## SpiberのシリーズB調達を成功に導いた、「人工クモ糸ドレス」

Spiberは、山形県鶴岡市で2007年に設立した慶應義塾大学発のスタートアップ。微生物を使った発酵プロセスによって「構造タンパク質素材」を開発・生成し、繊維化から紡糸、加工までを行う。

素材系スタートアップのビジネスモデルは、メーカーへの素材提供だけでなく、社外への技術ライセンスや最終製品の製造販売など、様々なパターンがある。

その中でSpiberは、人工クモ糸を利用した自動車シートのコンセプトモデルをトヨタ自動車と共同で発表するなど、自動車部品向けに素材供給を行う。また、2019年には構造タンパク質繊維を用いたTシャツを限定販売する等、toC向け製品の販売も手掛けている。

多様な事業展開を見せる一方、巨額のファイナンスでも注目を集めてきた。



Spiberの評価額は約1084.0億円。累計調達額は294.3億円にのぼり、未公開スタートアップの中ではエリーパワーの315.3億円に次ぎ二番目に大きい（評価額、累計調達額はINITIAL調べ、2020年5月25日基準）。

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巨額の資金調達を続けるSpiberだが、評価額と調達額を大きく伸ばし始めたのはシリーズC以降である。

まず、2007年の設立から2013年のシリーズBまでは、研究開発に専念するステージだったたと考えられる。

2009年のシードラウンドではVCのジャフコとニッセイキャピタル、慶應義塾大学から約3億円を調達し、2011年のシリーズAでは約4.1億円を調達している。

シリーズAから約1年半後、2013年4月にシリーズBで野村リサーチ・アンド・アドバイザリー、荘内銀行等から約8億円を調達した。

__このタイミングでシリーズB調達に成功した理由は、2013年5月に「世界初の人工クモ糸製品」としてドレスを公開したことにヒントがある。__

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> 出所：Spiber公式HP

素材系スタートアップが直面する第一の死の谷である「開発」フェーズでは、VCや事業会社からの出資を募り、次の量産試作の資金を確保するためにプロトタイプの開発が求められる。

ドレスの公開自体はシリーズBの調達完了から1か月ほど遅れているものの、公開前にはドレスの製造技術が完成していたと考えると、投資家がプロトタイプ製品を評価できるフェーズに到達していたはずだ。

プロトタイプ開発の進捗を「世界初のクモ糸ドレス」の形で示し、投資家に研究成果をアピールできたことは、シリーズBを成功させる上で重要な要素だったと考えられよう。

## シリーズCを通した大手メーカーとの連携が、試作量産の後押しに
シリーズBの調達額「8.0億円」と比べると、シリーズCの調達額は「130.9億円」と大きく伸びている。

第二の死の谷である「生産技術」のフェーズを超え、シリーズCを実現させた鍵はどこにあるのか。調達前後の同社の動きから考えてみよう。

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まず大きいのは、2014年9月にトヨタグループ向けに自動車内外装の製造を行う小島プレス工業と共同出資で子会社「Xpiber」を設立したことだ。

二社の関係は子会社設立前の2012年に遡る。小島プレス工業の人材がSpiberに出向するなど、共同で研究開発を行ってきた。

Xpiber設立時におけるプレスリリースでも、「量産化に向けた次世代型パイロットラインの開発・導入に伴い、共同で新棟を建設することを決定し、建設工事を開始する」と発表している。

Xpiberの設立時資本金が9億円となっていることからも、両社の本気度が窺える。

量産化のノウハウを持つ既存メーカーとの提携は、投資家に安心感を与えることに繋がり、シリーズCの1回目で25.5億円の調達に成功した一つの要因だろう。ここでは、既存の投資家や金融機関の他、素材・材料専門商社のKISCOが出資した。

この調達資金をもとに新棟の建設は進み、2015年5月に、製品試作スケールの「本社研究棟」が竣工した。

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> 出所：Spiber公式HP

その後2015年9月には、シリーズC3回目で95.8億円の調達を完了。同時期にスポーツアパレルメーカーのゴールドウインとの資本業務提携を発表している。

Spiberの自動車向け製品のパートナーが小島プレス工業だとすれば、アパレル製品のパートナーがゴールドウインだ。2019年には一般消費者向けに構造タンパク質繊維由来のTシャツを2社共同で販売するなど、ゴールドウインのノウハウを活かした実用化を行っている。

