で件数が308件、調達金額は1000億ドル（約11兆円）と、すでに2020年を大幅に上回っている。

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具体的に米国ではどのような企業がSPACを通じて上場しているのか。__SPAC上場の恩恵を最も受けるだろうと言われているのが、収益化までの期間が長く、従来のIPOが難しかったディープテック（研究開発型企業）やバイオだ。__

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著名VCのNEAやSequoiaに加え、グーグルが出資している一般消費者向け遺伝子検査の23And Meは2021年の第二四半期に英ヴァージングループの創業者、Richard Branson（リチャード・ブランソン）氏が設立したSPACと合併する見通しで、合併時の企業評価額は35億ドル（約3850億ドル）と見込まれている。同社は一般消費者向けの遺伝子解析サービスで膨大なデータを収集しており、今後はこうしたデータを創薬の分野で活用していく。

Uberやトヨタ自動車のCVC、トヨタAIベンチャーズが出資しているJoby Aviation（ジョビー・アビエーション、以下ジョビー）はLinkedinの共同創業者であるリード・ホフマンと、ソーシャルゲーム大手のジンガの創業者、マーク・ピンカスが設立したSPAC、Reinvent TechnologyPartnersと合併し上場する見通し。

ジョビーは「空飛ぶタクシー」と呼ばれる垂直離着陸機（eVTOL）を開発している。同社は10年に渡って1000回以上の飛行実験を繰り返してきた。eVTOLは次世代の移動ツールとして期待を集めてはいるものの、同社が空飛ぶタクシーとしての実用化を見込むのは2024年からで、予定通りに実用化し、収益に結びつくことは保証されていない。

先行してナスダックに上場していた中国の大型ドローンメーカー、EHang（イーハン）は米調査会社がレポート内に虚偽記載があると指摘したことをきっかけに2021年に入って株価が急落している。

一時、業績が悪化し、ソフトバンクが立て直しに動いたWeWorkもSPACとの合併による上場を選択している。同社は2019年に業績が悪化。コンプライアンスの問題も重なり、米NASDAQ市場への上場申請を取り下げていた。

## SPACとの合併合意から半年で上場

米国で一気に活用が進んでいるSPACだが、投資家やスタートアップにとってはどのようなメリットがあるのだろうか。それを探るために、まずはSPACの仕組みを見てよう。

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まず、企業経営者やファンドマネジャーなどがSPACを組成するところから始まる。SPAC自体は事業を手がけず、企業の買収のみを目的としている。

SPACの上場時はどのスタートアップと合併するかは決まっていないが、豊富な実績を持つ投資家やその専門分野の第一人者、著名な経営者など、組成者の名前によって資金を集める。



SPACは上場後、買収先を通常2年以内に選定する。SPACの株主総会での決議を経て、SPACと合併することで、スタートアップは通常の審査などを経ずに上場することができる。__株主総会での承認から買収完了・合併された企業の上場までにかかる期間は4～6か月と言われている。__

スタートアップにとってSPAC上場の最大のメリットはこのスピード感にある。通常のIPOでは上場審査やロードショーなど、長期にわたる上場準備期間が必要となる。一方、__SPACでは上場までにかかる期間を大幅に短縮することができる。__

2つ目のメリットが__SPACの投資家と合意していれば上場時に想定通りの資金を調達できる点。__従来のIPOではブックビルディングを経て公開価格が決められるが、スタートアップにとっては想定価格と乖離が生まれるケースも多い。一方、SPACでは事前にスポンサーと買収条件を協議できる。2020年はコロナ禍で相場の変動が大きくなったことで、事前に投資家と上場時期や株価などの条件を協議できるSPACの人気が一気に高まった。

3つ目のメリットとして、__資金調達の多様化があげられる__。ディープテックなど、利益を生み出すまでに時間がかかるスタートアップはIPOまでにかかる時間も長くなる。一方、SPACを活用すれば現在の売上高はゼロで事業化が3年後というスタートアップでも上場し、公開市場からの調達が可能になる。SPACでは通常、IPO時には認められていない将来の収益見通しを示すこともできる。「今は要素技術しかないが、将来的にはこれだけ成長が期待できる」というストーリーで投資を呼び込むことができるのだ。

日本とシリコンバレーに拠点を置き、米国での投資実績も豊富なVC、WiLの久保田雅也氏はさらに、__「優良投資家を選べる点」をメリットとして挙げる。__一般に、SPACは上場後、スタートアップを買収するタイミングで、追加で増資によって資金を調達する。その際にはどの投資家からの出資を仰ぐのか、スタートアップとSPACの組成者で協議する。このプロセスを通じて、スタートアップ側はどの投資家を株主として迎え入れたいか、積極的に関与することができるという。

