法人向け Enterprise詳細を見る
法人向け Enterpriseログイン
法人向け Enterpriseログイン
株式会社ビー・オー・スタジオ
法人番号: 7011001047196

株式会社ビー・オー・スタジオ

このページをシェア
法人番号: 7011001047196

株式会社ビー・オー・スタジオ

事業内容2011-08-20 更新
Webサイトの企画・構築やコンサルティングを中心としたWebソリューションを展開。睡眠時間を記録するサイト「ねむログ」などの自社サービスを提供。

調達後評価額(潜在株を含む)
百万円
従業員数

株主(過去の株主を含む)
表示する情報がありません

企業概要2011-08-20更新
情報ソースについて

企業名
株式会社ビー・オー・スタジオ
英語名
BOstudio Inc.
代表者名
川添 祐貴
住所
東京都渋谷区南平台町2-12渋谷南平台ビル4F
URL
http://www.bostudio.co.jp/
設立
2003-10
タイプ
未公開企業
業種
コンピューター - ITサービス
株主状況
VC不明
SNS
スタートアップを、もっと身近に。
NewsPicksスタートアップを見る

ニュース

ファイナンス・M&A
表示するデータがありません
外部ニュース
SNSの分析、投稿、公開をひとつのダッシュボードで管理! ソーシャルメディア統合管理ツール「NapoleonCat (ナポレオンキャット)」日本でのサービスを開始
2019/11/07
NewsPicksの検索結果
TVアニメ「BEASTARS」、「AIが描いた絵」をオープニングテーマ曲の背景画に採用
デジタルシフトタイムズ2021/01/08
rinna株式会社は、同社が研究開発を進めているGANを応用したAI技術によって自動生成した絵画とパターンデザインが、音楽ユニット・YOASOBIによるTVアニメ『BEASTARS』第2期のオー...
21Picks
TVアニメ「BEASTARS」、「AIが描いた絵」をオープニングテーマ曲の背景画に採用
デジタルシフトタイムズ2021/01/08
rinna株式会社は、同社が研究開発を進めているGANを応用したAI技術によって自動生成した絵画とパターンデザインが、音楽ユニット・YOASOBIによるTVアニメ『BEASTARS』第2期のオー...
21Picks
入山教授とSUNDRED留目氏が語る、“事業ではなく産業を創る”ことが経営学的に正しい幾つかの理由
Biz/Zine2020/10/14
レノボジャパン代表取締役社長などを歴任し、様々な事業創造に携わってきた留目真伸氏。氏が「新しい産業を創る」ことをビジョンに掲げて2019年7月に立ち上げたのが、SUNDRED株式会社の新産業共創スタジオだ。創業からの約1年で12個の新産業プロジェクトが進行中であり、「産業の創り方」をほぼ確立しつつあると語る留目氏。一企業に過ぎないSUNDREDはなぜ産業の創出を目指すのか。確立しつつあるとい...
30Picks
Biz/Zine2020/10/14
レノボジャパン代表取締役社長などを歴任し、様々な事業創造に携わってきた留目真伸氏。氏が「新しい産業を創る」ことをビジョンに掲げて2019年7月に立ち上げたのが、SUNDRED株式会社の新産業共創スタジオだ。創業からの約1年で12個の新産業プロジェクトが進行中であり、「産業の創り方」をほぼ確立しつつあると語る留目氏。一企業に過ぎないSUNDREDはなぜ産業の創出を目指すのか。確立しつつあるとい...
30Picks
リラクゼーションスタジオ「Re.Ra.Ku(リラク)」運営のメディロムが “スマートトラッカー市場”に参入。ヘルスケアの川上から垂直統合を図るデータベース戦略とは。
デジタルシフトタイムズ2020/03/03
リラクゼーションスタジオ「Re.Ra.Ku(リラク)」などを運営する株式会社メディロムが、2020年1月にCES(Consumer Electronics Show)でスマートトラッカー市場への...
14Picks
