資金調達額に対し、調達社数は2019年1,406社と2018年比大きく減少しているようにみえるが、今後の調査によってその社数は増える。2019年2月21日集計時点における2018年調達社数が1,426社であったことを考えると、その実態は2018年よりも少ない2,000社前後である可能性が高い。
※1 速報集計時(2020年3月11日)より、100億円程度の差分が生じている。これは、この間にサイレントでの50億円超の超大型調達が新たに発見された影響が大きい。 ※2 INITIALデータは各社の公開情報を基に観測している。そのため、このように情報公開時期による影響を受けやすく、今後の調査により過去分を含めたデータが変動する可能性がある。また、金額が大きいものほど早く発見される性質をもつ。 ▶レポートをダウンロードする
1社あたりの調達傾向をみると、2019年は中央値1.1億円。観測データの特性上、今後の調査によってその金額は下がるだろう。ただし、それをおり込んでもその金額の上昇傾向に大きな変動はないと考える。
この傾向を設立後経過年数別に分解してみると、設立から5年以上経過している企業、いいかえるとレイターステージに相当するところが大型調達している。
それは、2019年の調達額上位10社にも表れている。
まず特筆すべきは、過半数以上の企業が1年で50億円超の調達をしている。最大額はスマートニュース株式会社の100億円(INITIALシリーズE ※3)。100億円以上の超大型調達はINITIALで観測されてきた中でも数社だけだ。
最近だと2017年の株式会社Preferred Networks(トヨタ自動車株式会社からの出資)、株式会社スコヒアファーマ(現・株式会社INCJ、武田薬品株式会社、株式会社メディパルホールディングス共同出資による設立)、2018年に株式会社Mobility Technologies(旧JapanTaxi株式会社。 トヨタ自動車株式会社、株式会社NTTドコモらからの出資)の3件だ。
大型出資を事業法人が担うトレンドにおいて、スマートニュース株式会社はVCを中心とした超大型調達を実施している。本ラウンドのリードインベスターであるACA Investmentsは日本・シンガポールに拠点を置く投資会社で、日本へのグロース投資は初であった。
また、株式会社フロムスクラッチ(INITIALシリーズD)、株式会社SmartHR(INITIALシリーズC)はともにSaaS企業だ。加えて、両社ともに日本のスタートアップへ初投資となる海外VCがその大型調達を支えている。
※3 INITIALシリーズの定義はこちら。当該ラウンドの種類株や企業が公表する「シリーズ」とは必ずしも一致しない。
SaaSの勢いはセクター別に資金調達の動向にも表れている。ここ5年はFinTechとヘルスケアがその中心であったことを考えると、新しい潮流といえる。
その象徴は、Sansan株式会社とfreee株式会社のIPOだ。
双方の共通点は、でレイターまで調達を行いIPOを迎えている点、株主に海外投資家が目立つ点だ。結果、両社の初値時価総額は1000億円を超える大型のIPOを成功させている。
また、初値時価総額3位であるChatwork含めてSaaS (Software as a Service ※4)企業が上位を占めた。ここにもSaaSの勢いは表れている。
※4 INITIALではBtoB向けクラウドサービス、サブスクリプションモデルで定義未公開市場
このように未公開市場でレイターステージを経由して、初値時価総額1000億円を超えるようなIPOをしている例は僅少で、最近の例では2018年の株式会社メルカリだ。
従来のスタートアップであればステージB・C、初値時価総額100億円程度でのIPOが一般的であった。言い換えると未公開市場での大型投資をうける機会が稀だった。
レイターステージでの調達の例は今後も継続するだろう。
この動きは投資側でも確認することができる。2019年はVCによる投資が多い形となった(※5,6)。
要因は独立系VC、海外VCの大型投資だ(数値はINITIAL Enterprise会員向けレポートにて公開予定)。 国内独立系VCのファンド額が大型化している。グロービス・キャピタル・パートナーズの6号ファンドは400億円、ジャフコSV6シリーズのファンドは614億円の規模だ。THE FUNDなどのグロースファンドの登場もその傾向の表れといえよう。
また、従来から日本のスタートアップへ投資を行っているDNX Ventures、DCM Ventures、Eight Roads Ventures Japan、Salesforce Venturesなどに限らず、PayPal Ventures、Light Street Capital、Tybourne Capital Management、KKRなど、普段は海外企業あるいは上場株への投資が主であるような新しい顔ぶれも大型調達を支えた。
このような動きから、Sansan株式会社とfreee株式会社のようにレイターまで未公開で調達してIPOするケースとそうでないケースの二極化が進むと考える。
※5 投資額と資金調達は含める内容が異なるため、金額が一致しない。 ※6 PEは集計上、VCへ含まれている。
最後に、足元の新型コロナの影響に鑑み、ファンド設立状況をみてみよう。
2019年に設立されたファンドは95件、金額は4206億円と2018年を上回った。すべてが日本のスタートアップへの投資へ向かうわけではないものの、既に設立されているファンドであるため、VCからの投資が即冷え込むことは考えにくい。
また、大型ファンドを設立する独立系VCが増えてきていたことをあわせて指摘しておきたい。
投資サイドの大きなものは事業法人の直接投資である。3月決算が多くあるこのタイミングで態度を変えるところも出てくるだろう。そこで、本気でスタートアップ投資にコミットするところとそうでないところの振り分けが一定起こるのではないだろうか。
その影響もあり、過熱気味であったスタートアップの評価額は一定落ち着きをみせると考える。
それにより、積極投資姿勢を変えないところは、4月から開始されたオープンイノベーション税制なども追い風に買収含めた投資を大きくすることができる。
これは既に顕在化している有望なスタートアップは大きく調達する二極化傾向がより深まることに繋がると考える。
本状況が長引くと予想されるのであれば、IPO数へも影響を及ぼすかもしれないため、買収の重要性が高まってこよう。
過熱気味であった影響はスタートアップへも及ぶ。スタートアップは、これまでのように調達できない可能性はある。コスト管理を徹底し、キャッシュマネジメントや計画の具体性への強度などが求められてくるだろう。
スタートアップが一時期の”ブーム”に留まらず、日本経済への持続的な成長エンジンとして根付くのか。今、その潮目を迎えようとしている。
世界的に厳しい状況に直面し、これまでの価値観も変わろうとしている。
この変化を冷静に見つめ、正しくとらえるに値する情報発信に努め、スタートアップの前進を願う。
レポートの内容
スタートアップの資金調達
投資家タイプ別の投資動向
ファンド
(文:森敦子、デザイン:廣田奈緒美)