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2020/09/01

コロナ禍でもスタートアップ資金調達は社数・総額共に増加

COVID-19の流行によって、2020年は世界的な混乱に陥った。その影響で国内スタートアップの資金調達の大幅減少が懸念されたが、2020年上半期は予想に反して件数、総額ともに昨年対比で増加という結果になった。ファンド設立動向など懸念点はいくつかあるものの、特にレイターステージの投資家属性は多様化し、この環境下でも資金調達件数・金額が縮小しなかったということは、日本のスタートアップの資金調達市場は安定成長期に入ったとの見方も出来る。

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2020年上半期は調達額・社数増加

2020年上半期の国内スタートアップ資金調達額は1969億円。好調だった前年4976億円と比較すると40%程度の規模と一見後退したかのようにみえる。しかし、2019年8月29日時点で集計した2019年上半期調達額が1675億円だったことから、実態としては前年を上回るペースで推移している(※1)。なお、INITIALでは資金調達の対象をキャッシュの増加を伴う株式資本参加を対象としているため、融資金額は本集計には含まれていない。

※1: INITIALデータは各社の公開情報を基に観測している。そのため、情報公開の有無・公開時期による影響を受けやすい。たとえば、一般的に資金調達はプレスリリースなどで公表されるが、とくにシード期あるいは金額が小さい調達ほどその事実を公開しない傾向がある。他手段で情報の網羅性に努めているものの、非公開調達の一部はリアルタイムで観測されず、調査進行によって後から発見される。本影響を受け、直近の資金調達ほど変化しやすく、その影響は社数ほど出る。しかし、傾向に大きな変動は生じない。

また、調達社数は688社と2019年8月29日時点で集計した2019年上半期調達社数637社を若干上回る結果だった。

資金調達は5月に急変

影響が出たのは5月だ。2020年5月は4月と比較して半分以下の金額規模に落ち込んだ。調達社数の落ち込みは3割程度であった(※数値は後日法人会員向けに公開予定)ことから、緊急事態宣言によって、従来オフライン主体で行われていた新規投資検討を見合わせ、既存先のフォローやつなぎ投資が中心となったことが窺える。

5月に減少した調達は翌月には回復に向かっている。足元7-8月は後述するMobility Technologiesの大型調達のみならずシード調達も観測され、調達水準も今年1月並みに回復している。5月に一時的に混乱して停滞したが、それを抜けて環境に適応してきた表れといえる。

一方で、回復傾向にある7-8月の資金調達傾向を勘案しても、今下期に2019年下期ほどの勢いの兆しは現時点で観測されていない。COVID-19で新規投資活動が一時的に停滞したことや後述の一部事業法人の投資姿勢の変化が続くならば、2019年の総調達額水準には届かないだろう。

一部事業法人の投資姿勢に変化

この変化の裏側、投資家属性の変化を見る。 事業法人(CVC含まない※2)の投資が大きく減少している。

※2:INITIALでは投資を本業としない事業会社によって設立された、スタートアップ投資を行う関連会社をコーポレート・ベンチャーキャピタル(CVC)としている。

近年、事業法人を中心に投資専業ではない投資家が数多くスタートアップ投資に参入していたことから、本業優先でこれまで積極的であった投資姿勢を変えるところも一部出てきた表れだろう。しかし、ベンチャーキャピタル(以下、VC)の投資は大きく変化しておらず、逆張りの投資家にとっては追い風の状況とも言える。

さらにVC投資にフォーカスしてみると、とくに影響が強く出た2020年第二四半期に海外VC(プライベートエクイティを含む)の投資が伸びたことがわかる。一方で独立系VC、金融系VCが減少している。

独立系VCは第一四半期と第二四半期で投資額中央値に大きな差はなく(50百万円/件)、一部近年参画したVCが見合わせた影響と考える。金融系VCは投資額中央値が2020年第一四半期から第二四半期に10百万円程度下がり、投資会社数も減少している。この背景に、金融系VCがフォロー投資中心であることや、非対面が中心となる新しい商習慣への対応などが考えられよう。

第二四半期の落ち込みは事業法人がその中心である。一方でCVCに大きな変化は見られていない。

大型資金集中セクターの分散

本環境下で大型調達していた企業はどこだろうか。上位20社をみると、特定のセクターに大きく偏っていない点が特徴だ。本傾向は2019年から出ているが、自動車関連以外の研究開発型スタートアップやBtoCサービスも入っていることからより強まっている。

2020年上半期でもっとも調達したのは、今年1月に53億円を調達した中国向け越境ECプラットフォーム「豌豆公主(ワンドウ)」を展開するInagoraホールディングス。引受先はSBIホールディングス、スギホールディングス、中国国営PEであるCITICグループ傘下の信金投資である。

上位20社は、その多くが今年5月以前から続く、既に決まっていた調達が中心と推察される。営業に特化したWeb会議システム「bellFace(ベルフェイス)」を提供するベルフェイスは昨年10月からシリーズCの調達に動いていたとINITIALの取材で語っており、世の中のニーズが高まるとともにアクセルが踏める形となった。

Vtuber事業を展開するいちからはまさに現在のエンターテイメント熱への高まりを表したものといえる。資金の出し手はC Channelへも投資した中国大手投資ファンドLegend Capital 、ソニー・ミュージックエンタテインメント、伊藤忠商事らだ。

ジャフコ、ANRI、YJキャピタルから総額約30億円を調達した、LayerXはブロックチェーン技術等のテクノロジーを活用した業務プロセスのデジタル化を推進する。DXニーズはまさに現在、加速の一途にあり、同社は過去より大企業を始めとして、プロジェクトやパートナーを得ていたが、5-6月に弁護士ドットコム、マネーフォワード、日本アイ・ビー・エムとの提携を相次いで発表している。