デジタルシフトタイムズ2020/03/03
リラクゼーションスタジオ「Re.Ra.Ku(リラク)」などを運営する株式会社メディロムが、2020年1月にCES(Consumer Electronics Show)でスマートトラッカー市場への...
14Picks
日本のイノベーションを軌道に乗せるための「3つの問い」とは?――「新産業共創スタジオ」によるミートアップイベントをレポート!
事業を活性化するメディア eiiconlab(エイコンラボ)2019/09/26
日本のイノベーションを軌道に乗せるための「3つの問い」とは?――「新産業共創スタジオ」によるミートアップイベントをレポート! / SUNDRED株式会社|eiiconlab(エイコンラボ)は、事...
11Picks
事業を活性化するメディア eiiconlab(エイコンラボ)2019/09/26
日本のイノベーションを軌道に乗せるための「3つの問い」とは?――「新産業共創スタジオ」によるミートアップイベントをレポート! / SUNDRED株式会社|eiiconlab(エイコンラボ)は、事...
11Picks
「御社が求めている人材は、もう社内にいますよ」 モザイクワーク・杉浦二郎氏が語る、採用活動の再定義
ログミー2018/12/07
2018年8月30日、KOKUYO東京ショールーム5Fのスタジオにて「AIを活用して採用活動振り返り。テクノロジーと人の協働で変わる採用。」が開催されました。採用活動にAIを使う流れがあるなかで、どう活用すれば効果が出るのか。まだ明確な答えのないこの分野において、「働き方」「AI」「テクノロジー」といったキーワードに強みを持つ3社のトップがイベントに登壇。本記事では、株式会社モザイクワーク代...
15Picks
ログミー2018/12/07
2018年8月30日、KOKUYO東京ショールーム5Fのスタジオにて「AIを活用して採用活動振り返り。テクノロジーと人の協働で変わる採用。」が開催されました。採用活動にAIを使う流れがあるなかで、どう活用すれば効果が出るのか。まだ明確な答えのないこの分野において、「働き方」「AI」「テクノロジー」といったキーワードに強みを持つ3社のトップがイベントに登壇。本記事では、株式会社モザイクワーク代...
15Picks
独占取材「DAOは働き方3.0」クラウドワークス関連会社volvoxの挑戦
あたらしい経済2018/08/16
volvoxのお二人について 古賀勇太朗氏(右):株式会社volvox 代表取締役熊本大学卒業。暗号通貨NEMで決済ができる商品売買プラットフォームのNemcheを開発し、売却。2018年4月よりvolvoxの開発に専念。Makers University 3期生。 成田修造氏(左):株式会社クラウドワークス 取締役副社長COO慶應義塾大学経済学部在学中よりアスタミューゼ株式会社に参画。オー...
13Picks
あたらしい経済2018/08/16
volvoxのお二人について 古賀勇太朗氏(右):株式会社volvox 代表取締役熊本大学卒業。暗号通貨NEMで決済ができる商品売買プラットフォームのNemcheを開発し、売却。2018年4月よりvolvoxの開発に専念。Makers University 3期生。 成田修造氏(左):株式会社クラウドワークス 取締役副社長COO慶應義塾大学経済学部在学中よりアスタミューゼ株式会社に参画。オー...
13Picks
CM制作会社が自社クリエイターを送り込む人材ビジネスに至った発想の軌跡 - 企業を再成長させる「顧客ずらし戦略」
Diamond Online2018/04/19
広告代理店から受注を受ける映像制作プロダクションから始まった株式会社ティー・ワイ・オー(TYO)は、“下請け”として「広告代理店の担当者」を顧客とする形から、「企業の広告担当者」を顧客とする直接取引へ、さらに投資事業で「企業の経営陣」をビジネスの相手にずらしていき、新たな収益源を獲得していった。そして次なる新規事業として“人材ビジネス”を見据えている。
37Picks
