「今までは実現したい世界に近づけていなかった」
今年に入って、スターバックスやマクドナルドなどが相次いで「モバイルオーダー」を導入したのはご存知だろうか。
来店前に注文すると、来店後待つことなく商品を受け取れる仕組みだ。世界でもモバイルオーダー市場は拡大傾向にあり、2020年までに4兆円近い市場になると考えられている(H28年 Business Insider Intelligence)。
この仕組みを一般の店でも簡単に導入できるプラットフォームを提供する企業が、「店舗向けモバイルオーダープラットフォーム dinii(以下、ダイニー)」だ。
モバイルオーダーは、待ち時間の削減に焦点が当てられることが多い。
しかし、ダイニー 山田 CEOが考えるサービスの「本質的価値」は別の部分にある。toC向けに提供していたサービスを、ピボットはせずにtoB向けにコンセプトのみを変更したのだ。
ダイニーが新たに挑む、「隠れていた」市場と最もサービスを活かすための戦略を聞いた。
つくりたいのは「決済を意識しない世界」
どのようなサービスを作っていますか。
ダイニー 代表取締役社長 山田さん(以下、山田) 私たちは、店舗向けモバイルオーダープラットフォーム「dinii(以下、ダイニー)」をつくっています。
モバイルオーダー用のサイトやアプリを簡単に作成したり、自社サイトにモバイルオーダー機能を追加できたりするサービスです。
以前は、toC向けの「スマートランチアプリ」をキャッチコピーにサービスを提供していましたが、toB向けに見せ方を最近変えました。
店舗向けモバイルオーダープラットフォーム「dinii(以下、ダイニー)」(写真:公式ページより)
なぜ変えたのですか?
toC向けに提供していると、お店にとってダイニーは「プラスαの売上を生む送客手段の1つ」と見られがちだと感じました。
ユーザーからしても、「ダイニーが好きだからお店を探して使う」といった、ダイニーが起点となる使われ方がされていました。
開発をしていく中で、5年後、10年後に実現させたい世界を考えた時、自分が最もつくりたいのは「決済を意識しない世界」だと思いました。
たとえば、オートチャージでモバイルSuicaを使っていると、改札で使っても「お金をいま払っているな」と意識している人はいないと思います。
無意識的にかざして決済をしていますよね。その世界観を、電車だけでなくあらゆる既存のビジネスでダイニーを使って提供したいです。
しかし今までのダイニーは、「決済の不自由を解決する手段」ではなく「送客サービス」として認識されがちでした。
そこでお店の決済課題の解決にフォーカスし、「店舗向け」を前面に出したtoB向けの見せ方に変えました。
そうしたことでユーザーの流入経路も大きく変わり、便利に会計ができるという理由でお店の既存のお客さんが使う、「お店起点」の使われ方に変わってきました。
モバイルオーダー以外にも様々な機能がある(写真:公式ページ)
toB向けのモバイルオーダープラットフォームとしてどのような戦略を描いていますか。
2つのことを意識しています。
1つ目は、大企業のネックを突くこと。toB向けのサービスの多くは大企業が提供しています。しかし大企業だと、会社の政治や影響力が足かせになり動きにくい部分があります。
例えば、「うちの会社はLINEと提携しているから、競合のソフトバンクのサービスは使えない」などです。
それに比べスタートアップはそういった制限が少ないので、それを生かして事業を組み立てられればチャンスが生まれます。
2つ目は、ユーザーに寄り添ったプロダクトをつくることです。
大企業は一定の利益を上げる必要があるため、個別に最適化するのではなく総合的に課題を解決する設計になっています。そうすると、お店がそれぞれ持つ特有のシチュエーションには対応しきれません。
利益と機能を天秤にかけた結果、大企業はそういったプロダクトを作らざるを得ないと思います。
一方でスタートアップは、大企業ほど目先の利益をシビアに追わなくとも良い側面があります。なので、お客さんのニーズに寄り添わせたプロダクトをつくることを最優先にしています。
店舗の処理能力を越えた人数のお客さんが来て、機会損失が生まれるのを防ぐために、処理能力を上げる方法に頭を悩ませている経営者は多いです。
そういった課題に対してもお店ごとの特有のオペレーションに柔軟に対応するようにしています。