また、急速に高まったフードデリバリーニーズに対応するため、出前館と5月に提携したMobility Technologiesは、プレスリリースで発表された7月のラウンドを経て、企業評価額1000億円に迫っている。

シリーズEが完了したことを先日発表したヘイの資金調達は多様化するレイター調達を表している。複数続いたラウンドのうち対象期間内調達額は21.2億円。その引受手に注目が集まった。とくに世界的なプライベートエクイティファンドであるベインキャピタルに注目したい。確認できる範囲では、初の日本のスタートアップへの投資であり、上場後も見越した投資であるとみられる。

ここで、最新の企業評価額上位10社も合わせて確認しておこう。 群を抜いている存在はPreferred Networks。今年に入り、グリー子会社WFSとデジタルエンターテイメント分野での共同開発ややる気スイッチグループとのプログラミング教育事業、アイリスからの医療AI社会実装に向けた支援など、様々な領域への展開を発表している。

ダウンラウンドは増加

懸念点を指摘する。まずダウンラウンドだ。調達社数全体からみると少ないものの、2020年上半期は前年を上回るペースだ。なお、1-3月と4-6月でダウンラウンドの件数はおよそ半数ずつであり、4月以降に急激にダウンラウンドが増加したという事実はない。

うちINITIALシリーズAが7件、Bが4件、Cが3件、D以上が2件だ。企業数は通常シリーズが浅いほど多いため、シリーズAが特別多いということはない。しかし、2018年のダウンラウンドの9割がシリーズAだったことに対し、2019年以降のダウンラウンドはシリーズB以降のレイターステージからも出ている点は特徴だ。

2020年の特徴は研究開発型とハードウェアが3件と比較的多かった点だ。その他はFinTech、IoT関連サービスなどだ。2018年と2019年はソフトウェアがその中心であった。

2020年上半期、ダウンラウンドの下落幅がもっとも大きかったスタートアップは、エルピクセルだ。2018年11月の株価63,000円に対し、今年のラウンドでは9,470円と大幅に下がった。同社は今年6月にガバナンス関連のニュースが出ていた。

次いで大きかったのはウフル。レイター企業だ。昨年のラウンドは株価30,000円に対し、今年は10,000円であった。前回は日本特殊陶業と資本業務提携だったことに対し、今年は、セールスフォース・ドットコムからの出資後、同株価にて豊田合成と資本業務提携、ミカサ商事らから出資を受けている。

シリーズAの例だと光で静脈血を測定する非侵襲濁度計を開発するメディカルフォトニクスだ。2018年8月にANRIと国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)より、株価475,000円で調達している。今年の北海道ベンチャーキャピタルからのラウンドでは、株価300,000円であった。

ファンド設立額は減少

懸念点の2つ目はファンド設立金額のペースだ。 昨年のファンド設立は95本、4206億円と好調であった。うち2019年上半期に3213億円(金額不明含む56本)が設立されていたことに対し、2020年上半期は1073億円(金額不明含む31本)。後述JICのファンドを追加しても、前年との単純な比較でみると減少している。

ファンド設立状況は来年以降に影響を与えるため注視が必要だ。

上半期のファンド設立は芳しくないが、7月に産業革新投資機構(JIC)が1200億円規模と桁違いの一号ファンド設立を発表。また、インキュベイトファンドも7月に同社最大規模である250億円の5号ファンド組成を発表。これまで、シード・アーリー投資が中心であったが、ファンド規模拡大によってPre-IPOまで一気通貫して支援する。

IPOは3月から影響、6月より回復

COVID-19の影響が最初に出たのはIPOだ。今年3月以降に新規上場を予定していた企業が相次いで中止をした。結果として2020年上半期は13社(同期間新規上場数全体は38社)と2019年上半期17社(同期間新規上場数全体41社)に対し減少。また、新規上場をしたとしても公募割れが目立った。

上場したスタートアップは以下13社。初値時価総額が最も大きかったのはロコガイド。当初4月に予定していた上場を延期し、再承認を得た形だ。その際、公開価格を2,640円から2,000円へ下げている。

また、先日、アプリサービスをこの9月に終了し、SNS配信とインフルエンサーサービスに集中することを発表したC Channelは注目IPOの1つであったが、マザーズではなく、TOKYO PRO Marketへ上場したことが印象的であった。

明るい未来を示すファイナンスの変化

近年、着実にスタートアップは成長している。

レイターステージの評価額は上がり、調達後企業評価額中央値は142.8億円とマザーズ初値時価総額中央値119.6億円を上回る規模だ。

海外投資家をはじめ、レイターステージの投資家属性が多様化し、より長期間未上場のまま高成長を志向することが可能になったことが背景にある。

また、上場後のマザーズ市場は個人投資家主体のマーケットでエクイティ調達が困難であったが、メドレー、マネーフォワード、ユーザベースなど過去数年の間にマザーズに上場したスタートアップがABB(Accelerated Book Building)などの手法で海外機関投資家からエクイティ調達する例が増えてきている。

上場前、上場直後ともにスタートアップの資金調達環境は良化してきており、この環境下でも、日本のスタートアップ界の未来は明るい。

(文:森敦子、編集:佐久間衡、デザイン:石丸恵理、廣田奈緒美)

年2回(上半期・年間)リリースしている各年のスタートアップ資金調達動向記事は以下からご覧になれます。(リリース日順)

2023年(上半期)2022年(年間)※、2022年(上半期)※、2021年(年間)※、2021年(上半期)※、2020年(年間)

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