Diamond Online2018/04/19
広告代理店から受注を受ける映像制作プロダクションから始まった株式会社ティー・ワイ・オー(TYO)は、“下請け”として「広告代理店の担当者」を顧客とする形から、「企業の広告担当者」を顧客とする直接取引へ、さらに投資事業で「企業の経営陣」をビジネスの相手にずらしていき、新たな収益源を獲得していった。そして次なる新規事業として“人材ビジネス”を見据えている。
37Picks
高速道路ではレベル4が走り、駐車場は不要になる――2020年の自動運転と都市のモビリティー
TechCrunch Japan2017/11/29
 11月25日、僕たちTechCrunch Japanは「TechCrunch Tokyo 2017 x CarTech @BMW Group Tokyo Bay 〜自動運転と都市のモビリティーを考える」と題して、CarTechをテーマにしたトークイベントを開催した。 イベント当日はビー・エム・ダブリュー株式会社 代表取締役社長… Read More
12Picks
TechCrunch Japan2017/11/29
 11月25日、僕たちTechCrunch Japanは「TechCrunch Tokyo 2017 x CarTech @BMW Group Tokyo Bay 〜自動運転と都市のモビリティーを考える」と題して、CarTechをテーマにしたトークイベントを開催した。 イベント当日はビー・エム・ダブリュー株式会社 代表取締役社長… Read More
12Picks
お仕事がんばれるニャー! 猫付きシェアオフィスにいってみた
スーモジャーナル - 住まい・暮らしのニュース・コラムサイト2015/09/14
シェアオフィス兼保護猫シェルター シェアオフィス「Qstudio」。リノベーションの企画・施行、シェアハウスの企画・運営などを行っている株式会社福岡リノベースが運営する、猫付きのシェアオフィスだ。福岡市中央区に7月にオー…
26Picks
スーモジャーナル - 住まい・暮らしのニュース・コラムサイト2015/09/14
シェアオフィス兼保護猫シェルター シェアオフィス「Qstudio」。リノベーションの企画・施行、シェアハウスの企画・運営などを行っている株式会社福岡リノベースが運営する、猫付きのシェアオフィスだ。福岡市中央区に7月にオー…
26Picks
大滝詠一の名作「サイダー’73」から始まった、CM音楽の新時代
TAP the POP2014/09/28
1970年代にCM音楽で音楽シーンに新風を吹き込んだのは、日本におけるコマーシャルソングの祖と言える三木鶏郎の門下生で、CM音楽のプロデューサーとして活躍していた大森昭男だった。 “CM界のクロサワ”とも呼ばれた映像監督の杉山登志と組んで、主に資生堂のコマーシャルを作っていた大森は、1972年に自らの事務所ON・アソシエイツを発足させてまもなく、はっぴいえんどの大瀧詠一に音楽を依頼する。 はっぴいえんどを聴いた時、すぐに、こういう新しい人たちと仕事がしたいと思いました。色々と感じ入る曲があったんですけど、三ツ矢サイダーの仕事に繋がったのは「ウララカ」です。企画をもらった時、直感的に、その場でこの大滝さんにお願いしようと思ったんですね」 1971年11月20日にセカンド・アルバムの「風街ろまん」を出した後、はっぴいえんどはメンバーそれぞれが新たなる地平目指して活動の幅を広げていた。 細野晴臣と鈴木茂はスタジオでの仕事が多くなっていた。 大瀧詠一は72年の春からソロ・アルバムのレコーディングを始めて、6月にはソロ・シングル「空飛ぶくじら/五月雨」を出している。 近いうちにどうやら解散するらしいという話も漏れ伝わっていたはっぴいえんどは、結局のところ10月に三枚目のアルバムのレコーディングのために渡米した。 だが、ラスト・アルバムの『HAPPY END』の発売を待たず、12月いっぱいをもって解散する道を選ぶことになった。 解散直前の11月25日、大滝詠一はソロアルバム「大瀧詠一」を発表したが、「ウララカ」はA面の最後に収録されていた。 