素材開発に取り組み、生産技術やノウハウを持たないSpiberにとって、自動車向け製品とアパレル製品の実用化を並行するのは、難しい挑戦だったはずだ。

__複数の事業領域を展開するにあたり、大企業との資本提携によって協業体制を構築したことは、Spiberの特徴の1つだろう。__

## 本格的な量産に向けたシリーズD調達

シリーズDでは、147.9億円を調達（2020年5月現在）。2017年4月のラウンドを皮切りに10回にわたって行われ、事業法人6社が出資した。

__業種は多岐にわたっているが、シリーズCと同様に提携を中心とした戦略だ。__

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自動車部品メーカーではトヨタ紡織が出資。三井住友建設、荏原製作所、豊島の3社は、出資と同じタイミングで各社の領域における共同研究契約、業務提携契約を締結している。

またバイオケミカル事業を行う協和発酵バイオとバイオエタノールを展開するArcher Daniels Midland Singaporeは、Spiberの製造工程の1つ「発酵プロセス」での関連性が高い。

シリーズC以降、事業法人との提携を進めながら300億円規模の調達を行ったSpiber。しかし、決算公告によると2019年度の売上高は2億円に留まる。

これまでの調達資金は研究開発費や新本社研究棟、海外プラントの建設費用に使われてきたと考えられ、大きな売上には繋がっていない。

本格的な売上を計上するまでの時間軸はIT企業と異なるとはいえ、Spiberは設立から既に13年が経過。「本当にリターンに繋げられるか」という投資家の目線もよりシビアになってくるはずだ。

「タイ量産プラントを稼働し、2021年から商業生産開始を目指す」とするSpiberだが、商業生産の成否は、素材系スタートアップの今後を占う試金石となるだろう。

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Spiberは、大企業との業務提携を活かし、研究開発と事業化を加速させる戦略をとる。
次に紹介する2017年に設立されたつばめBHBは味の素との連携を中心に、製品化の早期実現を目指す。
つばめBHBがジョイントベンチャー（以下、JV)として設立された背景から、同社の戦略を紐解いていこう。

## 異例の「JV」で製品化を目指すつばめBHB

つばめBHBは、2017年4月に設立した新規アンモニア生産技術の開発を行う東京工業大学発のスタートアップだ。

グローバルで年間5兆円の市場規模を持つアンモニア生産において、これまで大量集中生産が前提だった生産技術を、「小規模分散・オンデマンド」で代替することを目指す。同社のアンモニア生産技術を導入した企業は、対価としてライセンス料を支払うビジネスモデルだ。

つばめBHBの設立は、科学技術振興機構の研究推進事業「ACCEL」の中で、東京工業大学の細野秀雄栄誉教授らが研究開発した「新アンモニア合成プロセス」に端を発する。

2014年から既に東工大と共同開発関係にあった味の素と、UMIが2016年7月に事業化検討のタスクフォースを立ち上げ。その後2社によって、素材系スタートアップとしては異例のJVの形で設立された。

設立時に4.5億円を調達しているが、2.4億円をUMIが、2億円を味の素が、約0.1億円を細野教授など東工大関係者が出資している。

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立ち上げ段階から複数のプレイヤーとの連携を行う狙いは、素材系スタートアップが直面するファイナンスの課題を最小限におさえ、大学発技術の実用化をスピーディーに行うためだ。

VCのUMIの役割は、「事業推進に必要な資金の供給、取締役等の経営メンバーの派遣、事業開発体制の強化等の経営サポート」、味の素の役割は「設備や研究含む、ノウハウやリソースの提供」と、2社の強みを生かした体制となっている。

同社がJVとして享受するメリットについて、執行役員の中村公治氏と横山壽治氏に話を聞いた。

## 設立時に「買い手」が見えていることが事業化の鍵

### 「VCと事業法人」のJVによる創業は、ユニークな形ですね。

`中村 公治氏（以下、中村）`
研究開発スタートアップにおける事業化の鍵は、買い手となるユーザーが明確なところと提携して進めることです。

多くの素材系スタートアップは想定の顧客をイメージして共同開発をした後に顧客開拓を行うので、いざ開発しても買い手がおらず、事業が頓挫することが多いと聞きます。

しかし、つばめBHBの場合、出資先であり提携した味の素自体が明確なユーザーです。最初から買い手が見えているので、収益化の絵が描きやすかったですね。

`横山 壽治氏（以下、横山）`
私はメーカーの中で基礎研究をやってきましたが、ニーズが高い商品というのは、基本的に技術が非常に難しい。更にそれを商品まで持っていける確率は非常に低いです。

