スタートアップ最前線
「パフォーマンスマネジメント」は能力とモチベーションを従業員から引き出して目標達成を目指す手法である。GoogleやIntelといった名だたる企業も取り入れたことで爆発的に広がりを見せている。
これに対応するために、海外ではLatticeのような新しい手法の組織導入をサポートするサービスが出てきており、約15億円を調達している。
日本でもOKR(Objectives and Key Resultsの略称)や1on1といった仕組みをメルカリやカネカ、パナソニックなどの企業が導入し始めている。しかし日本はアメリカに比べ、HR領域の施策は5~10年遅れていると言われている。
今回はそれらの手法を導入する際に陥りやすい罠や乗り越える方法について、組織マネジメント施策の導入支援を行うクラウドサービス「HiManager(ハイマネージャー)」のCEO 森氏、COO 五十嵐氏のインタビューをもとに解説する。
HRTechの市場規模
ミック経済研究所の調べによると、日本国内のHRTechのクラウド市場規模は2016 年に109.7億円、2017年に156.6億円(前年比142.8%)、2018年に225.4億円(前年比143.9%)と急激な成長を見せている。2022年には663億円に市場規模が拡大することが予測され、成長業界としてこれから注目されている。
しかし世界で見ると、日本の市場は労働人口が多い割に大きく遅れをとっている。CB Insights社の調査で、世界のHRTechの市場規模である140億ドル中、アメリカがシェアNo.1で全体の62%を占めている。2位以下はイギリス6%、インドとカナダがそれぞれ4%、中国3%と続いている。日本は2018年で比較するとアメリカの2.4%にも満たないのが現状だ。
2019年4月22日現在、HRtechナビによると国内で390個のHRtechサービスがあり、2018年231個から約1.7倍に増えている。
日本はなぜ遅れているのか、どのような壁に突き当たっているのか。日本の事情が抱えるその対処法についてきいた。
陥りやすい人材マネジメントの罠
森日本の多くの会社は目標管理制度(以下、MBO)といわれるような、半年・1年単位で目標を立てて評価する方式を採用していることが多いと思います。具体的には「半期で個人の売上〇円」といったものです。しかし、2つの理由でそれが機能しなくなってきています。
森 謙吾(もり・けんご) / 慶應義塾大学法学部を卒業後、PwCコンサルティング合同会社に入社。人事コンサルティング領域に従事し、製造・小売・通信・金融等の大手企業に対して、人材マネジメント戦略策定および人事制度構築、役員報酬設計などのプロジェクトを担当。その後、ハイマネージャー株式会社を創業。(画像:ami)
1つ目は世間の変化スピードが激しくなってきたことです。スタートアップでは特に顕著ですが、多くの企業において半年や1年単位で目標を立てても、評価をする頃には現実とのギャップが大きくなり、評価の意味がなくなってしまうことも少なくありません。
2つ目は「ミレニアル世代(1980年代から2000年代初頭までに生まれた人の総称)」が会社に求めることが変わっていることです。すぐにフィードバック受けたいなどの即時性や組織内のコミュニケーションの透明性、価値志向性、個別性といった要素を管理側に求めるようになってきています。
(画像:HiManager公式資料)
そういったニーズを満たしつつ組織運営をする手法として注目されているのが、OKRとCFR(Conversation=対話、Feedback=フィードバック、Recognition=称賛といった一連の取り組み)を組み合わせた方法です。半年・1年単位で目標を立てて評価するのではなく、リアルタイムで流動的に対応する方法の導入が進んでいます。
具体的には、OKRを活用して3カ月ごとに目標立て、週次でCFR(1on1、FB、称賛)を行いし、リアルタイムに気付いたことをフィードバックするサイクルを回すことが求められています。
また評価方法も、単に中間評価、最終評価とするのではなく、1on1やチームからのフィードバック、称賛をデータとして蓄積し、総合的に考慮する方法に変わってきています。
(画像:HiManager公式資料)
それと同時に、目標の立て方も変化しました。従来は、報酬の決定が目的だったので目標を達成すればお金が増える設計でした。
しかしOKRでは、チャレンジングな目標の設定・達成を目指すことで生産性やモチベーションの向上といった金銭的報酬以外の部分も上げる目標手法になったのが大きなポイントです。
CFRはOKRが機能するようにサポートするツールです。OKRはチャレンジングな目標をたてるのでわくわくする一方で、目標達成への難易度の高さからモチベーションが下がることもあると思うんですよね。
そこでリアルタイムでフィードバックや称賛する仕組みをつくり、社員のモチベーションをあげるようにする仕組みがCFRです。
OKRとCFRのどちらか一方を導入してもパフォーマンス型マネジメントは機能しません。よく片方のみを導入して機能させようとしている企業がいますが、両方がなければうまく回りません(下記の図を参考)。しかしこのことは、日本だと意外に認知されていないと感じます。
(画像:HiManager公式資料)
OKRとCFRの両方を同時に回すのが大切だと思います。
パフォーマンスマネジメントを実現する鍵
森HiManagerではひと目で、従業員の人間関係や仕事の進捗、やりがいといった状態を数値で確認できます。これにより、感覚に頼らずに目標への進捗や課題を知れます。