大森が「コマーシャルソングをやりませんか」とアプローチしたのは、新年が開けて間もなくのことだという。 朝11時ぐらいだったと思います。 コマーシャルソングをお願いしたいんですけど、って大瀧さんの自宅に電話をしましたね。 『何でしょう』『三ツ矢サイダーです』。 ちょっと間があって『分かりました』と。 『で、詞はどなたが』『鶏郎門下の伊藤アキラさんです』 伊藤アキラもやはり三木鶏郎の門下生で、「オー・モーレツ!」(丸善石油、現・コスモ石油)や「この木なんの木」(日立の樹)、「やめられない とまらない」(カルビー かっぱえびせん)など、CM業界ではつとに知られる存在で、作詞家としても活躍していた。 若者たちが自作自演で作り始めていたフォークソングについて、”生活歌”という意味では師匠の三木鶏郎が作っていたコマーシャルソングと同じだと捉えていた伊藤は、広告関係者の中ではよく聴いているほうだった。 だからはっぴいえんどの大瀧詠一が作曲して歌うと、大森から電話で伝えられた時も、新しい試みに抵抗はなかった。 だが、大瀧詠一がどこの誰なのかはわからなかった。 はっぴいえんどの知名度は、まだその程度だったのだ。 二回目に大森から電話を受けた伊藤は、大瀧詠一から出ている歌詞の“注文”を聞かされる。 始まりの音は母音の“あ”で始めてくれ、ということでしたね。 三音四音の組み合わせで、最初は“あ”。 自分でも歌う人ですからイメージがあったんでしょうけど、かなり厳しい注文でした(笑) だが一流の職人だった伊藤アキラが書いた歌詞は、見事に大瀧詠一が出してきた条件を満たすものだった。 「サイダー’73」 あなたがジンと くるときは わたしもジンと くるんです 「サイダー'73」はコマーシャルソングの歴史に残る名作となり、翌年の「Cider'74」も大好評で、作詞・伊藤アキラ、作曲・編曲・歌が多羅尾伴内こと大瀧詠一のチーム(「サイダー'76」のみが山下達郎)で、5年間も新しいヴァージョンが次々に作られた。 「Cider’74」 なんだか うまく行きすぎる 今日は 夢で見たよな キラキラこぼれる 大瀧詠一は「Cider’74」について、後にこう語っている。 この『サイダー'74』のセッションはサウンド・コーラス共に第一級作品となり、まさにここで<ナイアガラ・サウンド>が一気に出来上がってしまったのでした。 大瀧詠一や山下達郎をいち早く起用して成功した大森は、続いて坂本龍一、鈴木慶一、大貫妙子、井上鑑などと一緒に、時代の先端を行くセンスやサウンドを取り入れてCM音楽に新時代をもたらした。 77年「資生堂・サクセスサクセス」(ダウン・タウン・ブギウギ・バンド)、78年「資生堂・時間よ止まれ」(矢沢永吉)、79年「資生堂・君の瞳は10000ボルト」(堀内孝雄)など、イメージソングの時代が始まり、話題曲とCMのタイアップを手がけていくのである。 (注)引用元は田家秀樹著「みんなCM音楽を歌っていた―大森昭男ともうひとつのJ‐POP」(スタジオジブリ刊)、CM音楽をたどることによって日本の音楽史を綴った労作です。 大滝詠一『NIAGARA CM SPECIAL』 ソニー・ミュージックレコーズ iTunes Amazon ...
14Picks
TAP the POP2014/09/28
1970年代にCM音楽で音楽シーンに新風を吹き込んだのは、日本におけるコマーシャルソングの祖と言える三木鶏郎の門下生で、CM音楽のプロデューサーとして活躍していた大森昭男だった。 “CM界のクロサワ”とも呼ばれた映像監督の杉山登志と組んで、主に資生堂のコマーシャルを作っていた大森は、1972年に自らの事務所ON・アソシエイツを発足させてまもなく、はっぴいえんどの大瀧詠一に音楽を依頼する。 はっぴいえんどを聴いた時、すぐに、こういう新しい人たちと仕事がしたいと思いました。色々と感じ入る曲があったんですけど、三ツ矢サイダーの仕事に繋がったのは「ウララカ」です。企画をもらった時、直感的に、その場でこの大滝さんにお願いしようと思ったんですね」 1971年11月20日にセカンド・アルバムの「風街ろまん」を出した後、はっぴいえんどはメンバーそれぞれが新たなる地平目指して活動の幅を広げていた。 