(写真:Simon Kadula/Shutterstock)
眠っていたスタジアムの可能性
最近「スタグル」(スタジアムグルメの略)になぜ取り組まれたのですか。
スポーツスタジアムは需要と供給のバランスが崩れ、toBもtoCも課題が大きい領域だったからです。
スポーツ領域を狙ったというよりは、課題感が強いところを探していたらスタグルにいきつきました。
たとえば、去年、一昨年と2年連続でJ1王者になった川崎フロンターレのスタジアムでは、2万人を超える観客が試合のたびに来場するのに、スタジアム内にお店が14店舗しかありません。
2万人が1人1回来店すると、1店舗につき1,000人以上をさばく必要があります。コンビニの1日の平均来客数が約900人(H28年 日本フランチャイズチェーン協会)ということを考えると、数時間のうちに1000人をさばく必要があるスタジアム売店のオペレーションは不可能に近いです。
さらに、いまだにキャッシュオンリーが多く、価格自体も最も多く購買されるビールが650円と、お釣りが発生する確率が高いので、会計だけでも莫大なコミュニケーションコストが掛かっています。
一方、お客さんもビールを飲んだり美味しいご飯を食べたりしたくても、お店のオペレーションが回っていないので長時間待たなければなりません。
対戦相手によってメニューも変わるので、列の先頭周辺にならないと分かりません。先頭になってからメニューを見て注文するので、時間も尚更かかります。
事前注文と決済が手元で行えるダイニーでは、これらの課題を解決できます。
手元で注文と会計ができ、番号を元に取りに行く仕組み(写真:公式ページより)
ダイニーを導入して頂いているサンドイッチチェーンのサブウェイでは、通常1人当り4分かかる作業がダイニーの導入で1分になりました。スタジアムでも導入によって、売店購入にかかる時間は大幅に短縮されると思います。
なぜその課題は今まで取り組まれていなかったのですか。
「並んで当然」と気付かない内に刷り込まれているからかもしれませんが、 他のプレイヤーは気付いていませんでした。
気付いたとしても、日本人にとって今までモバイルオーダーは馴染みのない仕組みだったので、定着しなかったのではないでしょうか。
最近スターバックスやマクドナルドがモバイルオーダーに取り組み始めたのに加え、PayPayやLINEPayといったモバイル決済サービスも本格的に始まったので、以前よりも受け入れられやすくなってきた感覚があります。
もう1つ、「日本人は並ぶのが好きだから流行らないのでは」といった意見が出ることがあります。
ただ実際に1度モバイルオーダーを体験していただくと、継続して使い続けていただけています。もちろん待ちたい方は待てばいいですし、並びたくない人は必ず一定数いるので、その人たちに利用して頂ければと思います。
提携する会社はどのように決めているのですか。
スポーツ業界は政治的な要素が多く、戦略的に進める必要がある領域です。そこで相手ごとにLTV(顧客生涯価値)を計算し、自分達が掛ける労力や政治力、影響力と天秤にかけて判断しています。そこはかなり冷静に計算しています。
政治力が必要で大きな労力がかかったとしても、それを圧倒的に上回るLTVがある場合は、ありとあらゆる手を使って獲りにいきます。
川崎フロンターレの時は、LTV以上のバリューがあると判断したので、全力で獲りにいきました。
「省人化」が次なる一手
今後はどのような展開を考えていますか。
スポーツ領域では店舗向けのプラットフォームとして、スポーツテックに近い文脈で展開していきたいです。
例えば、大田区にあるアースフレンズ東京Zというバスケットチームでは、「観客は飲食デリバリーを強く希望している」と分析し、ダイニーを活用してスタジアム内のデリバリーも行っています。
(写真:PRtimesより)
ダイニーではテンプレート使えば、モバイルオーダーやデリバリー機能の導入、オンライン限定で飲み放題メニューの追加など、機能や仕組みを簡単に導入できるため、店舗のニーズに合わせたカスタマイズをしやすいです。
それを活かして、ダイニーを使って「こういうことをやりたい」といった店舗の要望を数多く実現させていきたいです。
モバイルオーダーの価値は「回転率の向上」と「省人化」だと考えています。今は回転率に課題を感じている領域は攻められている一方で、省人化領域はあまり取り組めていないので、これからは飲食店に限らずその領域にアプローチしたいです。