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## SPACとVCで投資先の争奪戦に

スタートアップに投資しているVCにとっては投資するステージによってSPACのメリットとデメリットが分かれそうだ。

__アーリーステージに投資しているVCにとってはSPAC上場を選択することで早期のイグジットが可能になる。__スタートアップと同様に、合併条件が事前に決まることも利点と言えるだろう。米国ではSocial Capitalが勝ち組と言われ、すでに3つのスタートアップをSPACとの合併を通じて上場させている。

一方、__「レイター投資家にとっては投資機会が減るリスクがある」__と指摘するのはPlug and Playの投資部門であるPlug and Play Venturesの小林俊平氏。「SPACとレイターの投資家で投資先の争奪戦が起こりつつある」と見る。

上場後の投資家はどうか。IPOと同様の審査を受けないままスタートアップが上場するため、上場後の投資家保護の観点から批判が相次ぎ、SEC（米国証券取引委員会）も対応を迫られている。

2020年9月には、 空売り投資集団のヒンデンブルグ・リサーチが、EVメーカーのNikola（ニコラ）が技術を誇大広告している疑惑についてレポートで公表。株価が急落し、SPACの活況に水を差した。

その他にもSPACとの合併によりニューヨーク証券取引所に上場したEVバッテリーのRomeo Power（ロメオパワー）は株主による集団訴訟を起こされようとしている。同社は2020年10月時点では1.4億ドル(約154億円)としていた2021年の売り上げ予想を約半年後に1800万〜4000万ドル（約20億円～44億円）と、大幅に引き下げていた。集団訴訟の代表をしている弁護士事務所は「ロメオは収益悪化の要因として材料不足を挙げているが、その影響は前回の業績予想発表時にすでに発生しており、収益見通しが甘すぎた」と断じている。

こうした問題を受け、SPACが新興企業との合併時に開示した将来の業績見通しに虚偽があれば摘発対象になるとSECが警告。さらに、スポーツ選手など、著名人が組成したSPACに安易に投資しないよう呼びかけるなど、対応に追われている。

投資家保護の観点から問題点を指摘する声は多いが、個人投資家にとっては機会が増えるのも確かだ。WiLの久保田氏は「__SPACはスタートアップ投資を民主化する側面がある__」と指摘する。米国では未上場でも多額の資金を調達できるため、潤沢な資金を活用して成長を果たしたユニコーンが次々と誕生している。未上場の状態で成長し切ったユニコーンが上場しても、その後の業績や株価のアップサイドは限られる。巨大な利益を得られるのは未上場時に投資していたVCやエンジェル投資家だけ。その点、「企業価値が大きくなる前にSPACを通じて有望なスタートアップに投資でき、個人投資家もその後の急成長の恩恵を受けることができる」という。

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## 日本でもSPACの議論始まる

米国での活況を受け、世界各国でSPAC導入に向けた議論が進んでいる。欧州では現在、オランダがSPACの中心地となっているが、かつての金融都市、ロンドンはSPACを活用しやすくなるよう、規制緩和に動いた。アジアでは香港やシンガポールが2021年内に導入に向けてガイドラインを発表しており、有望なスタートアップを呼び込む争奪戦の面がある。

そんな中、日本でもSPAC導入に向けた議論が始まろうとしている。一部報道によると東京証券取引所の山道裕己社長が「導入を検討する」と表明したほか、2021年3月にはSPACも含め、日本のスタートアップ育成のあり方について議論するワーキンググループが立ち上げられた。

同会では日本からユニコーンなど、有望なスタートアップが他地域と比べて生まれていないことの要因の1つとして、資金調達環境を挙げている。例えば、IPO1件当たりの調達金額は米国の3.7億ドルに対し、日本は0.4億ドルと大幅に見劣りする。また、IPOの初値が公開価格を上回る割合については米国の17％に対し、日本は49％にも達している。公開価格が低水準になれば当然上場時にスタートアップが手にする資金も抑えられる。

この2点から日本のスタートアップは上場によって十分な成長資金を得られていないのではないか、と推察している。さらに、個人投資家が多い東証マザーズ市場ではIPO後の資金調達も容易ではない。個人投資家は増資による希薄化を嫌うため株価下落を避けるために企業が資金調達を避ける傾向が強く、結果的に上場後に大きな成長を果たせない点も問題と言われている。

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## SPACは日本のスタートアップの追い風になるのか

こうした問題の解消に向けてSPACの導入に関する議論が始まったものの、日本でSPACがスタートアップの振興につながるのか、投資家の間では懐疑的な見方が多い。

Plug and Play Venturesの小林氏は「米国のSPACが順調にスタートアップと合併できているかなど、他国の状況を見ながら日本も議論をしていけばいい」とする一方で、日本で導入する際の懸念点を2つあげる。