細野晴臣と鈴木茂はスタジオでの仕事が多くなっていた。 大瀧詠一は72年の春からソロ・アルバムのレコーディングを始めて、6月にはソロ・シングル「空飛ぶくじら/五月雨」を出している。 近いうちにどうやら解散するらしいという話も漏れ伝わっていたはっぴいえんどは、結局のところ10月に三枚目のアルバムのレコーディングのために渡米した。 だが、ラスト・アルバムの『HAPPY END』の発売を待たず、12月いっぱいをもって解散する道を選ぶことになった。 解散直前の11月25日、大滝詠一はソロアルバム「大瀧詠一」を発表したが、「ウララカ」はA面の最後に収録されていた。 大森が「コマーシャルソングをやりませんか」とアプローチしたのは、新年が開けて間もなくのことだという。 朝11時ぐらいだったと思います。 コマーシャルソングをお願いしたいんですけど、って大瀧さんの自宅に電話をしましたね。 『何でしょう』『三ツ矢サイダーです』。 ちょっと間があって『分かりました』と。 『で、詞はどなたが』『鶏郎門下の伊藤アキラさんです』 伊藤アキラもやはり三木鶏郎の門下生で、「オー・モーレツ!」(丸善石油、現・コスモ石油)や「この木なんの木」(日立の樹)、「やめられない とまらない」(カルビー かっぱえびせん)など、CM業界ではつとに知られる存在で、作詞家としても活躍していた。 若者たちが自作自演で作り始めていたフォークソングについて、”生活歌”という意味では師匠の三木鶏郎が作っていたコマーシャルソングと同じだと捉えていた伊藤は、広告関係者の中ではよく聴いているほうだった。 だからはっぴいえんどの大瀧詠一が作曲して歌うと、大森から電話で伝えられた時も、新しい試みに抵抗はなかった。 だが、大瀧詠一がどこの誰なのかはわからなかった。 はっぴいえんどの知名度は、まだその程度だったのだ。 二回目に大森から電話を受けた伊藤は、大瀧詠一から出ている歌詞の“注文”を聞かされる。 始まりの音は母音の“あ”で始めてくれ、ということでしたね。 三音四音の組み合わせで、最初は“あ”。 自分でも歌う人ですからイメージがあったんでしょうけど、かなり厳しい注文でした(笑) だが一流の職人だった伊藤アキラが書いた歌詞は、見事に大瀧詠一が出してきた条件を満たすものだった。 「サイダー’73」 あなたがジンと くるときは わたしもジンと くるんです 「サイダー'73」はコマーシャルソングの歴史に残る名作となり、翌年の「Cider'74」も大好評で、作詞・伊藤アキラ、作曲・編曲・歌が多羅尾伴内こと大瀧詠一のチーム(「サイダー'76」のみが山下達郎)で、5年間も新しいヴァージョンが次々に作られた。 「Cider’74」 なんだか うまく行きすぎる 今日は 夢で見たよな キラキラこぼれる 大瀧詠一は「Cider’74」について、後にこう語っている。 この『サイダー'74』のセッションはサウンド・コーラス共に第一級作品となり、まさにここで<ナイアガラ・サウンド>が一気に出来上がってしまったのでした。 大瀧詠一や山下達郎をいち早く起用して成功した大森は、続いて坂本龍一、鈴木慶一、大貫妙子、井上鑑などと一緒に、時代の先端を行くセンスやサウンドを取り入れてCM音楽に新時代をもたらした。 77年「資生堂・サクセスサクセス」(ダウン・タウン・ブギウギ・バンド)、78年「資生堂・時間よ止まれ」(矢沢永吉)、79年「資生堂・君の瞳は10000ボルト」(堀内孝雄)など、イメージソングの時代が始まり、話題曲とCMのタイアップを手がけていくのである。 (注)引用元は田家秀樹著「みんなCM音楽を歌っていた―大森昭男ともうひとつのJ‐POP」(スタジオジブリ刊)、CM音楽をたどることによって日本の音楽史を綴った労作です。 大滝詠一『NIAGARA CM SPECIAL』 ソニー・ミュージックレコーズ iTunes Amazon ...
14Picks
スタートアップのニュースを毎日配信
詳しく
スタートアップのニュースを毎日配信