![DSC 1629](//images.ctfassets.net/bdepgd648nl9/7nqhRf9sQ3w4RZQsM3rT39/3f756b853ea0223d7670697980d3361e/DSC_1629.jpg)

> 左：中村 公治（なかむら・こうじ）/ 2007年豊田通商株式会社入社後、エンジニアとしてトヨタ自動車及びToyota Motor Asia Pacific Engineering and Manufacturing Co.,Ltd.に出向。2017年ユニバーサルマテリアルズインキュベーター株式会社、2019年4月よりつばめBHB株式会社執行役員に就任。経営学修士。
> 右：横山 壽治（よこやま・としはる）/ 1971年三菱化成株式会社（現三菱ケミカル）、中央研究所に入社後、東工大・特任教授、科学技術振興機構・ACCEL PMを経て、2019年7月、つばめBHB株式会社の執行役員Chief Technology Officerに就任。

素材系スタートアップの立ち上げには資金がかかりますから、挑戦できる人は極めて少ない。また、日本の経済成長が鈍化する中、素材産業も以前ほどの強さがなくなっています。

厳しい環境下ですが「スタートアップを育てると同時に人も育てる」というUMIの考え方に賛同しました。 

`中村`
UMIはVCとして「若手を育てる」思想を持っていますが、「育てる」考えを共有できているのがつばめBHBだと思うんですね。

われわれのLP投資家の皆さんも、UMIへの出向を通して素材化学の領域に投資できる人材の育成も行っています。

### JVの形でスタートアップを立ち上げるメリットは何でしょうか。

`横山`
設立時から味の素と共同で研究できたのは、事業加速の面で非常に大きかったと思います。

__UMIとしては、初期ユーザーとして大企業である味の素が見えていますし、一方の味の素も、自社にはいない人材をUMIのネットワークから探すことができる。いわばWin-Winの関係です。 __

`中村`
ユーザーに熱量を伝えられるメリットもあると考えています。

仮に、大企業の事業部の中でアンモニアの小型プラントをつくる技術が生まれ、営業が技術を売るとしましょう。しかし「マーケットの規模が小さく、自社の新規事業でやるには全然儲からない」という話になってしまえば、予算もつかず、ユーザーからの反響も得られずに終わってしまう可能性がありますよね。

__つばめBHBの場合は、大企業の新規事業によくある「社内で終わってしまう」ケースとは異なり、スタートアップとして本気で事業に取り組んでいます。この姿勢に共感したユーザーが、われわれに興味を示してくれているのだと感じています。__

### 今後の展開について教えてください。
`中村`
まず1つ目は、味の素との連携で培った経験を、国内の他の企業にも展開したいと考えています。既に興味を示していただいた何社かとの実行可能性調査も始めています。

2つ目は次世代触媒技術を商業化し、低コスト化につなげていくことです。 

エンジニアリング業界では当然のことですが、プラントの設立は機器を集めて組み立て工事をする過程が必要です。

しかしやはり時間がかかりますし、特注品を買う場合はコストも高くつくこともあります。そこで我々は、既存のプロセスを改良しつつ、設備のモジュール化も検討しています。

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本記事では、自動車部品・アパレル製品を展開する事業法人を投資家に迎え入れ、事業を加速させたSpiber、味の素とVCが共同で会社を設立したつばめBHBの事例を紹介した。

2社と投資家の関係性からは、資金の提供だけにとどまらず、積極的な事業支援の重要性が見える。

投資家と素材系スタートアップの連携事例が増えることは、素材系スタートアップのエコシステムをさらに強化する一手となるだろう。

（文：三浦英之、編集：藤野理沙、デザイン：石丸恵理）

Spiber株式会社

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新素材普及の一手となるか。「スタートアップ×大企業」の可能性

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(株)ＴＯＡＳＵ特別研究員（経済評論家・コンサルタント）

慶應義塾大学 環境情報学部 1年生 第6期 NewsPicks Student Picker/ 芸術家 / ミスインターナショナル2025日本ファイナリスト

公認会計士 Fintechコンサルタント

講談社 IPビジネス部部長

Avintonジャパン㈱ 代表取締役・大学講師・生成AI 活用普及協会 協議員

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NewsPicks マクロ・マーケット担当記者

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製造業 Financial Planning Manager

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㍿Laboro.AI 執行役員／マーケティング部長

三菱総合研究所 執行役員兼研究理事 生成AIラボセンター長

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トヨタコネクティッド(株) Executive AI Director | Experience Designer

みずほFG 執行役、東京大学(駒場) ・立教大学経営学部運営諮問会議委員、日本学術振興会男女共同参画推進アドバイザー

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