1つめの懸念点が__「日本は年間のIPO数が100社程度と米国に比べると少なく、比較対象が限られるため、SPACがスタートアップを合併する際のバリュエーションが難しくなる恐れがある」__こと。「既にSPACを導入済みで欧州の中心地と言われるオランダでもSPACを使った上場が米国ほど盛り上がっておらず、その原因として同様の問題があるとされている」と説明する。さらに「そもそも海外と比較すると、日本には起業家が少ない。国内の起業環境を整えることが先決で、出口だけ議論しても意味がない」と指摘する。

WiLの久保田氏は米国におけるSPACのメリットを評価しながらも、日本ではデメリットが多いとみる。「__米国では、ディープテックの専門家や企業経営のプロが組成したSPACと合併することで、上場後のスタートアップの成長が加速されるという側面がある。だが、日本にはそもそも企業経営や技術の専門家といったプロ人材のタレントプールが薄く、スタートアップの成長に貢献するような質の高いSPACが組成されにくい。__また、そもそも上場基準が厳しくない日本で、敢えてSPAC上場を選択したことが悪いイメージを与える恐れもある」という。

資本市場への影響を懸念する声もある。米国の資産運用大手T.Rowe Priceジャパンの日本株式運用のポートフォリオ・マネジャー、アーシバルド・シガネール氏は「そもそも日本は上場企業の規模が小さく、数も多過ぎる。資金調達をしやすくするよりも、__VCの市場を活発化し、実力のあるスタートアップが未上場でもちゃんと資金調達ができるようにするほうが先決。__そのうえである程度の規模になったら上場して、そのまま大企業になるというのが一番望ましい」と指摘。「SPACを導入することでより未熟な企業が上場すれば、機関投資家が参加できない市場になって質が下がってしまう」と危惧する。

一方、自身もスタートアップのCFOとしてIPOを経験し、現在は上場後のベンチャーの資金調達支援や成長支援などを行っているグロース・キャピタルの嶺井政人氏は条件付き賛成の立場。「海外の失敗事例や投資家保護の観点などを見ながら、良い点は取り入れつつ、課題点を改善しながら導入の可能性を議論していくべき」と主張する。

 嶺井氏は「ディープテックやハードウェアスタートアップなど先行投資が必要な研究開発型ベンチャーは、いまだ資金調達が容易ではなく、そういった企業の資金調達の選択肢を広げるSPACは日本からイノベーションを起こす上で十分議論に値すると思う。また__現状、最低2年はかかる上場準備において、成長投資を絞ったり、大きな組織再編が起きるM&Aが実施しづらい状態が起きており、そういった機会損失を減らせることもSPACの優位な点だ。__SPACを導入すれば、99社は大成しないかもしれないが、1社はものすごく成長して日本を引っ張るような会社の誕生に寄与するかもしれない。日本の株式市場のあり方を問い直す、良い機会なのではないか」と期待を込める。

日本でも一部のスタートアップはすでにSPACとの合併により米国で上場を果たしている。2021年１月に株式公開した代替肉を開発するネクストミーツもその一社だ。米国の一部のSPAC運営会社は、すでに日本の企業も買収対象企業にしており、仮に日本でSPACが解禁されなくても、今後スタートアップが資金調達の選択肢として海外でのSPAC上場を検討する動きも出てくるだろう。

参考：[国内FoodTechスタートアップが米国SPAC上場。代替肉の可能性とは](https://initial.inc/articles/briefing17)

## 進化するSPAC

SPACは通常、上場から2年以内にスタートアップを買収できなければ清算しなければならない。2020年から急増したSPAC上場だが、今後の1〜2年で買収までいけるかどうかが1つの正念場となりそうだ。

一方で、米国では数々の批判や指摘を受け、SPACが進化を遂げている。GrabのSPAC投資家であるAltimeterは最大で12億ドル（1320億円）を投資し、3年間は売却しないことを発表して話題になった。

WiLの久保田氏は「従来、SPACのIPOに投資した人は新株に加えてワラント（新株引受権）も手にしていた。SPACの株主は買収先の選定で納得がいかなければSPAC側に償還を請求できるが、ワラントについては保有し続けられる。つまり、出資を引き揚げてワラントだけを残し、スタートアップの買収後に株価が上がれば権利を行使して利益を手にすることもできる。それは投資家に有利すぎるという批判を受け、ワラントを割り当てないケースが増えている。
こうしたワラントの消滅、プロモーター（SPACの設立者）の株式保有ロックアップなど、SPACは進化している。楽観的な将来見通しについては規制の手当てなどされるだろうが、SPACそのものは今後もIPO手段のひとつとして残り続けるだろう」と見る。

SPACの活用で先行する米国の取り組みを参考にしながら制度設計を進めれば、現在指摘されている問題点のうち解決できるものもあるだろう。だが一方で、SPACだけでは日本から有望なスタートアップを生み出せない。起業家や投資家、プロ経営者の育成などを両輪で進めなければせっかくSPACを導入しても活用が進まず絵にかいた餅に終わるだろう。

（文：濵田尚子、平川凌、編集：藤野理沙、デザイン：石丸 恵理）

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