(画像:HiManager公式資料)
また称賛の方法が分からない、対面だと恥ずかしいといった課題に対応するために、オンライン上でバリューや行動指針などを設定できる設計で対応できるような設計になっています。
オンライン上で1on1の結果や称賛を送れる(画像:HiManager公式資料)
森他社と比べて最も違うのは、プロダクトだけを売っている訳ではなく導入支援といったサービスも含めて売っている点です。
組織運営の領域ではクライアントにツールを渡すだけ渡して、その後は「各々が頑張ってください」といった形で提供している企業も少なくありません。しかしクライアントは、ツールではなく離職率の低下や生産性の向上といった成果を欲しています。
私も五十嵐も元々人事コンサルをやっていたので、評価制度設計や社員のモチベーションの改善方法の知識があります。それを活かして、評価制度の変更やOKRの策定サポートといったコンサルティング面も一緒に支援できます。
やっぱりOKRやCFRを導入しようとすると、評価制度を変えないと運用できない場合も多々あります。そういった他社ができない領域までトータルでサポートできるのは強みだと考えています。
OKRとCFRの導入課題
森近年、従業員の離職防止やリファラル採用、生産性向上などを成功させる鍵は、従業員と会社のつながりを強くすることだと言われています。
しかしそうは言ってもそれを実現する難易度が高いのも事実です。とくに称賛は難しく、得意な人と苦手な人がかなり別れるアクションだと思います。
褒めることが苦手な上司が多い
五十嵐私自身も前職では称賛するのが苦手でした。たまたま教えてくれていた先輩もそうだったので、やり方が上手くわからず、なかなかできませんでしたね。
森褒め方が分からない、対面で言うのが気恥ずかしいと感じている方の多くは、自分もされたことがない場合が多いです。
それらの問題を克服するには他人が褒めている内容を見たり、自分が褒められた時の気分が分かったりすることが重要です。だからこそ、まず自分でもその気持を感じる環境を用意することが大切です。
五十嵐その環境を作る上で大事なのが仕組み化です。OKRの作成や改善、対策の振り返り、それを褒め合う場を仕組み化して、まずは1度運用していただき肌感覚を掴んでもらうようにしています。
五十嵐 未来(いがらし・みらい)/ 2016年4月、PwCコンサルティング合同会社に新卒入社。人事・組織コンサルタント領域に従事し、人事制度設計・組織カルチャー変革・People Analytics・HR Tech領域など幅広く支援。経験業界は商社・化粧品・エネルギー・通信・自動車・建設業界など多岐にわたる。現在はハイマネージャー株式会社のCOOに就任。(画像:ami)
他にもOKRやCFRのワークショップを開いてユーザーの運用時間を減らし、定着するように工夫しています。
あとは社内への共有も重要です。経営陣からチームに積極的に社内情報を発信してもらい、会社が一体となってすすめられるような体制を作れるように工夫しています。
森もう1つの課題は、従来型の目標管理(MBO)で人材管理をしてきた人にとって、頻繁に1on1やフィードバックを行うことは、業務量が短期的には増えることです。
それが、消極的な導入につながります。ただそこで部下に対し30分使うだけで、結果的に他社に比べてレバレッジが利きますし、コストパフォーマンスもいいものだとは思います。
その良さを実感してもらうために、私達のサービスでは定量的に改善結果や進捗が見えるようになっています。そうして客観視してみられる結果で出てくると、ユーザーも課題を意識することが多くなると思います。
OKRの確認とタスクの進捗を1つのサービス内で完了できる(画像:HiManager公式資料)
プロダクトを用いた可視化や仕組み化に加え、専門知識を活かした導入・継続サポートをすることが大きな成果に繋がっていると考えています。
「エンゲージメント3.0」の行方
森今後はより即時性が求められるようになると思います。ミレニアル世代からZ世代へと世代が変わっていく中で一番変わっているのは即時性だと思います。何事もすぐ褒められ、認められ、変化することを求めるようになりました。
そのうち、コーチングや1on1の頻度、目標設定の頻度がよりリアルタイムで反映され、その日のパフォーマンスで給料や評価が変わるようになるかもしれません。
五十嵐もう1つ変わっていくと思うのは「個別性」です。自分を見てほしい、最適化されて欲しいといった感覚が、世代によって変わってきていると思います。1人1人に合わせて管理する方向に変わっていくと思います。
森そういった流れを踏まえた上で、最終的に実現したいのは、AIが従業員1人1人に最適化された人材管理方法をレコメンドしてくれる世界です。
海外では「エンゲージメント3.0」と言われるトレンドが出てきています。1年に1回サーベイを取るとエンゲージメント1.0、月に1回が2.0となっています。
3.0は月1回のサーベイの結果に加え、1on1の結果や立てているOKRの内容・フィードバックといった全ての情報を加味して、アドバイスをくれるイメージです。
例えば「Aさんに対してはこうやって褒めた方がいい」や、「Bさんに対しては1on1を1週間ではなく2回やった方がいいんじゃないか」といった感じです。
様々な企業の定量的なデータを掛け合わせることで、AIが最適な方法をレコメンドしてくれる。
そうすることで全員が楽しく働けるような方法を、溜まったデータをもとにマネジャーないしは個人にレコメンドするプロダクトをつくりたいと思っています。
聞き手:松岡遥歌、文:町田大地